第38話
「ここよ」マギーがネオ・クーロンの最上階にある部屋の前で言った。
鍵を差し込み、中に入る二人。中は立派なスタジオ状態が設定されていた。
「ここに、こんなところがあったのね」サンディが言った。
「早く……、早く放送の準備をしましょ」マギーが言った。
「オーケー。手伝うから、どうすれば良いか言って」サンディが言った。
「最初は、占拠されたテレビ局に連れて行かれたんだけど、そこにあった放送に必要な機材を、全てここに持ち込んだみたい。二回目はここでやらされたわ」マギーが言った。
そのときだった。廊下の端から声が聞こえた。
「お前たち、そこで何をしている!」
「やばっ! 早く閉めて」マギーが言った。
二人は、スタジオに入って、中から鍵を閉めた。
ネオ・クーロン最上階にある放送室、マギーが大きく深呼吸をした後、オン・エアのボタンを押した。
「香港の皆さん、こんにちは。マギー・ホンです。お久しぶりです。実は、私は今まで、ここにいるサンディさんやスティーブさんらとともに、テロリストによってここネオ・クーロンに拉致され、自由を奪われていました。これまで、私が皆さんに二回にわたって宣言していたことも、全てはテロリストに言わされていたことなのです」
「さて、今回は、この放送室を占拠して、皆さんに重大な報告があります。香港市民の皆さん、よく聴いて下さい。あと三時間足らずで、中国が打ち上げた静止衛星太宇が、このネオ・クーロンをめがけて落下してきます。これも、テロリストたちの計画のようです」
「太宇は、大型の静止衛星です。もしもここに落下すれば、香港に甚大な被害が出ます。皆さんは、今すぐに済んでいる場所から出て、一刻も早く香港から離れてください。なるべく早く、なるべく遠くに逃げてください。これは嘘ではありません。お願いします! あと三時間とくらいしかありません! お願い、早く香港から離れて―!」
マギーは、同じ文言を繰り返した。次第に、声は大きく、鬼気迫るものになっていった。
部屋の外は、テロリストたちが集まってきており、ドアを叩く音と怒号もまた激しくなっていた。
「お願いです! みんな、勇気を出して外に出て!」ジャックされたテレビの場面でマギーが叫んでいた。
「おい、マギーが叫んでるぞ。でも、これって本当なのかな」半信半疑の香港市民だった。
この放送は、すぐに世界をかけめぐっていった。当然、日本の和磨たちのもとへも放送は届いていた。
「マギー・ホンとサンディ・チャンは、ネオ・クーロンの放送室を占拠しているみたいだ。この事実と太宇が香港のテロリストの手にあるという情報が真実であることを、日本政府としても事実として発信してくれ。それと、太宇の軌道情報をアメリカCIAに確認してくれ」和磨が指示した。
日本と中国のニュースから、政府の知り得た情報として、マギーの訴えていることが、事実であることが発せられた。
「大変だ! とにかくすぐに外に出なくちゃ!」香港市民の多くが、このときそう思った。
悲鳴と怒号とともに、数百万の市民が外に飛び出して来た。
「キャー!」「キャー!」「急げ! あと三時間しかないぞ!」「なるべく遠くへ!」「急げ! 急げ!」口々にそう叫びながら、雪崩を打ったように道路に飛び出す人々の波、波、波。その波は大通りへと集まり、そして、濁流のように香港の北や西へと流れ始めた。
この様子に、ネオ・クーロンのテロリストたちがうろたえ始めた。
「どうしたんでしょう? 急に……、こんなことに……」テロリストの一人が言った。
「馬鹿もん! 政府が撹乱するためにばらまいたガセ情報に決まってるだろうが! 太宇が落ちるなどという情報はない! うろたえるな!」上司らしき男が部下を恫喝した。
「いかん! 市民を外に出すな! すぐに軍集を制圧しろ!」テロリストたちが騒いだ。
彼らは、軍用ジープやトラックに分乗して外に出て行った。
しかし、これによって、放送室に集まっていたテロリストは手薄になった。
市街地に飛び出して行ったテロリストたちは、銃を発砲しながら群衆を威嚇した。
「マギーの放送はフェイクだ! ガセ情報だ! 戻れー! みんな家に戻れー!」「これ以上騒ぐと、身の安全は保障しない。本当に撃つぞー!」
しかし、パニックになった数百万の群衆は、香港のありとあらゆる道にあふれ出ており、テロリストにとっても、もはやどうすることもできなかった。群衆の塊は、香港から東へ、西へ、北へと流れていた。
この様子を、ワンと希望は、黙って見守っていた。
「君の望んだとおりに進んでいるな」ワンは、希望に言った。
希望は、表情も変えずに、黙ったまま状況を見ていた。
「市街地は、もうどうすることもできない!」「白御神乱は、動かせないのか!」「どうして白御神乱は動かない?」外にいるテロリストから、本部へ怒号のような要求が入ってきていた。
ハーは、白御神乱の制御室へ駆け込んだ。白御神乱を覚醒モードにするためだった。
しかし、ハーがPCをどう操作しても、睡眠モードから覚醒モードに変更することができなかった。
「何だ、これは! ロックされてる……」
和磨のもとにCIAからの情報が入った。
「井上大臣、CIAからの回答です」
「どうだった?」
「本当でした。太宇は、約三〇分近く前に本来の軌道を外れ、次第に落下しているとのことです」部下が報告した。
「そうか……。で、落下予想地点は? アメリカは割り出してるのか?」
「香港のネオ・クーロン。あと三時間ほどで、そこに落下するそうです。落下の衝撃は、おそらく高層ビルの密集した香港の市街地が消えるほどであろうとのことです」
「……何てことだ!」
「それと……、アメリカ政府としては、今の早い段階であれば、軍事衛星を使用して、太宇を撃ち落とすことは可能であるとのことで、なるべく早い解答が欲しいとのことです」
「分かった。チェン主席にホットラインだ。情報を共有する」
ネオ・クーロン内の厨房に陣取っていた真太たち。
「何か起きたみたいだな」
真太は、騒がしくなったネオ・クーロン内の様子を見て、そう言った。
「飯島さん、これです。今、和磨さんから入った情報です」
俊作は、そう言うと、今、和磨からもたらされたスマホの情報を見せた。
「すごいことになってるんだな。あと三時間か……」真太が言った。
「放送室へ急ぎましょう。二人が籠城状態にあります」俊作が言った。
「ああ」
世界が太宇についての緊急ニュースを流し始めた。
「大変なことが起こりました。昨年、中国が打ち上げた巨大静止衛星太宇が先ほど軌道をはずれ、あと約三時間ほどで香港に落下するという情報が入りました。落下地点は、白御神乱を使って中国を震撼させているテロリストたちのアジト、いわゆるネオ・クーロンだとのことです」
「落下すれば、大きな爆発が起き、大惨事となります。香港の市民の人たちは、一刻も早く、香港から離れてください。東西南北、どちらの方角でも構いませんので、なるべく早く、なるべく遠くに避難して下さい」
奪っていた自動小銃とピストルで武装した真太たち六人が最上階へかけつけると、数名のテロリストが、放送室の前に立っていた。
「私がまず注意を引きつけます」
リウはそう言うと、ピストルをテロリストに放った。弾丸が彼らに当たることは無かったが、一人がこちらに向かって来た。そこを、村田たちが飛び出して行って、彼の手足を狙って撃った。テロリストは、どうと廊下に倒れた。それからは、しばしの銃撃戦になった。真太は、まだドアの前にいたテロリストたちに向けて発砲しながら近づき、あごに向けて飛び蹴りをくらわし、すばやく鉄拳を繰り出して倒していった。六人は、彼らから銃器を奪い、ボコボコに動けなくなるまで蹴ったり殴ったりした。数人のテロリストたちは、放送室前でぐったりとしていた。
「マギーさん、サンディさん! スティーブです。助けに来ました。ここを開けてください」「飯島です。急いでここを出ましょう」
スティーブがドアを叩いてそう言うと。しばらくしてからドアは開いた。
「ああ、皆さん! ありがとう」マギーが言った。
「和磨さん、マギーさんとサンディさんを解放。保護しました」俊作が和磨に連絡をしていた。
真太、村田、スティーブ、サンディ、マギー、リウ、俊作、シュングァンの八人は、急ぎ、階下へ降りて行った。
和磨は、チェンとホットラインで会話をしていた。
「チェン主席、本当に良いんですね」和磨はチェンに念を押した。
「良いわ。これは、私が承諾したことよ。中国、アメリカ、日本の共同作戦よ、素敵じゃない」チェンは言った。
「分かりました。では、CIAに回答しますので」
チェンと会話を終えた和磨は、職員に言った。
「CIAとつないでくれ」
シーワンのSNSが更新された。
「香港は大変なことになってるみたいね。太宇が三時間弱で香港に墜落するというのは、真実みたいよ。みんな、急いで逃げて」
「ところで、どうして白御神乱は、目覚めて群衆を攻撃しないのかしら。実は、白御神乱は、太宇を使って制御しているっていう情報もあるの。落下し始めてるってことは、制御不可能になってるのかもしれないわね。いずれにしても、白御神乱が動かないのであれば、ネオ・クーロンへの攻撃も可能になるわね」
「どういうことだ! どうして覚醒モードが機能しない! それに、太宇が軌道を外れてるとはどういうことだ? 軌道をはずれてるからか?」彼のPCを激しく叩きながら、いぶかしがるハー。
「……でも、そこくらいのことで、使えなくなることがあるのか? もう少し、冷静に状況を分析したらどうだ」ジャオがハーに言った。
「そんなこと、言ってられる状況じゃない! 香港市民は市中にあふれていて、白御神乱は覚醒できないんだぞ! しかも、太宇は落下中で、ここに落ちると言っている!」憤慨するハー。
「まあ、太宇がここに落ちるなどというのは、政府の陽動作戦である可能性が高いから心配するな。まあ、仮にその情報が本当であれば、俺たちは、ウイルスとVRシステムを持って、いち早くここからおさらばするだけだがな」ジャオが言った。
「分かっている! 分かっているんだがな。……イラつくんだよ」「ワン先生たちのところに行ってくる」
そう言って、ハーは部屋を出て行った。
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