第22話

「お前たち何者だ!」中南海のシェルターから現れたサオが俊作たちに言った。

「……」

「はーん、お前たち、ウイグルの連中だな。……おっ! 裏切者の諜報部員もいるのか」サオは、リウの方を見て言った。

「……ということは、お前が活動家のクルム・モハメドか。よくぬけぬけと中国に戻って来れたもんだ。そして、その隣にいるお前が、夫であるアメリカ人ジャーナリストのルーク・マクガイアだな」「あっ、確かお前は、俺たちがウイグルに送りこんだ……」

 サオにそう言われたリアンは、銃口を突きつけられたまま、うつむいていた。

「お前たちがやったのか!」サオがアディルに向かって叫んだ。

「違う! ウイグルは騙されたんだ。俺たちも、利用されただけなんだ」アディルが叫び返した。

「銃口を突きつけている連中は、ウイグルのテロリストか? お前たち、せっかく我々漢人の手でウイグルを豊かにしてやったのに、何が不満で俺たち中国政府にたてつくのだ?」サオが言った。

「ウイグルが望んでいるのは、自由と自治、そして漢人からの独立だ」アディルが声高に言った。

「ウイグルは、我が政府によって、天地がひっくり返るほど豊かになった。我々がしてあげたのだ」サオが言った。

「あなたの言う平和とは? 豊かさとは? 発展とは何なんですか?」クルムが言った。

「お前たち、少数民族を偉大なる漢民族の文化に染めてあげることだ」

「ウイグルはそんなこと望んでいない」アディルが言った。

「かつて、モンゴルや女真族が漢民族を支配したことがあったが、結局、彼らも漢民族化していった。モンゴルは中国を征服し元を建国した。そして、女真は中国を征服して清を建国したが、結局のところ、彼らだって漢民族化していったではないか。これは、我々漢人が民族的に優れている証拠だ。だから、ウイグルも漢民族化すれば、必ず幸福になれるはずだ」

「いいえ、あなたたちは、ウイグルやチベットの人たちの文化を消し去ろうとしているんです。私たちから言葉と宗教の自由を奪っている」クルムが言った。

「違う! 漢民族化することが平和や豊かさにつながるのだ。漢民族は優れた民族だ。漢民族化すれば、我々に同化すれば、全てうまくいく。平和になれるのだ」

「それは民族浄化じゃないの! ヒットラーの言ったことと同じ、戦時中の日本とも同じ、ユダヤの選民思想とも同じことです。あたたたちのやっていることは、ファシズムなんです!」クルムが言った。

「お前たち、ウイグルやチベット、それから内モンゴルの連中は、国家に反抗する反乱分子だ。それをテロリストと言うのだぞ。なぜなら、国家、政府を批判することは、国家の秩序を乱すことだ。それは混乱につながり平和を乱すことに他ならないからだ。皆が同じ思想、文化、言葉に統一されれば幸せがもたらされるではないか」

「それは違うわ。統一では幸せにはなれないの! あなたたちのやっていることは、力と恐怖によって人民を支配しているにすぎない。自由な言論も自由な思想も、自由な嗜好さえ許されていない。報道規制、思想統制、人民の知る権利さえ、国民から奪っているではないの」クルムが言った。

「これは、中国型の民主主義だ。欧米型とは違うのだ。中国型の民主主義は違うのだ。」

「どう違うというの」クルムが言った。

「中国だって、代議員の公選制によって選ばれた民主主義ではあるのだぞ」

「一党独裁・軍事政権・人民解放軍による政治のどこに民主主義があるというの? 文民統制もなされていないわ」

「良い政策をすれば、軍事政権でも良いはずだ。国民が納得すれば良いのだろうが。民衆の代表が選んだ俺の考えが最も正しいから、俺に導いてもらいたいと民衆は思うだろう。だから、俺の言うとおりにすれば、皆平和に暮らせるのだ。いわば、これは民主主義を実現するための専制政治なのだ。専制政治にもメリットはある。お前たちの民主主義よりも決定的に決定が早い。民衆にはびこっているSNSの誹謗中傷を禁止したり、個人的な利益のみを追求し、公共の利益を忘れた、腐敗した経済界への鉄槌とくわえたり……、俺たちのシステムは、お前たちと違い、すぐに決定し実行している。中国のシステムは、国民を正しい倫理に導くことができる。その為には少数派を排除する。国益の実現のためには、ある程度の少数派の犠牲は致し方ないではないか。多数決の原理だろ。最大多数の最大幸福、それが民主主義の原理だ。今や漢民族が世界で最も人口が多いのだぞ。民主主義でいけば、世界は中国人の言うことを聞くべきだろうが」

「それは違う! あなたは民主主義について大きな誤解をしているわ。民主主義は多数決とイコールではないのよ。まあ、日本人も結構、勘違いしている人が多いけど……」

「じゃあ、民主主義とは何だ?」

「民主主義は多数決ではないわ。批判を吸い上げるシステムよ。民主主義はマイノリティーの意見をすいあげるためのシステムよ。民主主義は個人主義よ。多様性と個人の嗜好を認めるものよ。あなたのは民主主義でも何でもないわ。国家主義、民族主義そのものよ。あなたは民主主義が分かっていない」

「お前はそう言うが、現実的に、中国国内では、どこからも批判など出ていないのだぞ。ウイグルやチベットを除いてはな」

「人民は黙っているのだ。怖くて黙らされている。例えば、日本にいる中国人でさえ、母国のことを何も話したがらない」俊作が言った。

「お、そう言えば、お前は何者だ? 確か日本政府が一人潜り込ませていると聞いていたが……」「お前に言っておく。日本にいる中国人が黙っているのは、日本人が言えない雰囲気をつくっているのだ。国のトップに君臨する人物が徳のあるであるならば、その人間にまかせておけば、国はうまく治まる。政府の言うとおりにしていれば、豊かで平和な国に住まわせてやれるのだ」

「徳治政治ですね。では、自由はどこにいったんです?」俊作が言った。

「民主主義の政府は、国民を指導するのではなく、世論や民意を反映させて政治を行っていくものですよ」クルムが言った。

「馬鹿か! 人民の考えが常に正しいとは限らないではないか。皆が安定した豊かさを手に入れるためには、個人の勝手な意見や考え、お前たちの言う自由などというものは障害となりうるのだ。お前たちは、なぜそれに気がつかん? お前たちのように、欧米の思想にかぶれた連中は、自由だ、民主だと騒ぎ立てる。西洋思想がどれほど中国を蹂躙してきたか忘れたか? ド素人どもが! どうしてそんなに政治に首を突っ込みたがる? 俺たちの言うとおりにしてりゃいいんだ! 中国には、ちゃんと人民の意見を吸い上げるシステムはできている。最も優れた指導者である同志チェンは、人民によって選ばれて頂点に立っているのだぞ」

「あのシステムでは本当に人民に選ばれたことにはならない。結局のところ、一党独裁体制では何も検証されないまま進められる。独裁政治・専制政治を許すことになる」俊作が言った。

「それは内政干渉だ!」

「あなた方のやっていることは、専制政治・独裁政治に他ならないのですよ」クルムが言った。

「思想など、最も優れたものを一つ与えていれば国は上手く統治できるのだ。思想統制、芸能界 教育のよる愛国教育、中国はどれもこれも完璧だ」

「それは国家による洗脳というのよ。それによって思想の自由を奪っている」リウが言った。

「徳を備えた優れた指導者が、良いことと悪いことを人民に教え示してやる。そうすれば、人民は、その範囲内で安心して生活できるようになる。わざわざ考えたり、選んだりする必要もなくなるではないか。事実、その結果、中国は経済が発展し、大きな革命を起こらず、安定しているではないか」サオが言った

「中国が経済・産業・科学・宇宙開発で短期間発展してきた。それは認める。でもそれは、中国が社会主義経済をかなぐりすてて西側の自由主義経済を取り入れたからなんだ。しかも、思想や言論の統制をし、人々の自由な嗜好まで奪ってしまうと、柔軟な発想を持っているインテリ層は、どんどん国から出て行くぞ。事実、中国やロシアはそうなってるじゃないか」俊作が言った。

「自由主義経済によって経済的な格差が生じたから、俺たちが修正を施しているのだ。倫理的な問題も中国は、当に解決しているではないか。例え専制政治と言われようともな。SNSの制限、誹謗中傷の禁止、塾への制限、学習時間も制限した。お前ら自由主義国家がもたもたしているうちに、この国では、俺たちがとっとと決定を下した。中国の民主主義のシステムの方が素早いのだ」

「それは、民主主義などではない。独裁よ! あなた方は、報道、ジャーナリズムにも規制をかけている。それは、政権に歯止めが聞かなくなり、暴走を許すことになる」クルムが言った。

「中国という大きな国を一つにまとめて強くするためだ。人民の心は一つにしなければならぬ」

「芸術・文化はどうなの? これらは、優れているとか、発展という次元とは違うものなのよ。多様性をともなうものよ。心を一つにしたら文化・芸術は成り立たない」クルムが言った。「あなたは、統一化と均一化をしさえすれば、平和になれると思っている。それが最大の間違いよ。平和は多様化とその共存を認めることによってなされるもの。あなたにとって、それらは国をまとめる障害であり、洗脳や排除の対象でしかないみたいだけど、それによって、苦しんでいる人たちは、いつかあなたに牙をむくわ」「あなたの最大の問題点は、多様さを嫌っているところになる。多様を嫌い、均一と標準の中に民族を押し込めようとしている。そして、そこからはみ出す者は、国家によって排除しようとしている。共生を嫌い、統一に向かうところ国家には、常に破滅が待っている。ナチスしかり、大日本帝国しかりよ。逆に、共生した国家はある程度、長く繁栄していた。古代ローマ、モンゴル、イスラム帝国は長期政権を保っている」

「じゃあ、国家って何だよ!」サオが怒って言った。

「近代国家というのは、あるエリアで囲まれた範囲を領土と規定し、そこに住む者は全て国民と定義する。そして、その国民を支配する法律を所持し、領土と国民を守るための軍隊を持つ国家。これが近代国家だ。領土内に住む国民は、様々な民族がいても良いわけなのだ。ここが、お前たちが目指している中華帝国との矛盾点がある」俊作が言った。

「何だと! ?」

「中国は、近代国家を目指すと言っておきながら、それは漢民族による民族国家の建設に他ならないからだ。そして、領土を拡張、維持するために、少数民族の文化を認めず、同化政策を行おうとしている。これはファシズム以外の何ものでもないじゃないか!」俊作が言い放った。「近代国家を目指すことと中華帝国の復活には矛盾があるんだ。中華帝国を復活すれば、それは近代国家とは呼べない。旧態依然とした民族国家に他ならない。漢民族による中華帝国を復活するのであれば、あなた方は中原に留まらなければならない。もしくは、漢民族がチベットやウイグルに侵略して領土に組み込むかか。まさしく帝国主義だな」

「ファシズム? ファシズムの国である日本人がその言葉を口にするな?」

「あなた方中国が、今チベットやウイグルや内モンゴルに対してやっていることというのは、八十年前に日本が中国に対してやったことと同じではないですか。彼らの言語や禁止し、民族の同化政策を行っている。情報統制、言論統制まで行って、まるで戦時中の日本みたい」クルムが言った。

「何を言っている。ウイグルもチベットも、もともと中国の国内の地域だ。我々がどうしようと勝手だ。内政干渉をするな」サオが反論した。

「いいや、ウイグルやチベットは、もともと満州民族の征服王朝である清が征服して領土にした地域です。清王朝が倒れたとき、中華民国が彼らを解放せずにそのまま中華民国に取り込んだんだ」今度は、俊作が言った。

「それの何が悪い?」

「当時、世界は民族自決の方向に動いていたのよ。当時は、日本に侵略されていた中国も朝鮮も、この世界的な民族自決運動に期待をしていたはず。第一次世界大戦後、多くの国が列強の植民地支配から独立していったのに、中国は、ウイグルとチベット、それに内モンゴルの支配を手放さなかったじゃないの」クルムが言った。

「だいたい、中国の侵略した日本人が、自分のことは棚に上げて良くそんなことが言えるな? どの面下げてものを言ってる?」

「ああ、もちろん、棚に上げているさ。そして、もちろん日本の犯したことは悪いことさ。迷惑をかけたとも思っている。でも、良いことは良いこと、悪いことは悪いことだ。それはそれ、これはこれだ! 昔のこととは昔のこと、今のことは今のこと。それはそれ、これはこれだ! 昔悪いことをした奴なんだから、少しは黙っておとなしくしてろなどというのは、おかしなことだ。今の中国の行っていることは、かつての日本と同じだ。そして、教えるべきことを国民に知らせないし、教育もしない。これはプロパガンダであり、あなた方が日本に対してよく言う『歪曲』に同じだ」俊作が言った。

「ふざけるな! お前たちみたいなファシズムの国と同じにするな!」サオが激高して言った。

「そもそもファシズムの意味を知ってしゃべっているんだろうな!」俊作も激高して言った。「個人の自由な思想や言論を禁止し、国民を一国の思想に統一することを全体主義、ファシズムと言うんだぞ。お前たちが今やっていることが、まさしくこれじゃないか。日本は、かつてこれを経験した。それによって国民も苦しんだ。だから、今やその反省に立っている。日本は二度とファッショ化することはない! かつて日本のやらかしたことを、今や中国がやろうとしているんだ」

「内政干渉だ! だいたい、今、お前たちは、俺たち二人を取り囲んでいる。気に入らなければ、いつでも殺せばよいではないか。お前たちの勝ちだ。ああ、いつでも殺せば良い!」サオが言った。

「気に入らないものを排除するのであれば、それはナチズムと同じです。邪魔ものを排除して全てを同一化しようとするナチズムも、多様性を禁止して、全ての思想を統一しようとするファシズムも、結局は、同じところに持って行こうとするものです。それは統一です」クルムが言った。

「統一のどこが悪い! 皆が同じになって幸せになれれば良いのだろうが」

「ファシズムやナチズムは統一と均一を好みます。でも、民主主義は多様と共存のシステムです。現実的に、多様性を認めないことによって苦しめられている人がたくさんいるじゃないの!」

「どこにいるというのだ?」

「例えばLGBT、そしてジェンダー問題。苦しんでいるけど、中国政府はこの人たちの苦しみの声を封殺している」

「バカな! LGBTだと? 奴らは病気なんだ。まっとうな人間などではないのだぞ。世界がどういう方向に動こうとも、中国では、男は男らしく、強くあらねばならんのだ。これも中国の文化だ」

「LGBT、いわゆるレズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーなどの性的マイノリティは、人間だけにあるものではないわ」リウが話に割って入った。

「何だと!」

「ましてや、欧米人に固有のものでもないし、中国人にだけ無いものでもない。哺乳類、生物界にも人間と同じ割合で、必ず存在しているものなのです」リウが言った。

「そうなのか……?」チェンがつぶやいた。その声をクルムは聞き逃さなかった。

「LGBTは、排除されるべきことではないです。どんな生き物にも、必ず1%は発生しているんです。かたわものでもないし、病気でもない。ましてや親の育て方など関係無い!」

「そうなのか!」チェンが反応した。

「もうよい。いすれにしても、お前たちはいつでも俺たちを殺すこともできるし、捕まえることもできる。さあ、どうするね?」サオが言った。

「何度も言わせないで。私たちは、あなたがたを殺したりしない」

「どうして、私たちを殺さないのかね?」チェンが尋ねた。

「それは……。チェン・ハオラン、あなたが中国の希望だからよ」クルムはそう言った。

「……」

 チェンは、黙ったままだったが、しばらく何かを考えた後、こう言った。

「同志サオ、しばらく席を離れてはくれないか。彼らと私だけで話したいことがあるんだ」

「……私は、構いませんが。大丈夫ですか? 同志」

「ああ、何なら君は、今日は帰宅しても構わないぞ。この状況だ。君も家族が心配だろうしな」

「そうですか」

「私には家族もいないし、帰るところは、この中南海の中だけだしな」

「分かりました。でも、気をつけてください。何かあったら連絡をください」

「ああ、大丈夫だ」

 サオが呼んだヘリが中南海の上空に現れ、サオの無線機にヘリからの連絡が入った。

「サオ司令官、今、中南海の上空ですが、降りるところがありません。縄梯子を下ろしますか?」

「それでよい。俺が見えるか?」

「ええ、見えてますよ。上げるのは何人ですか?」

「俺だけだ」

「分かりました。では、縄梯子を下ろします」

 ヘリから縄梯子が降ろされた。

「では、同志チェン、くれぐれもお気をつけて」

 そう言い残し、縄梯子につかまったサオはヘリコプターに引き上げられていった。

 サオが消えた後、クルムがチェンに言った。

「茶番はもういいわ。もう嘘はつかなくていいわよ。今までのは、あなたの本音ではない。あなたは全て分かってる。……かわいそうなあなた」クルムは、チェンの顔を見てそう言った。

「分かった。もう良い。案内する」

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