第33話

 真太たちは、相変わらずの監禁状態にあった。

「真理亜は今頃どうしてるんだろう」そう思う真太だった。「希望は変なことを聞いてきた。もしかして、身重の真理亜の容体が良くないのではないか?」そんなことが真太の頭をよぎった。そう考えると真理亜のことが心配でたまらなくなった。

「飯島さん、何とかここから出れる方法はないんですかね」スティーブが言った。彼も少しいらついているようだった。

「この中で、一番それに長けているのは村田なんだがな……」そう言って、ちらりと村田の方に目をやる真太。

「それぞれの鉄の扉は、まさしく鉄壁だよ。食事だって、小さな穴から支給されるし……。誰かがここにやって来ない限り、脱出する機会は皆無だ」村田が言った。

「じゃあ、どうして希望が来たとき、何かしようとしなかったんだよ!」スティーブが村田に食ってかかった。

「あのときは、いきなりだったから、……こっちも」言葉に詰まる村田だった。


 リアンとリウは、連れて行かれた部屋で商談をしていた。

「渡せるのは白ワクチンとVRシステム一式。ただし、白ワクチンの製造方法とVR技術のノウハウは渡すことはできない。あとはこれをどう使おうと、そちらの自由だ」ハーが説明していた。

「分かった。振込先を教えてくれ」リアンが言った。

「良いだろう。ここだ」そう言うと、ハーは紙に書かれた口座情報を差し出した」

「入金が確認できたら物は渡す。それまでは、この建物内に準備したお前たちの部屋でくつろいでもらう。あとで案内する」

「分かった。ありがとう」


 商談が終了すると、部屋の外から別のテロリストが現れた。

「部屋まで案内してやれ」ハーが言った。

「分かりました」

 小銃をかかえたテロリストに導かれながら、廊下を部屋まで進んでいった。

「ここだ」テロリストは、あるドアの前で立ち止まり、そう言うと、ポケットから鍵を取り出した。

 そのときだった。テロリストの背後に回り込んでいたリウが、テロリストの腕をねじりあげた。「ギャッ!」悲鳴をあげようとする口をリアンが塞ぎ、彼の持っていた鍵を奪い取った。そうして、テロリストからさらに小銃も取り上げ、彼を部屋に投げ込んだ後、部屋に鍵をかけて閉じ込めてしまった。

「ちょっと……、ここオートロックになってるみたいでした。しかも、外からしか開けることのできない」リウがそう言った。

「ええ! じゃあ、中に入ってたら、出ることができなかったのか」リアンが言った。

「多分、そうだと思います。私たちは拉致されるところでした」

「海外からここにやって来たテロリストたちもそうなのか」

「おそらく……」

「おい、じゃあ、俊作たちも危ないじゃないか」

「ええ、何とかして教えてあげないと」

「俺たちの後に、ここに来ているはずだ。どこかで隠れて待伏せしよう」

「はい」


 リウとリアンがネオ・クーロンの商談部屋と思しき当たりをうろついていると、はたして俊作とシュングァンがテロリストに案内されて部屋から出てくるところが目に入った。

「いた」小声でささやくリアン。

 二人が廊下の角に隠れていると、目の前を俊作たちが通り過ぎようとした。すると、リウが飛び出そうとした。しかし、それをリアンが止めて言った。

「まだだ、客室の前まで案内させてから、閉じ込めるんだ」

「ああ、そうね」

 二人は、三人の後を、身を潜めながらつけていった。

 すると、三人はある部屋の前で立ち止まり、案内役のテロリストがポケットから鍵を出そうとした。

「今だ」

 リウとリアンは飛び出していき、テロリストをひねりあげながら言った。

「武器も奪って下さい」リアンが言った。

俊作が武器を奪った。そうして、四人によってテロリストは部屋の中に閉じ込められた。

 息の上がった俊作は、目を丸くして言った。

「一体、どうしたんです?」

「客室は、外からしか開けられないオートロックになっている。入ってしまうと出られなくなるんです」リウが言った。

「そうだったのか。じゃあ、彼らの目的は、もしかすると、テロリストたちとの白ウイルスの取り引きじゃないってことか?」

「はい。そうかもしれないです」リアンが言った。


 サオの一味は、上海諜報部にある党のサーバを調べていた。

「つい最近までは、こいつがハッキングされていて、そこを通じてシーワンのSNSが流されていた形跡がありますね」部下の一人、コンピューター言語に詳しい男がそう言った。

「今はどうなんだ?」サオが部下に尋ねた。

「そのまま使用されています」

「つまり……、どういうことだ?」

「シーワンが、ここをハッキングせずに、そのままSNSに使用しているんです。おそらく、ハッキングしていた人間が、何らかの理由で介在しなくなったということなんだと思います」

「くびにされたのか?」

「もしくは、何らかの理由で、その仕事ができなくなったということでしょう」

「それで、シーワンが何者であるのかは、特定できるのか?」

「照合には、少し時間がかかりますが、今の状態であれば、できると思います。ちなみに、ここ最近のシーワンのSNSは、ウイグルから発信されています」

「ウイグルから?」


「和磨さん、俊作です」俊作が和磨に連絡を入れた。

「おお、俊作。どんな具合だ?」

「潜入した我々四人は無事ですが、世界中から集められているテロリストたちは、ここに拉致監禁された状態にある模様です。我々は、すんでのところで監禁を逃れました」

「そうか」

「彼らの目的は、テロリストへの白ウイルスの売買ではなさそうです」

「分かった。それで、飯島君や中島君たちとは遭遇できているのか?」

「いえ、それが……。まだ発見できていません。発見次第、報告します」

「了解した。皆、くれぐれも気をつけてくれよな」


 ネオ・クーロン内を捜索する四人。

 すると、階段の下、柱の陰にうずくまる人影を発見した。

 恐る恐る近づいていく四人、スマホの灯りを人影の方角に向けると、そこには真理亜の姿があった。

「中島さんじゃないですか! どうしてここに?」俊作が真理亜に尋ねた。

「あ、津村さんなんですね。助けてください! つわりがひどくて……。もう動けない」苦しそうな真理亜。顔が蒼ざめていた。

「それは良くないです。……で、自力で脱出したんですか? 他の人達は?」

「希望ちゃんが助けてくれたんです。いえ、正しくは、暗にここから出るように鍵をくれたというのか……」話しながらも苦しそうなそぶりを見せる真理亜。

「飯島さんたちは?」

「真太たちには会えてません。おそらく、まだどこかの部屋に閉じ込められたままだと思います。私は、サンディさん、マギー・ホンさんといっしょに閉じ込められてたんですけど、私だけが呼ばれて……。彼女たちも、まだ監禁状態だと思います」息も絶え絶えに答える真理亜。

「分かりました。もう話さなくて良いですから」俊作が真理亜に言った。

「とりあえず、私が何とかして彼女をここから外に連れ出します」リアンが言った。「それから、車を盗んで、私たちの乗って来たヘリの置いてある空港まで向かいます。そして、彼女を日本まで送り届けますので」

「そうですね。今のところ、それしか方法がないと思います」リウがリアンの提案に同意した。

「じゃあ、リアンさん、よろしくお願いします」俊作が言った。

「和磨さん、中島さんを確保しました。ひどいつわりが始まっていますので、リアンさんがヘリで日本へ送還します」俊作が和磨に連絡を入れた。

 リアンは、真理亜を連れて彼等から離れて行った。


 リアンの抜けた三人は、ある部屋を発見した。部屋の中では、ある男がしきりにPCを操作していた。

「トニー・ハーですね」シュングァンが小声で言った。

「ここが白御神乱の捜査室らしいな」俊作がつぶやいた。

「ええ」


 三人は、ハーの部屋のそば、廊下の影に身を潜めていた。しばらくすると、部屋にある電話が鳴った。

「ハーだ。……分かった。すぐ商談室に行く。待たせておけ」

ハーが部屋から出てきた。部屋は開け放しだった。

 彼等は、ハーの姿が見えなくなるのを待って、部屋に侵入した。

「商談だとすると、しばらくは帰って来ないな」俊作が言った。

「じゃあ、さっそくハッキングに取り掛かりますね」シュングァンが言った。

「ええ、お願いします」


「外の様子はどうなってるんだろうな」村田が言った。

「何か変化はあったんだろうかな」真太が言った。「もう、ここの広東料理にも飽きてきたよ」

「そうだな」

「せめて、上海料理か北京料理にしてくれー!」


 シュングァンは、ハッキングにトライしていた。しかし、ネオ・クーロンのサーバにアクセスできても、白ウイルスの制御をすることはできなかった。

「どうです?」俊作が聞いた。

「だめですね。ここにあるサーバにはアクセスできるんですが、白御神羅を動かしたり眠らせたりすることは不可能みたいです。もう一つ、奥の方に制御しているサーバがあって、そこを通過しているみたいなんですが、それは、このネオ・クーロン内には存在していないみたいなんです」シュングァンが説明した。

「じゃあ、どうやって彼らは白御神乱を制御しているんだ?」そうつぶやく俊作だった。


 リアンは、テロリストたちの目をかいくぐりながら、何とか真理亜を連れて、ネオ・クーロンの一階搬入口までやって来た。

 大きな出入口シャッターの横にあるボタンに手をかけるリアン。すると、急に大きな声がした。

「おい! お前、そこで何をしている? どこの部署の者だ?」広東語で怒鳴っていた。

「いや、少し外に用があって。ワン先生の指示です」リアンはとりあえず、不慣れな広東語でそう答えながら、ボタンを押した。

「お前、北京語訛りがあるな……」そう言いながら、テロリストが近づいてきた。

 シャッターは既に開き始めており、既にしゃがんで通れるくらいまで開いていた。

「行くぞ」そう言って、リアンはしゃがんだ真理亜をシャッターの解放部に押し込んだ。

 リアンは、近づいてくるテロリストに小銃で弾丸を一発お見舞いした。

 弾丸はテロリストの肩をかすめた。

「待て!」男はそう叫び、今度は奥に向かって応援を求めた。

「おーい、脱出者だ!」

 近くにいた数人の男がやって来た。シャッターは外の風景画見える程度まで開いていた。そこには、軍用ジープを盗んで乗り込もうとしているリアンの姿があった。真理亜は、既に車中にいて見えなかった。

「待てーっ!」「逃すな!」

 男たちが車に向かって発砲し始めたが、リアンの運転する車は急発進し、ゲートを打ち破って町中に出て行った。

「追え! 逃すな!」「おい、ワン先生たちに連絡しろ」

 男たちも車に乗ってリアンを追跡し始めた。

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