第34話

 ハーは、商談ルームでテロリストと商談中だった。

 そこに、テロリストからの一報が入った。

「大変です!」

「何だ? 今、大事な話の最中だぞ」

「北京語訛りの男が、監禁していた中島真理亜を連れて逃亡しました」

「今、まだネオ・クーロン内か?」

「いえ、既に市中に逃亡しています」

「馬鹿やろう! 香港から逃がすな」

「はっ! それと……」

「どうした?」

「我々の仲間のうち二名が、ネオ・クーロン内から消えています」

「何だと!」

「客を案内しに行った二名です」

「どこからの客だ?」

「内モンゴルとチベットからです」

「……」何やら考え始めたハーだった。

 ネオ・クーロン内は、にわかに騒々しくなってきた。その光景を、希望は黙って見ていた。


「やはりダメですね。何度やってもアクセスできません」ハーの部屋にいるシュングァンがそう言った。「ほら、ここまでくると、別のIPアドレスとキーワード聞いてくるんです。一体、何なんでしょう?」

「とにかく、そろそろハーが戻ってきてもおかしくない時間だ。とりあえず、ここを出て様子を見よう」俊作が言った。

「分かりました」

「ちょっと、待って。ハーの暗証番号を読み取る細工をしかけとかないと……」リウが言った。

「ああ、そうですね」シュングァンが言った。「手っ取り早い方法は、スマホのビデオ機能で隠し撮りすることです」

「じゃあ、そこの天井にでも貼り付けときましょう」リウが言った。

 彼らは、部屋の天井に絶妙の位置で一台のスマホを貼り付けた。

「ええ、二つのスマホを連動させておいて……、と。多分、これでいけます」シュングァンが言った。

「よし」

「それと、机の下に盗聴器を仕掛けておきましょう。シュングァンのスマホから聞けるようにしておいて」リウが言った。


 青御神乱となったリズワンは、広州市まで到達していた。

「逃げろー! 巨大御神乱だ!」人々は道路に飛び出し、みるみる道路は人であふれかえっていった。そこへ車で逃げようとする車両とがぶつかり合い、にっちもさっちもいかない状況に陥った。

 広州の高層ビル群を歩きながら南下する、怒れるリズワン。高層ビルが次々となぎ倒されていく。それが道にあふれたいた群衆の上に襲いかかった。そして、それは、やがて火災を引き起こし、広州は次第に紅蓮の炎に包み込まれ始めていた。

「リズワン・カーディルとみられる御神乱が、広州に到達。現在、広州は火の海になっている模様です」チェン主席のもとに、軍からの一報が入った。

「白タイプではありませんので、頭をミサイルでふっ飛ばせば、イチコロにできますが? いかがしますか?」軍部が聞いてきた。

「チェン主席、どうかお願いです。リズワンは、私の愛する妻です。どうか命ばかりは助けてください」アディルがチェンに懇願した。

「そうねえ……」チェンは少し考えていた。

「リズワンの進行方向は?」チェンが軍に聞いた。

「このままいけば、次は深圳に入ると思われます。彼女の最終目標地点は、香港にあるネオ・クーロンの破壊だと思われますので」

「分かった。こちらで何とか彼女を食い止めるから。とりあえず、攻撃はしないように」

「了解しました」

「ありがとうございます! 主席」

「アディル、じゃあ、私たちも急いで広州に向かいましょ。その代わり、あなたにも、それ相応の覚悟をしてもらうわよ」

 アディルとチェンを乗せたヘリがウイグルを発ち、広州へと向かった。


 中国のテレビが、巨大な青御神乱の出現について報道した。

「本日、ウイグルから南下していた巨大な青御神乱が広州に到達。現在、広州が炎に包まれています。中国空軍は、御神乱を遠巻きにしている状態で、にらみ合いが続いています」


 ネオ・クーロン内にもリズワンの情報がもたらされた。そのとき、指令室にはハーも呼ばれていた。

「ワン先生、ウイグルのリズワン・カーディルが、現在、広州まで来ているようです。広州は既に火の海となっていて、次は数時間内に広州に入るものと思われます」テロリストの一人が報告した。

「分かった。深圳でかたをつけろ。絶対に香港に入れるな」ワンの隣にいた希望が言った。

「了解です」

「では、香港内に眠る白御神乱を覚醒させて、深圳に移動させます」ハーが言った。


 ハーが指令室から戻って来た。

「来たぞ」俊作が言った。

 彼らは、すばやく階段下の影に身を潜め、そして、スマホで、ハーの打ち込むキーワードをチェックした。

「キーワードとIPをゲットしました」シュングァンが言った。「おや、この画面は……」

「どうかしたのか?」俊作が聞いた。

「これは……! 衛星を使ってます。静止衛星の太宇です。奴ら、太宇を使って白御神乱の睡眠と覚醒を行っているんです!」

「じゃあ、そもそも、衛星を使用できないと、VRシステムを買ったところで使えないってことか」俊作が言った。

「その通りです。もともと、この売買は詐欺だったんです」

「何の為にだ?」

「世界中のテロリストをここに集めるためなのじゃないかしら」リウが言った。

「えっ?」


 リアンたちのジープは、全速力で一路、香港国際空港を目指していた。

 市街地を駆け抜けるジープ。

「大丈夫ですか? 中島さん。もうすぐ空港ですから」英語で真理亜に話しかけるリアン。

「とりあえず、大丈夫よ」かたことの英語で返す真理亜。

 彼らの後方、数百メートルをテロリストたちの車が追っていた。彼らは、ときおり威嚇発砲を行っていた。

「御神乱は使えないんでしょうか?」ジープを追っていたテロリストの一人が、彼らの上司に聞いた。

 幸いなことに、市中の御神乱が襲って来る気配は無かった。ちょうどその頃、香港市内で眠っていた白御神乱たちは、ハーによって覚醒させられ、深圳市方面へと丘を越え始めていたからだった。

「ウイグルの青御神乱が広州まで来ている。ネオ・クーロンを襲うためにな。香港の白御神乱たちは、彼女を迎撃するために深圳へ向かわせるそうだ」上司が答えていた。


 もうもうと黒煙の立ち昇っている広州。あちこちで高層ビルから火柱が立ち、住宅地からも炎のじゅうたんが発生していた。

 その中を歩いているリズワン。紅蓮の炎とは対照的に、その中で青い背中が光っていた。

 既に、リズワンは広州の東のはずれを進んでいて、間もなく獅子洋に差し掛かろうとしていた。

「あそこよ。獅子洋に入ってしまえば、あとは、香港は目の前よ。何とかその前に何とか説得するのよ」チェンがアディルに言った。

「分かりました」

 新港道路を東へ進むリズワン。その東のはずれにあるインターチェンジの上にヘリが着陸した。

 中からアディルが出て行き、高速道路の上で陣取る。

 間もなくリズワンがそこへとやってくると、彼女は大きく一つ咆哮をあげた。

「リズワーン!」「リズワーン! 聞こえるかー?」アディルも彼女に向かって叫んだ。

「チェン主席が、ウイグルの自由を約束してくれた! 独立するも、独立しないも俺たちの自由になったんだー! 宗教も言葉も文化も全て守ってくれるそうだ!」

 そう訴えるアディルをじっと見つめているリズワン。チェンがヘリから姿を現した。

「君を軍が攻撃しなかったのも、チェン主席の判断なんだ。チェンさんが、君の命を守ってくれたんだ!」

「香港の連中は、日本と中国とでかたきをとってくれる。捕われているウイグル人も解放してくれることになったー!」「だから、だから、元に戻ってくれー! お願いだー!」「愛してるー! リズワン。愛してるから、頼むから、元に戻ってくれよー!」いつしかアディルの眼から涙がこぼれ落ちてきていた。

 リズワンの背後には黒煙が立ち昇っていたが、その上空に一条の青い光が舞い始めた。青い光は、二つ、三つと増えていき、ついに上空におびただしい光を出現させた。それはリズワンの身体を包み込んでいき、その光とともに青御神乱は消えた。

 新港道路には、赤裸の一人の女性が倒れていた。ほのかな美しい青い光は、まだ彼女を包んでいた。

「リズワン! 今行くからな」アディルはそう言うと、走って高速道路を降りて行き、リズワンのもとに駆け寄った。

「大丈夫か? リズワン」アディルがリズワンに声をかけた。

 ボーっとしてるリズワン。

やがて、リズワンを乗せたヘリは、どこへともなく飛び立って行った。


 ついに、リアンたちのジープが空港に着いた。

 ジープを乗り捨てて、空港に入って行く二人。

「走れるか?」リアンが聞いた。

「妊婦を走らせないでよ! ただでさえ苦しいのに」真理亜がそう言った。

「すまなかった。無理するな」

 玄関ロビーを抜けて滑走路に出て、空港の端に留めてあるヘリに彼女たちがたどり着いたとき、既にテロリストは、もうすぐそこまで追って来ていた。

「急いで乗って!」リアンが真理亜を促す。

そうして、リアンはヘリを起動させながら、空港ビルから出てくるテロリストたちに小銃を打ち込んだ。

「撃て! 撃て! ひるむな!」テロリストが叫んでいた。

 離陸しようとするヘリに向かってマシンガンを放つテロリストたち。

 しかし、それもむなしく、やがてヘリは離陸し、空の彼方へと消えて行った。真理亜は香港を脱出したのだ。


 山影から御神乱の巨体が姿を現した。それも一体ではなかった。二体、三体と、次々に山と山の間からこちらにやってくる。

「あっ、御神乱だ! こっちへやってくるぞ」

「早く逃げろ!」

 深圳市では、現れた白御神乱たちに市民が右往左往していた。


「リズワンが消えました!」ネオ・クーロンの指令室、広州の情報がもたらされていた。

「詳しく説明しなさい」希望が言った。

「リズワンは、広州を火の海にしながら東進していましたが、新港道路のはずれにあるインターチェンジに一機のヘリコプターが現れ、中から現れた人間が説得した模様です。その後、青い光に包まれたリズワンは消えた」

「つまり、人間に戻ったってことね」

「あ、はい」

「ま、いいわ。白御神乱たちを香港に戻しなさい」

 深圳に陣取っていた御神乱は、再び丘を越えて香港に戻って来た。そして、再び眠りについた。

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