第31話
上海のチェンのもとにいる俊作とリウに、和磨からの連絡が入った。スマホで和磨からの指示を確認している俊作とリウ。
二人が確認を終えたタイミングを見計らって、チェンが二人に聞いた。
「新しい指令が来たんでしょ?」
「ええ、既にご存じなんですね」リウがチェンに言った。
「日中の作戦会議での決定事項でしょ。軍部から聞いて把握しているわ」
「私は、中国のホワイトハッカーであるリー・シュングァンとともに、チベットの独立を目指しているテロリストのテンバとして香港にネオ・クーロンに潜入しろとのことです。リー・シュングァンさんはラクバと名乗るそうです」俊作が言った。
「私は、内モンゴルのテロリストのホランとして、同じくネオ・クーロンに潜入せよとのことです。リアンさんは、テムーレンと名乗って同行せよとのことでした」リウが言った。
「そうなのですか!」リアンが驚いて言った。
「ええ、そうよ。よろしくね、リアン。あなたの上司のズーには、既に連絡済みです。日本の内務省が、テロリストのハーにテロリストとしてのフェイクアクセスをかけてくれてるわ。彼らとの商談の日時がまとったら、こちらでヘリを手配するから、皆さんは、それで香港国際空港へ飛んでください」チェンが言った。
「チェンさんは、これからどうされるんですか?」俊作がチェンに聞いた。
「ウイグルへ飛ぶわ。アディルさんの奥さんが大変になってるみたいだし、白ウイルスを摂取された何千人もの人々をそのままにできないじゃない。まずは、私が中国の代表として彼らに謝って、怒らせないようにしなくちゃね。それから、彼らの意見をよく聞いて、これからウイグルをどうするのがベストなのかを話し合って来るつもりよ。その後は、暴動の起きている中国各地をまわって対話集会をしていくつもり。私はね、かつて毛沢東主席が北に向かって進軍していったのと逆に、南へ向かって謝罪する旅を行おうと思っているの」
「そうなんですね! 私、チェン主席を尊敬します」リアンが唐突にそう言うと、他の二人はリアンの方を向いた。リアンは話を続けた。
「いえ、昔から主席のことは尊敬していたのですが……。実は私もバイセクシュアルなんです。今まで、このことを誰にも言えずに生きて来たんですが、主席のカミングアウトに感動して……」声を詰まらせ始めたリアン。
「そうだったの、つらかったわね。でも、あなたの上司のズー公安当局部長は、それとはなしに分かってたみたいよ」チェンがそう言った。
「そうなんですか!」
「まもなく、ここにリー・シュングァンが来ると思うわ」
ほどなく、ドアをノックする音がした。
「ほーら、来た」「どうぞ」
「失礼します」そう言いながら、線の細い、色白の若い男性が部屋に入って来た。
「紹介するわ。中国を代表するホワイトハッカー、リー・シュングァン」
「リー・シュングァンです。よろしくお願いします」
「どう、可愛い子でしょ。私の恋人でもあるのよ。あ、これ、内緒だけどね。それから、中国のサーバをハッキングしてシーハンのSNSを流してくれてるのも彼よ」
「そうなんですか!」一同は驚きの声をあげた。
「じゃあ、シュングァン、ズーから聞いてると思うけど……」
「はい、チベット独立テロリストのラクバとして津村さんたちとともにネオ・クーロンに潜入し、テロリストのサーバをハッキングして御神乱の制御を奪い、カームダウンモードにして人間に戻す。同時に、捕えられた芹澤希望および飯島夫妻をはじめとする七名の救出ですね」シュングァンが答えた。
「そうよ。しっかり頼んだわね」
サオの一行を乗せた軍用ヘリが上海の人民広場に到着したとき、既にチェンは去った後だった。
「サオ司令官は、お尋ね者の身ですので、どこかに身を隠していてください。我々が上海の党幹部から話を聞き出してきます」部下たちはそう言うと、人民政府庁舎の中へ消えて行った。
時間を持て余したサオは、しばし公園の中を散策して回った。公園で太極拳を行う老人たち、子どもを連れて遊びに来ている若い家族、そこには、豊かな日常が戻りつつあった。
「何だ、もう暴動は治まっているのか?」
しかし、市民の声を吸い上げて暴動を鎮静化したのは、チェンだった。
公園でランニングしていた女性が、しげしげとサオの顔を見ているのに気がついた。「やばい」そうサオは感じて、その場を離れた。
一時間ほどが経って、部下たち数名は人民広場に戻って来た。
「あー、やっと見つかった。サオ司令官、探しましたよ」
「あー、すまなかった。……ちょっとな」
「チェン主席はウイグルへ向かわれたそうです」部下がサオに報告した。
「ウイグルへ! ?」
「はい。それと、同行していたリウとリアンの二人の諜報員は、既にここを離れて別のところへと向かったそうです」
「いっしょにいた日本人の男は?」
「いっしょに去ったそうです。それと、彼らにはもう一人中国人の男が同行しているようです」
「そうか……」そう言うと、サオは何か考え事を始めた。
「諜報部員のリアンは、中南海からずっとチェンに同行している。しかし、リアンの上司はズーだ。ズーを問いただせば、何か情報が得られるかもしれない」そう考えるサオだった。
「ウイグルへ向かいますか?」部下がサオに聞いた。
「いや、ズー公安当局部長のところへ行く」
「しかし、北京にあった公安部はもう無いですよ。部長が存命なのか、仮に生きていたとしても、どこに行けば会えるのか分かりませんよ」
「いや、公安は巨大なネットワークを持っているんだ。北京が破壊されていても、きっとどこかに中枢機能が移されているはずだ」「もう少し、ここを探ってみるか……」
リアンの操縦するヘリが香港国際空港へ降り立った。
「チベット独立戦線のリーダーのテムーレンとラクバだ」リアンが言った。
「待っていた。こっちだ」
空港で待ち構えていたテロリストたちは、リウとリアンを車に乗せると、国道をネオ・クーロンに走らせた。
ちょうど同じ頃、深圳と新界をつなぐ国道に俊作とシュングァンはいた。その封鎖されたところにテロリストが待ち受けていた。
「チベットのテンバとラクバだ」俊作が北京語でテロリストに向かって告げた。
「待っていた。我々の車に乗ってもらう」
二人は、車に乗り換えさせられて、こちらもネオ・クーロンに向かった。
ネオ・クーロン内の真理亜たち女性が監禁されている房の中では、真理亜がしきりにえずいていた。ここのところ、真理亜のつわりがひどくなっていたのだ。
「真理亜さん、大丈夫ですか?」マギーが声をかける。
「ここのところ、つわりがひどくて……」真理亜が言った。
香港は、相変わらず戒厳令下にあった。七五〇万人の市民は、家から出ることを許されていなかった。静まり返る摩天楼の都市のあちこちからは、静けさを打ち破るような悲鳴とも叫びとも分からないものが、あちこちから聞こえていた。そして、ときおり銃声も……。
もはや、市民の精神状態は限界に近づきつつあったのだが、一歩外へ出ると、白御神乱に守られたテロリストたちの無法地帯が拡がっているため、外に出ようという者は、なかなか出てこなかった。
カシュガルの市街地には、ウイグルの市民が大挙して出てきており、人の海ができていた。彼らは天を仰ぎ、怒号とも悲鳴とも聞こえる声を発していた。彼らの見上げている先にはチェンの搭乗しているヘリがホバリングしていた。チェンの軍用ヘリは、ウイグルの都カシュガルの上空に到着していたのだった。
「すごい群衆ね」眼下の大群衆を見下ろしながら、チェンがつぶやいた。
ヘリは着陸できる場所を探していた。
「どこかに降りられる場所はありますか?」チェンが操縦士に尋ねた。
「公園が一番広くて良いのですけど、そこだと群衆も危険にさらすことになりますし、そもそもチェン主席の身も危険にさらされます。それで、収容所の屋上に降りようと思います」
「了解です。収容所の門を解放してあげてください」
ヘリは収容所の屋上に降下していき、そして着陸した。と同時に、収容所の門が開けられ、群衆がなだれ込んできた。
チェンはヘリから出て、屋上に姿を現した。四人ほどのSPが彼を守っていた。
そこへ、アディルが姿を現してチェンに言った。
「お待ちしてました」
「奥さんは?」
「もうここにはいません。現在は、チベットを超えて南へ向かっているということです。おそらく香港に怒りをぶつけにいくんでしょう」
「そう……」
「チベットはご覧の通りです。積年の中国政府へのうっぷんが解放されて収拾がつかなくなっています」
「そうみたいね。いいわ。とにかく話をさせて」
「はい、お願いします」
そう言うと、チェンは拡声器を取り出して、大声で群衆に向かって話しかけた。
「私はチェン・ハオランです。中国政府の代表として、ここに来ました」「私は、あなたたちと話をしたいんです。お願いです。あなたがたの話を聞かせてください」「中国に非のあったことがあれば、率直に非を認めますし、謝りますので……」「そして、あなたたちの希望を述べてください。私も、私の希望を述べますから」
そう、何度も何度も群衆に向けて叫んだ。
すると、やがて一人の青年が立ち上がって、何かを言い始めた。彼が叫んでいたのは、ウイグルの人々の中国に抱く過去からの恨み、想い、中国への疑問、願いなどであった。チェンとウイグル人民との腹を割った初めての会話が開始されたのだった。
ネオ・クーロン内に拉致されている真理亜、彼女のつわりは益々激しくなっていた。
「お願い、せめて彼女をここから出してあげて! 彼女、妊娠してるの!」「お願い!」通りがかりのテロリストにマギーが訴えていた。
しかし、その叫びを無視していくテロリスト。
指令室に戻ると、彼はワンに報告していた。
「拉致している女性たちの一人が妊娠しているみたいでして、彼女を出してくれと叫んでます」
「無視しろ。罠かもしれん」ワンがそう言ったが、たまたま傍らにいた希望の表情が少し変化した。
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