第29話

 チェンは、人民政府庁舎の屋上で、何やら市の幹部たちと話し合っていたが、しばらくすると、俊作たちの方へやって来て言った。

「人民広場の方へ行きます。いっしょに来てくれますよね」

 すると、上空にさらに二機の軍用ヘリコプターが出現した。チェンと俊作、それにリウとリアンが乗ったヘリコプターは、後から来た二機のヘリといっしょに人民広場に飛んだ。


 大群衆が集結している上海市の人民広場、そこに中国軍の三機のヘリがやって来た。ヘリは群衆を蹴散らしながら、その中心部に着陸した。

 中から出てきたのはチェン・ハオラン中国国家主席だ。市民たちは大きく驚いた。

「皆さん、私がここにやって来たのは、あなた方を鎮圧するためではありません。あなた方と話し合いをする為にやって来たのです。どうか、皆さんの話を、この私に聞かせてください。私の方も、皆さんの力になれるよう、最大限の努力をします」「代表の方はどなたですか?」拡声器を使い、大声でそう叫ぶチェンだった。チェンの傍らにいる俊作たちも、この大胆な行動には驚いていた。


 堺市庁舎、官房室の職員が和磨のものにメールを持って部屋に入ってきた。

「大臣、アメリカNSAからの調査結果です。大臣の見立て通り、香港から世界各地のテロリストに対し、アクセスが行われた形跡がありますね。これはエシュロンに引っかかった通信記録によるものです」職員が言った。

「そうか、やはりな」

「奴ら、香港とカシュガルとかのときは、エシュロンに引っかからない独自回線を使用していたみたいなんですが、全世界とやりとりをするとなると、さすがにそれだけでは無理だったみたいですね」

「彼らの目的は? NSAの見解は?」

「やはり、白御神乱ウイルスおよびVRによるシステムをテロリストに販売することで資金を得、と同時に、全世界に存在している反政府組組織のネットワークを構築しようとしているみたいです。国連を中心とする戦後体制への挑戦ともとれます」

「そんなことをしたら、それこそ大変なことになるじゃない! 世界中がテロリストの手に落ちるわ」美姫が言った。

「メールの内容と、彼らへのアクセスはどうなってる?」

「メールによる返信。そして、それがテロリストであるということが確認された場合は、香港国際空港を開けるみたいです。そして、おそらくは、その後どこかで商談がなされるのではないかと考えられます」

「直接会うと言うわけか……。どうして、オンライ上だけでのやりとりをしないのだろう?」

「さあ……」

「とにかく、ありがとう。あとはこちらで作戦を立てる」


 その日の夜、中国のメディアがチェンの政策について報道していた。

「チェン・ハオラン国家主席が大胆な政策を発表されました。これは、従来の我が国の政策からは大きく方向転換するものです。今回発表された今後の国家の方針をまとめますと、以下のようになります」

「一、中央集権型から地方自治型の政策へのシフトと地方自治の強化。二、自由と民主主義、共存と多様性を認める国家造り。三、思想統制・言論統制および報道規制の撤廃。四、貧富の差の解消とそのための農民工の撤廃です」

「これらの急激な政策転換は、中国各地での党の反発を引き起こすことが懸念されています。もう一つは、日本政府および日本の自衛隊と我が人民解放軍との協力体制です。かつて、我が中国国民の尊い命を奪ったファシズム国家との軍の協力は、党の身ならず、国民の多くの反感を買うことが予想されます」

「あ、今、入って来たニュースです。本日、上海で行われていた大規模な反政府集会の中にチェン国家主席がヘリコプターで登場。国民たちとの長時間にわたる対話が行われた模様です。そして、ときおり、人民に対して頭を下げて謝る場面もあったということです。ただ、結果として、デモは解散し、現在、上海でのデモは終息しているとのことです。これは、考えられない行動ですね。中国の今後の未来が危ぶまれます」

「さて、次は問題の白ウイルスについてです。現在、北京市は封鎖されていますが、ここに横たわっている数十体の白御神乱の遺体から白ウイルスの検体を取り出す計画が持ち上がっています。これは、本来我が国が独自に調査する予定でしたが、WHOからの要望により共同での調査となります。ここにも、新たなるチェン・ハオラン体制の影響が見られますね」


 シーワンのSNSが更新された。

「ここのところ、チェン・ハオラン国家主席に対する非難や未来に対する懸念とかが目立つようになってきてるわよね。弱腰だとか、何で日本みたいなファシズムの国と組むのかって……。でも、よくよく考えてみて。国どうしが、どっちだ偉いとか、どっちが上だとかって、本当は関係無いじゃない。大事なのは、私たちの日々の暮らしが豊かで安定しているかどうかだってこと。そして、束縛されないで自由に自己表現ができるかってことなんじゃない? それをチェン主席が保証してくれるのであれば、もしくは、そのために動いてくれるのであれば、私たちにとって、彼は最も期待しても良い指導者なんじゃないかしらね。それが、これまで中国が取ってきた政策とは真逆であったとしてもよ」


 中国国内のテレビが突然ジャックされた。そして、そのテレビの画面に登場したのはマギー・ホンだった。

「我々は今後、我々の手にある白ウイルスおよび白御神乱を使って世界征服を目指します。もはや、世界は我々の手中にあります。我々と未来を同じにする志ある者は、この香港へ来きていただきたい。我々は、あなた方を歓迎します」

 これだけの短いメッセージだった。放送は一方的に突然切られた。


「既にテロリストの何人かは、奴らにアクセスしているのかもな。そして、奴らからすれば、ある程度の見込みができたってことかもな」マギーの世界征服宣言の放送を見ていた和磨が言った。


「先ほど、香港を占拠しているテロリストより世界を征服する旨の宣言がなされました。宣言文を読み上げたのは、かつて民主化の女神を言われていたマギー・ホン女史ですが、彼女は二年前の真理亜の降臨した日に群衆の目前で射殺されたとの目撃談も多く、今回、私たちの目の前に現れたのが本物のマギー女史であるかどうか、疑う声もあります」

「マギー女子の世界征服宣言を受けて、諸外国は激しい批判の声をあげると同時に、緊張感を持って警戒する受け止められています」

マギーの世界征服宣言に世界のメディアが反応した。


「大変なことになったわよね」シーワンのSNSもマギーの宣言に反応した。

「あんな怪物が世界中に放たれたら、手も足も出せやしないわ。でも、世界がこんな蛮行を放っておくはずがない。こんなことが許されて良いはずがない。きっと、中国や日本、それにアメリカも動くと思うわよ。みんな、中国政府と日本政府、そしてチェン・ハオランを信じてみようよ」


 マギーは宣言文を読まされた後、真理亜とサンディの待つ房に戻って来た。彼らは既に銃火器もスマホもスタンガンも取り上げられていた。

 房の中でマギーは激甚し、そして涙をこぼしながら泣いた。

「どうして、私がこんなことを……! どうしてこんなことをさせられなくちゃならないのよ!」

「マギーさん……」真理亜が声をかけた。

 しかし、マギーは泣きじゃくるばかりだった。

「ここに来るべきじゃなかった。私はただ、香港を解放する例の計画がいよいよ実行されるから、代表者として来てくれって言われただけなのよ」マギーが泣きながら言った。

「ちょっと待って……、じゃあ、あなた、白御神乱を抑止力にした香港独立の話は聞いてなかったの?」サンディが聞いた。

「知らないわよ、そんな話」

「おかしいわね。私やスティーブは、そこまではワンから聴かされていたのよ。白ウイルスの開発と白御神乱を手にすることで、香港を名実ともに中国本土から解放するという話。だから、私たちは出資したし、私はこのビルを提供し、そしてスティーブはハーを送り込んだの。でも、ウイグルをだましていることは知らなかったし、まさか北京を攻撃して世界征服を企んでいるなんで、夢にも思わないもの。そんなことの片棒を担がされるのなら、最初からこの話には乗らなかったわ」サンディが言った。

「私は、本当に何も聞いてないのよ。ここに来るべきじゃなかった。家にじっとしていれば良かったんだわ」後悔し、苦悩するマギー。

「私は、あなたが家にいるときにスティーブがこの話をして、そしてあなたは話に乗っていたと聞いていたのよ。お姉さんが収監される前の活動家として活躍していた頃よ。ちょうどあなたがアメリカから香港に帰国したときだったと思うわ」サンディが言った。

「私がスティーブ・リーに会ったのは、ここが初めてよ。有名人だし、名前くらいは知っていたけど……」

「何ですって……! もしかして、あなた……」サンディは、マギーの顔を凝視しながら、そう言った。

 真理亜は、二人のやりとりを傍らでじっと眺めていた。


 ハーは、世界中のテロリストとコンタクトを取っていた。そこにワンがやって来て言った。

「どんな具合だ?」

「良い感じですね。問い合わせの来ている組織だけで言えば、世界中にいるネオ・ナチの連中、三つ存在しているクルド独立組織、いくつかのイスラム原理主義組織、白人至上主義組織、パレスチナ、アフガニスタン、スコットランド、北アイルランド、カタルーニャ、バスク、アフリカ各地にあるテロ組織、それに日本赤軍からも来ています。このうち、いくつかの組織は、こちらに出向いて詳細を聞いたうえ、商談に応じるとのことです」ハーが嬉しそうに言った。

「そうか。必ず代表者が直接ここに出向くように伝えろ。そして、大宇のシステムのことは絶対に言うなよ」ワンがハーに釘を刺した。「ああ、それから、ウイルスの製造方法とVRシステムのプログラミングについても、絶対に渡すなよ」

「もちろんですよ。金の種になるものは絶対に渡しませんとも」

「ああ、それともう一つ」

「えっ! まだ何か?」

「テロリストだと偽って、ここに諜報部員が入り込むかもしれんからな。そこのところも気をつけろ。しっかり身辺の身体検査を行えよ。モサドがパレスチナの解放組織のふりをして入って来るかもしれんからな」

「大丈夫ですって」

「……ま、よろしく頼んだぞ」

 そう言いながら、ワンはハーの作業部屋を出て行った。

「全く、うるさいもんだぜ。テロリストだろうが諜報部員だろうが、金になりゃ良いだろうがよ!」ハーはぶつぶつと文句をたれた。

 すると、そこにジャオが入って来た。

「どうしたんだ、一体? 何かワン先生に言われたか?」

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