第18話
真太はネオ・クーロンの調理室を探し当てていた。そして、誰もいないのを良いことに、食べ物を漁ってほおばっていた。この行為は、三年前にも原子力空母ドナルド・トランプ内でもやっていたので、彼にとっては手慣れたものだった。
すると、そこに料理長らしき人物が入って来た。真太はすかさず、食材が積まれてあった部屋の隅の物陰に隠れた。すると、やって来た男は、何やらメモを見ながらつぶやいて作業をしていた。
「御神乱女とCIAに二食と……」
「真理亜と村田の夕食だな」真太はすぐにそう思った。
男は、準備した食事を持って出て行った。真太は、音をたてないようにその後をつけて行った。
深夜、和磨の電話が鳴った。
「井上大臣、ウイグルの御神乱たちが、こぞって東へ移動中。黄河に入りました。明日の午後に北京に到着予想!」
「北京を攻撃か! 北京には俊作たちがいる。すぐに退去させなねば」
「それと……」
「ん、何だ?」
「アメリカの衛星からの情報によれば、東シナ海を北上する複数の白い発行体が確認された模様です。これも北京を目指しているみたいでして、だとすれば、こちらの方が北京へは数時間早く到着しそうなんです」
「そうか、分かった。ありがとう」
「どうしたんです?」隣で寝ていた彩子が聞いた。
「ウイグルの御神乱が北京に移動している」
「大変! 瞳さんにも連絡してあげなきゃ」
「ああ、そうだな」
料理長をつけていく真太。すると、料理長は十四階にある研究室のそばにある部屋の鍵を開けようとした。
そのとき、真太は急に料理長に近づき、すかさず首にスタンガンを押しあてた。
「ウッ」と唸って倒れる料理長。真太は、その男が持っていた鍵を奪うと、鉄でできた頑丈そうな扉を開けた。
「シン!」中に捕えられていた村田が言った。
「真理亜は?」
「おそらく、そばの独房に捕えられていると思う」
二人は、それらしき部屋の鉄の扉を開けた。はたして、そこに真理亜は閉じ込められていた。
「真太!」
そう言う真理亜に、口に人差し指を押しあてて、静かにしろと促す真太。
真太は料理長ともども料理を部屋の中に入れると、とりあえず、村田たちに夕食を食べさせた。
「シン、外はどうなってるんだ?」
真太は、今まであったこと、香港とウイグルがテロリストたちに占拠されていて戒厳令下にあること、マギー・ホンによって独立宣言がなされたこと、白い御神乱が核融合火焔で戦闘機部隊を撃墜していることなどを説明した。
「希望ちゃんの安否は?」真理亜が真太に尋ねた。
「このビルの中にいると、ワンは言ってるそうだ」
すると、ちょうどそのとき、和磨から真太にメールが届いた。
「井上大臣からだ」そう言って、メールを開けてみる真太。
「何だって?」村田が聞いた。
「ウイグルの御神乱は、黄河を東へ移動、北京を目指している。また、東シナ海にも北上している白御神乱らしき群れが確認されている。多分、今日騒いでたのがそうだったのかな……」
「とりあえず、ここを脱出しよう。シン、希望さんを探しに行こう」村田が言った。
「ああ、そうだな。こいつはどうする?」真太が料理長を指さして言った。
「ここに閉じ込めちゃいましょうよ」真理亜がそう言った。
真太たちは部屋を出て、鉄の扉に鍵をかけた。
北京のホテルに滞在しているクルムに和磨から連絡が入った。
「クルムさん。ウイグルの御神乱たちがそちらに黄河を泳いでそちらに向かっています。おそらくは、明日には北京に到着するものと思われます。それと、東シナ海からも……」
「あ、はい! 分かりました。俊作さんに伝えますね」
「お願いします。とにかく、白御神乱にやられたら、北京といえども火の海になります。今日中に安全な場所に避難して下さい。お願いします!」
「ルークは? ルークはどうすれば……?」
「結構発症が進んでいますか?」
「え、ええ。今は睡眠薬で眠らせていますが、姿は既に御神乱です。でも、まだ巨大化しているわけではありませんので、軍隊とかに見つかるとまずいと思います」
「そうですか。……連れ出せますか? そのホテル、中南海の池や森とかに近いんですよね?」
「あ、はい。そうですが……。もう結構大きいので、うまく運び出せるかどうか……。そもそも部屋から出られるかどうか……」
そのしばらく後、今度はクルムにアディルからの電話が入った。
「姉さん! リズワンが……、俺の嫁が……!」
「どうしたの? アディル、落ち着いて話して」
「リズワンが発症して南へ向かった。おそらく香港だ」
「どうして? 何があったの?」
「俺たち、香港の連中に騙されてたんだ。中国政府に恨みを持つ被爆したウイグル人たちを利用して、青御神乱にしたんだ。でも、それは俺たちの自由になるものじゃなかったんだ。もとに戻すこともできない。俺たちは、ただ、良いように利用されていただけだったんだ。……それで、激甚したリズワンが発症して……」
「北京に向かっている御神乱がそうね」
「多分、そうだと思う。もうこっちには巨大化した御神乱は一体もいない。あとは発症途中のウイグル人だけだ。でも、彼らなら大丈夫。VRが取り付けられてない。分けてもらえなかったんだ」
「そうだ! アディル、すぐこっちに来なさい」
「え?」
「今ね、こっちでも私の夫のルークが発症して大変なことになってるの。なぜ、ルークが発症したか分かる? アディル」
「どうして?」
「私が、あなたの手下の男たちにレイプされたからなのよ!」
「え……」絶句するアディル。
「彼はとても怒っているわ。ウイグル人たちめって、うわごとのように言ってる」
「……」
「もう一つ教えてあげる。彼も被爆者なの。中東の紛争での取材中、劣化ウラン弾で被爆してたの。それがどういうことを引き起こすか、分かるわよね?」
「……ごめん。ごめん姉さん、俺のせいだ」
「謝るのだったら、すぐにここへ来て、ルークに謝ってもらいたいの。できれば、私をレイプした二人のテロリストも特定して、ここに一緒に連れてきて」
「でも、どうやって?」
「あなたたちだったら、軍用ヘリの一つや二つ、どうにかならないの?」
「分かった。やってみるよ」そう言って、電話を切ったアディル。
「そうしたんです?」俊作がクルムに尋ねた。
「大変、和磨さんに連絡しなくちゃ」
深夜、眠っているルークを運び出そうとする俊作たち。しかし、クルムとルークのツインの部屋は、既にルークの膨れ上がった身体でいっぱいになっていた。
「これは、とてもじゃないけど、運び出せないな」俊作が言った。
「そうですね」リウが言った。クルムは、ルークの変わり果てた姿に、わなわなと震えているだけだった。
「アディルには、ここに謝りに来るように伝えてはいるんですけど……」クルムは弱々しくそう言った。
「睡眠剤は、あとどのくらい持ちそうですか?」リウが俊作に聞いた。
「せいぜい十二時間くらいですかね。あとは、目覚めたら、ホテル内で人を喰い散らかし、巨大化……、てとこですかね」
「じゃあ、とりあえず、この部屋のドアには『起こさないでください』のプレートをかけて、クルムさん、あなたもこの部屋の荷物をまとめて、我々と一緒にこのホテルを脱出しましょう」
「ええ」ため息とともにうなずいたクルムだった。
「ワン先生、現在、香港を出た御神乱は、黄海に入りました。翌朝には天津市に上陸するものと思われます。ついでに青島(チンタオ)や旅順(ルーシュン)、大連(ダーリェン)もつぶしておきますか?」香港のテロリストがワンに言った。
「そんなことは、せんでも良い。目標は、あくまでも人民大会堂および中南海(チョンナンハイ)だ」
「分かりました」
「黄河に入ってる方はどうなってる?」
「はい。そちらも順調に北京を目指しています」
翌日の朝が来た。東シナ海を夜通し泳いでいた御神乱たちは、既に黄海に入り、山東半島と遼東半島の間を抜けていた。そのとき、全人代大会の三日目が始まろうとしていた。
「同志サオ、その後、テロリストと御神乱の動向について、何か連絡は無いのか?」チェンが開始前の廊下でサオに尋ねた。
「ええ、今のところは……」
その日の朝、北京はいつもと変わらぬ日常が訪れていた。
駅には、通勤通学の人々が溢れ、地下鉄や電車、バスはいつも通りの運航を行っていた。
そうして、しばらくすると、人々はオフィスや店舗の中に入り、いつも通りのルーチンワークを成しはじめた。学校、病院、美容院、レストラン、デパート、商店、市場、飲茶、コンサート、ファッションショー、北京は、豊かな日常風景を作りだしていた。
しかし、全人代大会が始まって間もなく、情報が入って来た。
「えー、先ほど、天津市に背中を白く光らせる御神乱十体が上陸。天津市は核融合火焔で破壊されて、火の海となっています! まもなく、この北京へと向かってくる模様です」
中国全土から人民大会堂に集結していた中国共産党員たちがざわついた。
「どういうことだ! 同志チェン」「御神乱は眠っているのじゃなかったのかね」「と、とにかく、どこか安全なところに非難を……」
北京市から見て東南東の方角、天津市のある方角に黒煙が上がっていた。
その市を覆う黒煙の中に、いくつもの白く発行体が見て取れるようになった。白い発行体は、次第に北京の方へ近づいて来ているように見えた。
「天津が燃えてるぞ!」「何か白い光のようなものがこっちに近づいて来てる!」
テレビが伝えた。
「今朝方、天津に上陸した白御神乱は、天津市を火の海にしながら、現在、首都北京市に向かっています。御神乱の数は、確認できただけで約十体と思われます。北京にお住いに皆さんは、直ちに遠くの方へ避難して下さい。繰り返します。北京市にいる人たちは、直ちに、なるべく遠くに避難して下さい」
北京にいる人々が逃げ惑い始めた。主要道路は、またたくまに大渋滞が起き、駅は人々でごった返し始めた。上空には、報道のヘルコプターがいくつも舞い始めた。
「また、ウイグルの奴らかよ!」「もういい加減にしろ! どれだけ中国に恨みがあるんだよ」
北京の惨状を見て、中国各地の漢人たちが口々にそう言った。再び、憎しみの連鎖が中国を覆おうとしていた。
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