第30話

 真太、村田、スティーブが押し込められているネオ・クーロン内の房、真太がスティーブに聞いた。

「スティーブさんは、ハーと仲が悪かったんですか?」

「まあ、そうだな」バツが悪そうにスティーブが言った。「奴の価値観の中では、常に利益がトップに位置しているんだ。思想とか科学の進歩による人類の豊かさとかよりもな。ましてや、人権とか香港の独立とかはどうでも良いのだ。経済だけが人間を幸せにすると信じている男だ。だから、私と彼は、ことあるごとにぶつかっていた」

「そうだったんですね」

「ただ、VR技術については、天才的な才能を持っているんだ。彼は白御神乱と出会うことにより、更にマッドサイエンティスト化したように感じる」

「マッドサイエンティストですか?」

「ああ。たとえワンと芹澤希望の野望が世界征服だとしても、ハーの目的は別にあるのかもしれない」

「どういうことですか?」村田が聞いた。

「ハーにとっては、世界征服などどうでも良いことで、手元にある白ウイルスと白御神乱のシステムを売って儲けることが目的なんじゃないかと思う」

「そんなことしたら、世界は大混乱してしまいます」村田が言った。

「しかし、奴はそのくらいのことは考える男だ。奴はそういう男なんだ」

「……」言葉を失う真太と村田。

「ところで、奴らが言っていた三つのモードによる御神乱の制御ですけどね……」真太が話題を変えた。

「ああ、睡眠モード、覚醒モード、カームダウンモードだな。この中で最も危険なのは、カームダウンモードだと思う」スティーブが言った。

「えっ! どうしてですか? 謝罪のイメージを与えて人間に戻すことの、何が危険なんです」真太が言った。

「だって、考えてもみたまえ。白御神乱を一旦カームダウンモードで人間に戻す。人ごみに紛れたその人間が列車や飛行機でどこかの国に行く、そして、ターゲットとなる国で再び怒りを与えて御神乱として破壊行為をさせる。これって、核兵器を、国境を超えて移動させるよりも簡単にできてしまう」スティーブが説明した。

「なるほど……! 白御神乱を、自由自在に世界中を移動させられるわけですね」村田が言った。

「だけど、香港や北京の御神乱について言えば、覚醒と睡眠の場面は見ているけど、カームダウンした場面は確認されてないぞ」真太が言った。

「まあ、カームダウンして人間に戻ってしまえば、人ごみに紛れて見分けはつかなくなるのかもしれないが……、でも、だったら白御神乱を北京に移動させるのに、わざわざ海とか黄河とかを泳がせる必要はないか」スティーブが言った。

「もしかして、カームダウンモードは未完成なんじゃないか?」真太が言った。

「なるほど、確かにな……」村田が言った。


 堺市庁舎内の一室では、日中によるネオ・クーロンへの突入作戦会議がリモートで行われていた。

「香港は、現在のところ、十体の白御神乱に守られている状態で、空と陸、および湾岸からの突入は不可能な状態にあります」

「北京へ向かった御神乱は海中のドックから出撃していますが、ここからの侵入はどうなんでしょう?」

「海中にある門を開くことができれば可能かと思いますが、どちらにしても中に侵入しない限りは無理ですね」

「……」

「ところで、日本側からの提案なのですが、彼らの目的が、世界のテロリストに白ウイルスおよび白御神乱のシステムを売ることにあることは、間違いないと思います。既に、世界各地のテロリストたちが香港に続々と商談に訪れていることが確認できています。そこで、日本と中国の諜報部員二名を、チベットと内モンゴルの独立運動のリーダーとして商談に向かわせたいと思っています」

「なるほど」

「ちなみに、彼らには中国のホワイトハッカー、李曙光(リー・シュン・グァン)を同行させます。そして、何とか白御神乱の制御システムを奪い、白御神乱たちをカームダウンモードで人間に戻したいと考えています」

「分かりました」

「……で、白御神乱の制御を奪うことと並行して、中で捕えられている人質の解放。同時に、空と海から突入部隊を突入させてテロリストを一網打尽にするという作戦では?」

「良いと思います。では、芹澤希望の処遇はどうしますか? 彼女は、テロリストのリーダーですが……」

「中国としては、ここで彼女も逮捕、場合によっては排除するという方向で考えて……」

「ちょっと待ってください」会議に参加していたWHOの綿貫が口をはさんだ。

「彼女は世界の希望です。彼女の身体の中にある抗体から治療薬を製造できる可能性があるのですよ。殺すのは絶対にだめです。人権的な観点からも」

「日本としても、その方向でお願いしたい。彼女は日本人なので……」

「分かりました。とにかく、諜報部員の潜入報告を待つことにしましょう」

「では、具体的な潜入部隊の具体的な編成と役割分担、および段取りについてですが……」

 会議は進み、滞りなく終了した。


「中国側は、やはり何とかして芹澤希望を自分たちの手で手に入れたいんでしょうね」彩子が言った。

「ああ、多分な。しかし、彼女の存在は、テロリストのリーダーであると同時に、世界の希望でもあるからな。ここは、世界がWHOの意向に沿うような行動をとらないとな」和磨が言った。


 サオと彼の部下数名たちは、中南海のシェルターへと戻っていた。

「もう誰もいないみたいですよ。もう、みんなどこかへ行ってしまったんでしょう」部下が言った。

「どのみち、同志チェンの静脈認証でないと中には入れないがな」サオが言った。「こいつはシャルターだ。核爆弾をもってしても、開けるのは困難だ」サオが言った。

「どうしますか?」

「同志チェンの後を追ってみる。彼に直接会って、俺を解任した理由を確かめてみる。上海に行く」サオが言った。

「了解しました」

 そう言うと、彼らは、再び一台の軍用ヘリに乗り込み、飛び立って行った。


 上海にいるチェンが声明を出した。

「私たちの政府は、占領された香港を必ず奪還します。詳細な実行計画については、今は言うことができませんが、私たちはテロリストをそのまま放っておくことは絶対にしません。また、ほぼ人質にされている七五〇万の香港市民の人々は、必ず解放します」


 真太たちが幽閉されたネオ・クーロン内の房、彼らは白御神乱のシステムについて、さらに話をしていた。

「カームダウンモードが未完成だということは、疑う余地の無いことのようだな」スティーブが言った。「ここで、少し話を整理してみよう」

「ええ」

「ウイグルにいた御神乱たち十体は、全て北京で死んだ。しかし、ウイグルの収容所には、まだ数多くのウイグル人たちがいたはずだ」スティーブが言った。「収容施設に収監されているウイグルの人々は、およそ百万人とも言われています。このうちの何万人かは、二年前のパンデミックのときに中国政府に殺されているものと思われますが、現実的に、まだウイグルにどのくらいの人間が収監されているのかは、分かりませんね」

「そのうち、ウイグルにいた東トルキスタンのメンバーたちが白ウイルスを投与したのは、一体どのくらいなのでしょうね」村田が言った。

「ああ、その数についてはある程度なら分かっているよ。井上大臣が津村君たちから聞いた情報によると、数千人クラスの人間が白ウイルスを投与されていたけれど、VR装置が間に合っていなかったとのことだ」真太が言った。

「じゃあ、収監された数千人のウイグルの人たちは、白ウイルスに罹患はしているけれども、コントロールはされないでそこにいるってことか」村田が言った。

「そういうことになるな。でも、被爆している彼らが、ひとたび何らかの怒りにふれたら巨大化して核融合火焔を吐くということだな」真太が言った。

「じゃあ、ここにいる御神乱たちは、どのくらいいるんだ? やっぱり、もとはウイグルの人たちだよな」スティーブが言った。

「香港市街で眠っているのが十体。北京に向かって行ったのが十体。ここにいて飼育状態にある人達が、ざっと見て三十人てところかな。ここにいる人たちは、みなVRを埋め込まれているみたいでした」真太が答えた。

「約四十か……」村田がつぶやいた。

「ハーのコントロールしているマシンを何とかしてハッキングできれば、御神乱を制御できるんだがな」スティーブがそう言った。


 ネオ・クーロンのハーの作業室。ジャオがハーに言った。

「まあ、ワン先生の言うことなんか、いちいち気にしてぶんぶくれるな。彼は、今や総統の言いなりでしかないじゃないか。何かあったら、俺たちはシステムごと持ってずらかれば良いんだ。こいつのニーズは世界中にあるわけだしな。ワクチンもシステムも、それに大宇へのアクセスも、全て俺たちの手中にある」

「ま、そうだな」「お、また新しいアクセスが来たみたいだ」ハーが言った。

「今度はどこからだ?」

「内モンゴルの解放戦線とチベット独立戦線からだ」

「交通手段は? 何でやって来るって言ってる?」

「内モンゴルの方はヘリで。チベットの方は陸路で深圳方面から入りたいそうだ」

「ウイグルと香港に触発されたな。よし、内モンゴルの連中には空港の方を開けてやれ。チベットの方は、国道の封鎖を解いてやれ」

「オーケー。先方に指示する」


 堺市にある和磨の部屋に内務省からの連絡が入った。

「井上大臣、ひっかかってきました。向こうからの指示です。三日後の午後二時半に封鎖してある香港国際空港を開けるので、そこに来いと行ってます」

「了解、すぐに俊作たちに連絡する」

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