第28話

 アディルたちが、自らが乗って来た中国軍の戦闘ヘリに乗り込み、そして西の空へと消えて行った。北京上空の煙は幾分収まってはきたものの、未だにいくつもの白い煙がたなびいていた。

 しばらくすると、中南海の上空に、今度は二機のヘリコプターがやって来た。一機は自衛隊のヘリコプターであり、もう一機は中国軍のヘリコプターだった。

「うまく話しはついてるみたいね」二機のヘリを見上げながらチェンがそう言った。

自衛隊のヘリは中南海の建物の屋上に着陸し、クルムと俊作たちに抱きかかえられたルークがそれに乗り込んだ。

「よろしくお願いします」俊作が航空自衛隊の隊員に告げた。

 そうして、二人を乗せたヘリは、上空に舞い上がった。

 その次に中国軍のヘリが舞い降りて来て、そこに俊作とリウ、リアン、そしてチェンが乗り込んだ。

「とりあえず、上海まで行きましょう」チェンが言った。


 中国軍のヘリコプターの中、チェンが今後の政策方針を発表した。

「今後の中国の復興と政策についての方針を発表しておきます。まず、中国を中央集権型から地方自治型の政策へシフトさせるために、今後も地方自治の強化を行います。香港・チベット・ウイグル・内モンゴルもこれに入ります」

「二つ目、今後の中国の政治の根底には、自由と民主主義を据えます。そして、統一・平均・均一よりも共存と多様性を認める国家造りへとシフトします」

「三つ目として、そのために思想統制・言論統制および報道規制の撤廃を行います」

「四つ目は、貧富の差の解消です。そのために農民工の撤廃を行います。現在、国内に二種類存在している戸籍を一つに統一し、農民工の人間であっても、どこでも自由に職業に就けるようにします」

「尚、現在、テロリストによって占拠されている香港は、日本政府との協力のもと、一刻も早いテロリストからの解放を行います」


 アディルがウイグルに帰ると、そこに妻のリズワンはいなかった。

「リズワンはどうした?」アディルは、残った仲間に聞いた。

「指令は、青御神乱になって、ここを破壊して出て行きました。青いタイプです。アディルさんが出て行った、すぐあとのことでした」

「何てことだ!」アディルは激甚した。


 堺市庁舎に集められた報道陣の前、日本からも、松倉総理による中国への復興支援および香港解放への協力の表明があった。

「日本国内閣総理大臣の松倉栄次郎です。この度の御神乱による中国の被害に対しまして、我が国は人道的な支援を行うことを閣議決定いたしました。具体的には、食料などをはじめとする生活支援物資および医療器具等医薬品の供給。ええ、これらは実際に自衛隊による中国への直接運搬とし、同時に自衛隊員によります炊き出しなどの支援を行います。もちろん、この他、経済的な支援も行います」

 すると、報道陣から驚きの声が上がった。

「自衛隊の航空機が中国領内を飛ぶということですか?」

「そうだが、……それが、何か?」

「い、いや、前代未聞のことだと思いまして……。それで、中国側からは反対の声とかは上がらないでしょうか?」

「それは、中国側で何とかしてもらわないと……」

「そ、それはそうですが……」

「かつて、日本は中国に対して多大なご迷惑をおかけしている。少しばかり、中国国民のお役に立てるようなことをしても、よろしいかと思いますが……。お隣で困っている人たちを見たら、助けようと思うのが人間でしょう?」

「……」報道陣は押し黙った。

「そうは言っても、尖閣諸島とかの問題は、どうするんですか?」あるジャーナリストが質問した。

「とりあえずは、棚上げします。中国側も了解済みです」和磨が言った。

「ええー!」

「えー、次に、占拠されている香港の件です。今回、占拠されている香港市を解放するために、自衛隊は人民解放軍と合同作戦を行うことで、これの解決に向かいます」

 すると、会場からは、更に大きな驚きの声が上がった。

「おおーっ!」

「すみません! どうして、日本は今回の香港のこの事件に対し、これほどまでに絡もうとしているのですか? 何かテロリストの中に日本人でもいるとか、……または、中に日本人の人質の方がいらっしゃるとか……」

「その質問につきましては、現在のところ、お答えすることはございません」

「ええー?」報道陣の中に疑念が生まれたようだった。

「もう一つよろしいでしょうか?」松倉が言った。「我々西側諸国が中国に対して懸念を抱いているのは、かつての天安門事件以来、かの国が自由と民主主義に背を向けて、民族主義、専制主義的な政策を行ったからです。それまでは、我々西側と中国は良い関係であったと覚えている。西側諸国は自由と民主主義を何よりも大切にするのです。それをないがしろにする国は許すことはできないのです。ですから、中国が今後、国民の自由と民主主義を大切にする国家になりうるのであれば、我々としては、あえてかの国を西側諸国が敵対視することもないでしょう。そうでしょう? 私は、チェン・ハオラン国家主席を信じることにします」

 中国の方では、日本政府のこの表明に対し、歓迎と疑念を持って迎えた。また「日本の目論見は何なんだ?」とか「チェン・ハオランは日本の傀儡か?」などの言葉が中国国内のSNS内を踊った。


 久しぶりにシー・ワンQのSNSが公開された。

「お久しぶりー! シー・ワンQよ。生きてたわよー!」

「チェン・ハオラン国家主席の方針と日本政府について、中国国内ではみんな色々と騒いでいるみたいだけど、ここは一つ様子を見てみましょうよ。悪い提案ではないのだし、もしも裏が有れば、みんなで騒げば良いのよ」

 しかし、中国国内に存在する共産党の地方組織は、チェンの方針に反発していた。


 眼下に広がる上海の摩天楼。それをヘリの個室から眺めながらチェンが言った。

「広大な中国、高層ビル群の立ち並ぶ数々の都市、IT・宇宙開発・工業・医学・軍事・芸術・小説、中国は、この二十年ほどのわずかな期間でものすごく発展したわ」

「それは確かに認めます。感服しています。しかし、文化というものに優劣は関係無い。西側諸国が中国を警戒しているのは、中国の豊かさではないんです。自由と人権に対する蹂躙、そして非民主的な専制政治へのシフトなんです。西側諸国が最も嫌うのは、実はこれに対してなのであり、西側諸国というのは、これを犯す国家に対して態度を硬化させるんです」俊作が言った。

「それは分かってる。でもね、中国はもう一つの地球みたいなもの。大きすぎるの。貧困も格差も言語も、そして、政府に対する不平や不満も……、あなたたちが考えている以上に巨大なの。だから、ここをまとめるには、もっと大きな力が必要だったの。大きな力が無いと、この国を治めることは、非常に困難なの。中国人は、日本人ほど国や自国の政府に興味が無いし、日本人みたいに欲望を隠すことを良しとしないわ。だから、クリスマスを禁止したとしても、日本人のように自粛警察のようなものは発生せず、政府の言うことを聞かない。中国のタガがほころんで国が亡ぶときは、必ず暴動が起きてきたわ。不平不満分子は、いずれは必ず大きな力となって王朝を滅ぼすきっかけとなりうる。中国の歴史では、常にそうだったの。黄巾の乱、太平天国の乱、みんなそうよ。住民の不満が頂点に達したとき、その暴動が王朝を滅ぼすきっかけとなっていった」

「日本では、民衆ではなく、海の外からの力が国を変えてきました。自分たちの要望を素直に表現できない民族なんです」俊作が言った。

「だから、中国では、もっと大きな力で抑え込めばよいのだという理屈になるのですね」リウが言った。

「まあ、そうかもしれないわね……」チェンが言った。「この国は、民衆の巨大な不満のパワーを抑えるために、常に人民の不満を外に向ける政策を取って来た。いや、取らざるを得なかったと言った方が良いかしら。毎日のように中国の各地で行われている小規模のデモや暴動は、外に対して報道されることはないわ。国としては、何とかして国民にナショナリズムを植え付けて、外に意識を向けないといけないんだわ。敵は外にいるのだ! そう言い続けるしかないのだもの。……でも、さっきも言ったように、中国人は、日本人ほど国や自国の政府に興味が無い。もともとナショナリズムの育ちにくい民族性なのね」

「チェンさんは、どうしたいんです?」俊作が聞いた。

「正直、難しいわね。農村部のじいさんたちは本来の社会主義国家に戻したがっている。農村部と都市部の格差がそれで解消できるのだと信じている。でも、今さら後戻りなんてできるはずもないわ。それに対して、豊かになった都市部の人間たちは、自分たちの既得権益を守ろうとして、もっと大きな利益を目指そうとしている。でも、彼らの豊かさは、農村部の貧困層を切り捨て、彼らを奴隷のように消費したり、踏み台にしたりすることによって成り立っているの。矛盾だらけね。確かに暴動が起きないのが不思議なくらいだわ。いえ、このままでは、いずれ各地でもっと大きな暴動となるでしょうね。……シーワンQは、少し民衆を煽りすぎたかもしれないわね」


 ヘリが上海の中心部が望める高さまで降下すると、市内のあちこちで大規模なデモが発生していることが見えてきた。そのうちのいくつかでは暴徒となった人たちが騒ぎを起こして警官隊ともみあっていた。

「上海でも、もう既にこんな状況になっているんですね」俊作が言った。

「タガがはずれはじめたのね」「……人民政府庁舎のビルの屋上に降りれるかしら」

 チェンは、操縦席を覗いて、操縦室にいる兵士と何やら会話をした。

 すると、ヘリは庁舎のビルの屋上に舞い降り、中からチェンが姿を現した。屋上には、上海の党幹部の人間たちが彼を出迎えるために待っていた。


 その頃、巨大な青御神乱となったリズワン・カーディルは、南へと進行し、チベットのラサに到達していた。ラサの市中は逃げ惑う人々で大混乱をきたしていた。

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