第17話

 北京の俊作の部屋。リウの説明は続いていた。

「テレビ会社は、女性のような男性や他のアブノーマルな美的センスの者を決して放映してはならないとしました。党によれば、本来のポップスターや俳優の姿は、十分に勇ましくなくてはならないのに、芸能界は、これを中国の若者に促してはいないというんです。そして、テレビ局は、番組に出演する俳優とその外見、振舞いについて厳格に管理する必要があると言うんですね」

「すごいですね!」

「眉や目をいじり、女性のようになよなよした中世的な男子に対し、中国の評論者たちは文化の堕落であるとして激しく攻撃しています。男性同志の恋愛を描くボーイズラブも批判されていて、これらは、ゆがんだ美意識を植え付けてるものであり、社会主義の価値観に悪影響を及ぼすと主張しているのです」

「独善的な美の基準の押しつけです! そして、その美意識の基準からはみ出した者を排除するような行為は、ファシズム以外の何ものでもないではないですか!」クルムが言った。

「そうなんです。さすがに、これについては、中国国内でも批判されています」

「これらもチェン・ハオランの美意識から来ているものなのですか?」俊作が聞いた。

「いえ、それは分かりません。チェン国家主席の方針なのか、党の長老の意見なのか、それとも側近の誰かの意向が働いているのか……。とにかく、中性的な男性がとにかく許せないようなのです」リウが言った。

「同性愛者も取り締まりの対象なのですか?」俊作が聞いた。

「同性愛は、最近やっと犯罪ではなくなったんですが、未だに精神病とか奇異な存在とされています」

「何てこった!」


 シー・ワンのSNSが更新された。

「どう? 私が警告していた通りになったでしょ」

「ところで、香港やウイグルのみんな、彼らは、本当にあなたたちを幸せにしてくれるのかしら? 彼らが解放してくれたなんて、ぬか喜びはしない方が良いかもよ。彼らは、所詮はテロリスト。本当に自由を与えてくれるかどうか、分からなくてよ」


 北京のホテルの一室、俊作たちの会話は続いていた。

「そもそも、国家主席のチェン・ハオランって、どんな人物なんですか?」クルムがリウに聞いた。

「ええと……、ですね」リウがスマホで検索している。

「二一歳で中国共産党に入党後、党支部書記、成都副市長、四川省長、浙江省軍区党委員会第一書記、南京軍区国防動員委員会副主任、上海市党委員会書記、中央政治局常務委員、中央書記処常務書記、党中央軍事委員会副主席、党中央政治局常務委員、中央委員会総書記、党中央軍事委員会主席、国家主席・国家中央軍事委員会主席。まあ、経歴はざっとこんなところです。一般的な出世コースを上り詰めた人物ですね」

「なるほど」と、俊作。

「性格は、周囲の意見を聞いて政策を決めていて、自分の意見はなかなか言わない。地味で質素な性格。党員や官僚の腐敗を非常に嫌い、これに対して厳然とした態度を取っている。もちろん、自ら賄賂を要求することなど絶対にない。酒は飲まない。切れ者でも饒舌でもない。人の意見にはじっくりと耳を貸すが、仲間に対しては決して気を許すことはない。もしかしたら、気を許せる友人はいないのかもしれない。しかし、人間的には弱者の気持ちを理解できる人物。胆力があり、中国流の大人(たいじん)の印象である。口調が穏やかで物腰も柔らかく、とても温和な感じの人物。貧困を酷く嫌っている」リウがネットの内容を読み上げた。

「なるほど、じゃあ、いつも隣にいる軍人の司令官は?」俊作が聞いた。

「サオ・ハオユーですね。……ちょっと待ってくださいね」「あ、出てきました」「二十一歳の時、人民解放軍に入隊。二等兵として配属。同時に中国共産党に入党。その後、様々な師団の連隊政治委員、政治部主任を歴任した後、少将に昇格する。中将、海軍上将、党中央規律検査委員会委員、中央委員会委員を歴任の後、党中央軍事委員会委員。チェン・ハオランの懐刀として最高司令官。以上がサオの経歴です」「次は、サオが会合や挨拶などでよく使っているフレーズです」「全ては党による指導、強国・強軍。中華民族の偉大なる復興という中国の夢の実現。正しく世論を導くシステムを整えるために記者の資格制度を厳格にし、報道機関への圧力・言論弾圧を行う。同時に、海外メディアに対してお厳しい対策を行う。法による国家統治と徳による国家統治。国内外の個人と組織の監視調査を正当化する監視社会・管理社会化の推進。愛国者を主体に、愛国教育を徹底する」リウが読み上げた。

「大きな中国、人身の統一、多様性の否定、同化政策、独裁者にありがちな特長ね」クルムが言った。

「クルムさん、独裁者ってのは、なぜ自由とか民主主義が嫌いなんです? ナポレオンとかヒットラーとか、プーチンてのは、みんな民主的な投票で選ばれているのに……」俊作が聞いた。

「彼ら独裁者は、民主的に選ばれたこと、イコール自分こそが最も正義の人間であると考えがちですよね。これはマジョリティー、多数派が正義であるという勘違いによって引き起こされているのです。そして、最も正義である自分の考えに反対し、妨害する人間は、その逆であり、悪であるという理論に発展していく。ついには、彼は自分の考えに国中、いや全世界を統一すれば世界に平和が訪れるのだと考え始める。しかし、現実には、ここには、思想統一だの言論統制だの民族の同化政策だのといった悲惨な政策が引き起こされるのです」クルムが言った。

「なるほどなー」

「いずれにしても、独裁者というものは、統一を好み、多様性を否定するものです。民族も言葉も文字も宗教も、正義も価値観も、そして趣味嗜好も美意識さえも……。あ、それから、多様性を否定するので、当然、LGBTも認めません」リウが言った。

「もしかすると……。チェンではなくサオなのかも」クルムが言った。

「え? 何がです?」


 翌日の朝、全人代の会議そのものは滞りなく始まっていたが、議場を一歩外に出ると、チェンに厳しい言葉が浴びせられた。

「昨夜の奇襲作戦も失敗したそうじゃないか。今度はどんな手をうつんだ?」「テロリストをこのままにしておく気かね? それじゃあ、中華帝国の復活など夢の夢なんじゃないか?」「君に、次は無いかもな……」などなど。

 チェンは、いつものように動揺する様子もなく、泰然とした態度でそれらを聞き流していたが、そばにいたサオが猛烈にかみついた。

「何をおっしゃいます! 同志チェンは大人の器です。この困難を必ず切り抜けてみせますよ。偉大なる中華帝国を復活させるのは、チェン同志以外にありえません!」

「そ、そうか……?」気押されして、そう答えた長老委員たち。

「今、白御神乱は眠っています。全人代が終了するまでには、全ての御神乱を排除し、香港とウイグルには再占領部隊を投入します」


 しかし、事態はサオの思うような方向にはいかなかった。

「そろそろ第二次御神乱解放を行う。全人代の二日目の午後がターゲットの時間だ」ワンが指令した。

「はっ」

「どのくらいで北京に到着できる?」

「香港からは東シナ海を泳いで二〇時間、ウイグルからは黄河で二五時間というところです」

「分かった。すぐに攻撃だ」

「了解しました!」

「第二次攻撃態勢! 第二次攻撃態勢! 第二次御神乱解放!」

昼下がりのネオ・クーロンのビル内に新たな指令が響き渡った。

「今後は、何が始まるんだ?」真太が言った。「それにしても腹が減ったな。調理室はどこだ?」

 このとき、地下にあるゲートが再び空いて、覚醒して猛り狂う白御神乱数十体が海に出て行った。彼らは、背中を白く光らせながら東シナ海を北上し、一路北京を目指していた。

「何が始まったの?」放送室にいるマギーがそばにいたテロリストに聞いた。

「マギー女子、明日読み上げてもらう原稿です」そう言うと、テロリストは手に持っていた原稿をマギーに手渡した。それに目を通したマギー、思わず声をあげた。

「何これ! これを私に読めと?」


 ウイグルでは、カシュガルとウルムチを守っていた御神乱たちが急に覚醒して東側へと移動し始めた。これはウイグルのテロリストたちには知らされていないことだった。

「リズワン指令! 大変です。御神乱たちがウイグルを離れて、勝手に東に向かっています」テロリストが報告した。

「何だと! どうした? 私は何も聞いてない!」

 驚きを隠せないリズワン。

「何とかならないんですか?」

「御神乱は香港からしか制御できないんだ」アディルが言った。

 あわてて香港に連絡を取るリズワン。しかし、香港からの反応が無い。

「つながらない! 一体どういうこと……?」

「リズワン、……あの、もしかしてだけどさ」アディルが恐る恐る言った。「俺たち、香港の連中に騙されてるってことは、考えられないかな……?」

「そんなバカな……! あ……、あ……」

 しかし、驚いたことに、リズワンはアディルの言ったことに答えずに、目から涙をこぼしながら泣き崩れてしまった。

「リ、リズワン……! おい! リズワン、大丈夫か?」慟哭のリズワンに心配そうに声をかけるアディルだった。

「ウワアアアアアアアアー!」慟哭し、号泣し始めるリズワン。その背中がほのかに青白く光はだし……。


 夜のとばりがウイグルにも訪れた。

「ウイグルの御神乱たちの移動速度は、時速約一〇〇キロメートル。先ほど、黄河に入ったもようです。多分、行き先は北京だろうと思われます」ウイグルのテロリストがアディルに報告した。

「そうか」ポツリと言ったアディル。

「このままでいきますと、北京到着時刻は明日の昼過ぎ頃と思われます」

「そうか」力なく応えるアディル。

「あの、今、指令は……?」

「寝ている」

 リズワンの部屋、寝ているリズワン指令。しかし、そのかけられた布団の中、彼女の背中はほのかに青く光り始めていた。

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