第37話

 サオのヘリコプターは、追って来た二機の軍用ヘリに挟まれており、サオたちは、空中で逃げ場を失っていた。

「サオ司令官、このままだと、いつ撃ち落とされてもおかしくない状況です」サオの部下が、そう言うか言い終わらないうちに、軍用ヘリの一機からミサイルが発射された。

 ミサイルは、ローターをかすめ、サオたちのヘリは回転しながら森の中へ墜落して言った。

「ウワーッ!」「おい、何とかしろ」

 操縦士は、眼下の森の中に狭い空き地を見つけて、何とかしてそこに降下しようとしていた。しかし、途中の森林に阻まれて、ヘリは大きく傾いて木に引っかかった。しかし、森林で会ったことが幸いし、サオたちは一命をとりとめた。

「燃料が漏れています! 危ないですので、すぐにヘリから離れましょう!」

 サオの一味は、ヘリから出てきて、木を伝って地上に降りた。そして、一目散にそこから離れた。

「ドガーン!」

 逃げるサオたちの後方でヘリが爆発炎上した。

 彼らは、森の中に潜みながら、彼らの軍用ジープを乗り捨てた場所へ戻ろうとした。上空では、まだ二機のヘリコプターが舞っていた。

「ジープまでどのくらいかかる?」サオが部下に尋ねた。

「小一時間くらいですかね。でも、身を潜めながらですし、もう少しかかるかもしれません。それに、まだ、あのジープはあそこにありますかね」部下が言った。

「他に手段が無い。ジープがダメなら他の車を狙え。あと、食料とガソリンも市民が戻る前に盗めるだけ盗んで調達しておけよ」サオが指示した。

「了解しました」


 その日の夕方、チェンは母とホテルで再会した。

「こちらの部屋におられます」ホテルマンがチェンを案内した。

 ドアが開けられると、そこには昼間の老女が座っていて、チェンと会えるのを持っていた。

 部屋に入って行くチェン。すると、待ちきれないよう椅子から立ち上がり、チェンに歩いていく老女。

「母さんなんだろ?」チェンは、恐る恐る母親に聞いた。

「ああ、私のシーワン。こんなに立派になって……。名前は変わっても、母さんには、一目であんただと分かったよ」涙ぐむ母親。二人は数十年ぶりの再会し、抱き合って泣いた。

「ごめんなさいね。あなたにはひどいことばかりしてしまって……」

「ううん、いいんだよ。母さんと、またこうして生きてあえるなんて思ってもみなかった。それだけでも幸せだよ。それよりも、母さんはあれから大丈夫だったの? 父さんはどうした? 他の兄弟たちは?」矢継ぎ早に尋ねるチェン。

「私が売られていったんで、風の便りに聞いた話なんだけとね、あれから間もなく父さんは身体を壊して亡くなったそうだよ。兄弟の行方もよくは分からないんだ。あんただけは、有名になってテレビとかに出てるもんだから、シーワンだって気づいたんだけどね」

「そうだったんだ……。母さんは?」

「私は、ある人の家でずっと住み込みで働いていてね。……でも、年取ってきて、あまり働けなくなると、今度は公園のトイレ掃除とか、そんな仕事を転々としてるよ」

「母さん。……僕といっしょに住もう」

「えっ! ……シーワン」

「とりあえず、僕といっしょに行こう。明日は重慶(チョンキン)へ旅発つ予定になってるんだ」

「いいのかい?」

「もちろんだよ。母さん」

 その夜、二人はずっと語らい合った。

 そして、この日以来、シーワンのSNSは更新されなくなった。


 中国のテレビが、その日に起きた四川省成都での出来事を報道していた。

「ご覧いただいておりますのは、今日の昼過ぎに成都市中心部の天府広場の様子です。チェン国家主席が成都に集まった大群衆と対話をされていました。すると、そこへマシンガンで威嚇した軍用ジープが近づいて来て、国家主席に銃口を突きつけて人質に取るという一幕がありました。この一味は指名手配中のサオ元司令官であるとみられ、解任されたチェン主席に恨みをいだいているもようでした。ところが、そのとき、一番前にいた群衆の一人の年老いた女性がサオに飛びつき、事態は逆転、サオの一味は、国家の専用ヘリコプターを奪って空中に逃亡しました」

「その後、サオの一味が乗ったヘリは、追跡した我が軍の軍用ヘリによって森林地帯に撃ち落とされたとの情報です。サオ一味の生死は、今のところ確認できておりません。」「ちなみに、その後、チェン主席が会場で、自分はシーワンQであるとカミングアウトしたとの複数の情報が寄せられていますが、真偽のほどは定かではありません」

「続きまして、中国各地のニュースです」

「被災地をまわっている日本の自衛隊ですが、本日も中国地で炊き出しを行いました」


 その日の朝、希望はハーの作業している部屋へと現れた。

「もうそろそろ良いだろう。結構な数の人数が集められているし……。テロリストの商談の受付を切れ。とりあえず、これ以上の商談は無しだ」希望がそう言った。

「はい、分かりました。これだけいると、かなりの金額になると思います。そして、我々は、この金を元に更に力を持つことになり、世界を牛耳ることになる。世界が俺たちにひれ伏す日が目の前にある!」ハーは、笑いがこみあげてきて、思わずにやついた。

「……そうだな」希望は冷ややかにそう言うと、その場から離れて行った。


 俊作は和磨に報告を入れていた。

「和磨さん、飯島氏、村田氏、それにスティーブ・リー氏を解放しました。あともう少しです」

「良くやった」和磨が俊作をねぎいの言葉を言った。

 すると、真太が俊作のスマホを取り上げて和磨に尋ねた。

「あの、飯島です。真理亜はまだそっちに着いてませんか?」

「まだだ。でも、もうすぐだと思うがな」「それと、現在、人民解放軍と自衛隊とで、そちらの突入および救出部隊を編成中だ。もう少し頑張っていてくれ」和磨が言った。


 希望は、例のぬいぐるみでいっぱいの自分の部屋にやって来た。そして、机の引き出しの奥から、発信機らしきものを取り出して、じっと見つめていた。

 そこに、ワンが入って来た。

「いよいよだな」ワンが静かに言った。

「ええ」

 希望はそう言うと、発信機のボタンをオンにした。赤い光が点滅し始めた。

 彼女は、それを持ったまま、ネオ・クーロンにある海に張り出したベランダに出た。

 ベランダの下の海の中を覗く希望。すると、彼女は、やおら発信機を海に向かって投げ捨てた。そして、その後、ベランダのある部屋を出て、マギー達が拉致されている部屋へと向かった。

 彼女のこの行為の直後だった。太宇が軌道を外れ始めた。


 何気に扉を押してみたサンディ。すると、サンディに押された扉は向こう側にゆっくり開いた。

「えっ! 何これ! 扉が開くわよ」サンディが驚いて言った。

「え?」

 サンディがそうっと扉を開けて廊下側から見てみると、扉には鍵がささったままになっていた。

「鍵がさしてあった。ほら」抜き取ってきた鍵をマギーに見せるサンディ。

「どういうことなの?」マギーが言った。「もしかして、逃げろってこと?」

 廊下に出てみる二人、すると、そこには希望が立っていた。

「あなた、どういうこと? 逃げろってことなの?」マギーが希望に向かって尋ねると、希望はある鍵を差し出して言った。

「お前たちには、まだやってもらうことがある。特にマギー・ホン」

「えっ?」

「放送室の鍵だ。これでお前たちは、香港市民をなるべく遠くに避難させろ」

「どういうこと? 何が起こるの?」サンディが聞いた。

「およそ三時間半後に、太宇という中国の静止衛星がここに落下する」

「ええ! ここって? ……この建物に?」

「そうだ。世界中の全ての悪は、ここで無に帰することになる」

「そんな……!」マギーが絶句した。

「だが、お前たちおよび香港市民には関係のないことだ。だから、お前の力で、前香港市民を速やかに避難させるんだ。なるべく早く、なるべく遠くにな」

 恐る恐る鍵を受け取るマギー。

「急げ」希望は二人にそう言い放つと、どこかに消えて行った。

「大変! 放送室って? どこだっけ」サンディが言った。

「最上階よ。彼女、確か三時間半て言ってたわよね」マギーが言った。

 二人は、テロリストたちの目をかいくぐり、何とか最上階の放送室前に到達した。

「ドアを開けるわね」

 マギーが希望から渡された鍵を使うと、はたして、放送室の鉄の扉は開いた。


 真理亜を乗せたヘリが堺市庁舎の屋上に到着した。

「はじめまして。中国公安局のリアン・ズーハオです」リアンが真理亜を連れて和磨の前に現れた。

「外務大臣の井上和磨です。ご苦労様でした」「中島さん、容体はどうですか?」

「つわりのピークはもう収まったみたいです」真理亜が言った。

「そうか、それは良かった。それじゃあ、しばらく安静にしていてくださ」

「いえ! これから、私を大戸島に行かせてくれませんか?」

「ええっ! 大戸島へ? その身体で? これからですか?」

「はい、芹澤博士の家でもう一度調べたいことがあるんです」

「何を調べるというのです?」

「どういうやり方を考えているのかは分かりませんが、多分、彼女はワンと死のうと考えています」

「死ぬ?」

「ええ、それが何なのか? 何が彼女をそうさせるのか? 彼女たちの本当の目的は何なのか? それにつながる何かが、まだ、そこに残されてるんじゃないかと思いまして……」

「ああ、それともう一つ。希望ちゃんは、おそらくですけど…………、妊娠しています」

「妊娠? ワンの子か?」

「はい。彼女は多分、葛藤しているんです。死にたいけど、お腹の中には愛する人の子がいる。だから死ねない。でも、ワンの方はと言えば、死に場所を探している」

「なるほどな……。しかし、それでも、君の身体の方が心配だ」

「もう大丈夫ですって! それに、ジェットヘリだと、大戸島まではそんなに時間はかかりません。ちょっと、調べてすぐに戻ってきますんで」

「じゃあ、オスプレイを一機手配するから、それで行ってください。そちらの方が中も広い」

「リアンさんは、オスプレイの操縦は?」和磨がリアンに尋ねた。

「それは、さすがに不可能です。アメリカ製の軍用機は経験がありませんから」

「まあ、それはそうか。じゃあ、操縦できる自衛官を一人つける。それと、産婦人科の医者を一人同行させることにします。それでいいですね?」

「ええ、お願いします」

「なるべく早く帰ってきてください」

「はい! 分かりました」

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