第39話

 中国の報道ヘリが、香港上空から状況をリポートしていた。

「香港は、全ての道に人があふれています。泥流のような人の塊は、東や西の香港を取り囲んでいる山の方へと押し出されています。みんな非難しているんです。また、香港島の南の沿岸部も人々があふれており、大型、小型の船を問わず、ゴムボートらしきものにさえ人々が押し寄せています。残された時間は、残り二時間半。この全ての群衆が時間内に香港から離れられることを祈ります」


 ハーが指令室に現れた。

「ワン先生、この状況で、良く冷静でいられますね!」

「ハー、何をそんなにいらついている? お前もこんなところに籠ってないで、外の香港市民をどうにかしろ」ワンが言った。

「白御神乱が覚醒できないんです。睡眠モードにロックがかけられているんです。誰かにハッキングされたのではないかと……」

「えっ?」想定外の言葉に、思わずそう言ってしまったワン。

「そんなはずはない。もう一度、良く調べてみろ」ワンは、そう言うしかなかった。

「分かりました」ハーは部屋を出て行った。

「そんなことが起こるの?」希望がワンに聞いた。

「いや、太宇が軌道を外れても、そんなことが起きるとは思えない。誰かがいじったのかもしれんんな」ワンが言った。

「まあ、しかし、白御神乱が覚醒できないのであれば、それはそれで、私たちにとっては、好ましいことよ。無傷のまま、香港市民を安全に避難させることができんだから。あとは、どのみち香港は残り二時間半足らずで消滅する。白御神乱も、それに目の前にいるハーともども」希望が言った。


 堺市庁舎、和磨達日本国の首脳陣は、オンラインでCIAの見解を聞いていた。オンラインにはチェン達中国の首脳陣も参加していた。

「太宇は現在、軌道を外れ、ネオ・クーロンに向かっている。しかも、ネオ・クーロンに追突するということは、芹澤希望の口からマギー・ホンらに発せられていた。我々としては、ここが不思議だったんです」CIAの職員が言った。

「どういうことでしょう?」和磨が聞いた。

「通常、軌道を外れ始めた衛星は、複雑な計算をしないと、それがどこに落ちるか分からないではないですか」

「ああ、そうですね」

「ところが、軌道を外す前の段階で、ターゲットがネオ・クーロンであると……。これは、太宇の軌道プログラミングをハッキングしてできることではないと思うんです」

「太宇のプログラムは鉄壁です」中国の幹部が言った。

「では、どうやって太宇をネオ・クーロンにピンポイントで激突させるんです? そんなこと、可能なんですか?」

「そこなんです。我々の見解はこうです。太宇が打ち上げられるときに、太宇に追尾装置がはめられたのではないかと」

「追尾装置?」

「ええ、戦闘機の迎撃システムとか、ミサイルとか、潜水艦の魚雷に搭載されているあれです。敵の何らかの熱源とか、何らかのスクリュー音とかをあらかじめ覚えさせておいて、装置が起動すれば、追突するまでどこまでも追っていくという装置です」「ネオ・クーロンから何らかの周波数が発せられているのかもしれません。そして、それを発信させる装置も……」

「なるほど。では、それを停止させる方法は?」

「残りの時間で、太宇をハッキングする方法はありませんし、ネオ・クーロンに突入して、そこにある発信装置を探すのには、残り二時間ではとうてい無理です」

「では、やはり、撃墜ですか?」

「はい、我々の軍事衛星を太宇の落下軌道に向かわせて撃ち落とすのでも、もはやギリギリの時間なんです」

「分かりました。よろしくお願いします」

「その上で、太宇が消滅したのを確認した後に、日本と中国の特殊部隊がネオ・クーロンに突入すれば良いと思います」


 ネオ・クーロンに大群衆が押し寄せている。頂点に達した香港市民の怒りは、沿岸部にあったネオ・クーロンを攻撃対象にした。

「急いで戻って来い!」ハーが無線機で叫んだ。

 市街地に出ていたジープやトラックたちは、からみついた群衆を引きずりながら次々とネオ・クーロンに飛び込んできた。

 テロリストたちが、からみついていた市民をこん棒で叩き潰そうとしていた。さらに、ピストルで振り払おうとするものも……。

 搬入口のシャッターが閉まってきた。

「入るなー! あっちいけ!」「こらー! 発砲するぞ」そう言いながら、市民を追い払おうとするテロリスト。

 しかし、これに間に合わず、市中に取り残されたトラックは、群衆に取り囲まれ、市民によって引きずり出されたテロリストは、彼らによってボコボコにされた。

 群衆によって取り囲まれたネオ・クーロン。怒号が飛び交っていた。そして、彼ら市民は建物に石やコンクリートのかけらを投げつけたり、足で蹴ったりしていた。

「外は、すごい声だな」中にいた真太が言った。

「こんな状態で、はたして突入できるのかな?」村田が言った。

「おい! 奴らが帰って来たぞ。身を隠せ」スティーブが言った。


 堺市庁舎内にある大会議室、チェンおよび中国政府の首脳陣の面々と和磨および日本国の首脳陣は、オンラインで会談を続けていた。そこには、まだ大戸島に出発していなかった真理亜、そして帰国前のリアン、クルムの姿もあった。

「では、ここまでの情報を整理したいと思います」和磨が言った。

「香港のネオ・クーロンに陣取るテロリストは、静止衛星太宇を使用して白御神乱を制御。睡眠と覚醒を行っています。しかしながら、彼らを人間に戻すカームダウンモードは存在していません」

「太宇は、おそらくは、ネオ・クーロンから発せられている、何らかの波長に向けて墜落を開始しています。墜落までの時間は、わずか二時間です。しかしながら、現在、太宇を撃ち落とすために、アメリカが攻撃衛星を太宇の軌道に向かわせています。攻撃時間は、おそらくギリギリになるとの予測がされています」

「太宇を墜落させている目的は、首謀者である芹澤希望および科学者ワン・ユー・ハンが、世界のテロリストたちを巻き添えにして自殺をするためであると思われます。もちろん、白御神乱およびそのウイルスの研究結果等もともに葬り去りたいのだと……」

「香港市民の避難は、かなり混乱の状況にありますが、今後二時間以内には、かなりの人数が香港市外に避難できているのではないかと予測されます」

「ちなみに、現在、我々の諜報部員の努力によって白御神乱は、睡眠モードにロックされている状態で、テロリストらは、これを解除することはできなくなっています」

「さて、アメリカの攻撃衛星による太宇攻撃が成功とともに、我々日中合同の突入部隊は、空と海中からネオ・クーロンに突入し、人質および、芹澤希望の解放作戦を開始します」

「尚、未だネオ・クーロン内に取り残されているのは、飯島真太、村田哲平、津村俊作、リー・シュングァン、リウ・クァシン、スティーブ・リー、サンディ・チャン、マギー・ホン、そして、芹澤希望の九名。ただし、既に拘束状態にはありません」

「目的は、この他にも捕えられているウイグル人の解放。そして、ワン・ユー・ハン、トニー・ハー、ジャオ・ユー・チェン一味の掃討です」

「以上の内容で、これまで未発表の事も含めて、報道の方へも発表したいと思います。異議や修正点のある方はおられるでしょうか?」

「あのー、希望ちゃんの抗体の件や妊娠している件は発表するんですか? それと、ワン教授を殺害するというのは、彼の子どもを身ごもっている希望ちゃんにとっては、ちょっと酷だと思いますよ」真理亜が言った。

「私もそうだと思います。捕えられている人々も含めて、なるべく殺さない方向でお願いします」クルムが言った。「テロリストだからと言って、殺しても良いという道理はありません。そもそも、我々人間は、勝利した側にいた人間はレジスタンスと言い、敗北した側にいる人間をテロリストと言います。でも、それは、もともと正義が勝つのではなく、勝った方が正義になるというのと同じ理屈ではないですか」

「そうですね。クルムさんのおっしゃることは分かります。なるべくその方向で、彼らを生きて状態で逮捕するようにはしたいと思います。ただし、突入すると、どうしても彼らとの銃撃戦になることが考えられますが、その場合、不可抗力として死者は出ます。そこは、ご了承願いたいと思います」

「世界中から集められているテロリストですが、彼らの処遇はどうなりますか?」

「現在、解放の手立てが立っておりません。主犯格から鍵を奪い、それから解放するしか、今のところ方法はありません。しかし、彼らは既に、部屋の中で御神乱となっていることも考えられます。ですので、そこは状況次第ということになると思います」

「それから、前にも確認しておりますが、芹澤希望に関しては、主犯格であることは伏せて、あくまでも人質となっているということでお願いします。彼女が唯一の御神乱ウイルスの抗体保持者であることも、今回、合わせて発表したいと思います」


 サオは、上海にある古いアパートをアジトとして、彼らに同調する、反欧米の思想を持つ中国人を集め始めた。彼らの闇サイトには、こう書かれていた。

「我々は、偉大なる中華帝国の樹立を目指す。我々は、共産主義の奪還を目指し、反米ネットワークを構築する。その為の同志を募集している」

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