第16話

 WHOが白ウイルスについての見解を述べた。

「背中の白く光る、いわゆる白ウイルスですが、現在のところは、こちらには検体が無いため、何も発表できるものがありません。ただ、核融合反応による熱戦を放射していることを考えますと、何らかの方法で、青ウイルスと赤ウイルスの両方を同一の個体に罹患させたものになっていることが考えられます」


 堺市にいる和磨たちも、これらの報道に見入っていた。

「予想通りの展開だな」和磨が言った。

「……で、例の女の子の方は?」鹿島が聞いた。

「いえ、まだ見つかっていません」和磨が答えた。


 人民大会堂の昼休み、サオが控室にいるチェンのもとへと駆けこんできた。チェンがサオを呼んで苦言を発したのだ。

「お前は、さっき、何でもないと言っていたではないか! それがどうだ? テレビでは、全滅したと報じているではないか。嘘はいかんぞ。次の指示に支障をきたす」

「は……、申し訳ございません。あまりの出来事に、つい……」

「とうとう危惧していた事態になったな。それにしても、核融合光線を吐く御神乱とは……」チェンが言った。

「香港の御神乱の攻撃に差し向けた戦闘機部隊が全滅した模様です。香港にある中国政府の建物は、おおむね破壊されているみたいで……」

「ウイグルの方は?」

「そっちも攻撃ヘリ部隊が全滅との報告が入っております」

「……」絶句するチェン。

「国連の多国籍部隊のようなものを依頼することはできないのか?」

「何をお考えですか! 同志チェン。そんなことをすれば、中国の名折れです。絶対にそんなことはできません!」

「しかし、現実問題として、その御神乱を中国一国で排除することは不可能なのだろう? ここは、何が何でも排除すべきだろ? そうは思わんかね? 同志サオ。今は全人代の真っ最中なんだよ」

「分かりました」

「私の方から、ロシアや北朝鮮に打診してみてもいいんだよ」

 そう言われて、悔しがるサオだった。


 昼過ぎになると、九龍の御神乱は、西は長沙湾から北面の山沿いに十数体が居座っており、東はダイヤモンド・ヒルと九龍湾に居座っていた。また、香港島の方は、西の香港大学エリアから高速道路沿いに東へ数体が陣取っていて、東のはずれは太古城に一体がいた。これら数十体の御神乱が香港島と九龍地区をぐるりと取り囲んで守っている体制を取っているようだった。


「香港政庁は使えるか?」ワンが部下に聞いた。

「いえ、ひどく破壊されていて、使い物にはなりません!」

「そうか。じゃあ、やはりここでやるしかないな」

「そうですね」ジャオが言った。

「そろそろお姫様の登場だ。マギーを香港の執務室へ連れて行け」ワンがそう言った。

「一体何がはじまるんだ?」指令室にまぎれこんで聞いていた真太がつぶやいた。


 マギーの控室にテロリストの一人が入って来た。

「マギーさん、こちらにお願いします」

 立ち上がって、テロリストについて部屋を出て行った。

「こちらが宣言文になります。よろしくお願いします」

 そう言うテロリストから渡された文章を読み、目を見開いたマギーだった。


 サオは、あちこちの国に援軍を要請していた。しかし、芳しい解答はほとんどなかった。好んで核融合のエネルギーを浴びるような国など、どこにも無かったのだ。

 サオは、仕方なくチェンに報告した。

「同志チェン、ダメでした。どの国も援軍に来てくれそうな国はありません」

「そうだな。核融合光線だ。とても歯が立たない。死にに来るようなものだからな」


 マシンガンを手にした香港のテロリスト数十人がジープでネオ・クーロンを出た。彼らのいく先は、香港電視台だった。

 電子台に到着した武装テロリストたちは、あっという間にテレビ局を占拠した。

「ワン先生、電子台は占拠しました。今、そっちの画像が放送できるように設定しています」

「こちらネオ・クーロン、了解した。こちらはいつでもオーケーだ」

 しばらくすると、突然、香港のテレビがマギーの姿を映し出した。と同時に、SNSでもマギーの姿が現れた。この映像に世界は驚いた。死んだと思われていた香港の民主化の女神、マギー・ホンの姿が再び登場したからだ。

 そして、マギーは話し始めた。

「世界のみなさん。こんにちは。本日、我々は香港を中国より解放した。今日より香港は、自由で民主的な主権国家となる。我々は、香港の独立をここに宣言する」冷たい表情で、マギーは宣言文を読んだ。「尚、本日より、香港国内には、一時的な戒厳令を敷く。これより、香港市民が自由に屋外に出ることを厳しく禁止する」

 この言葉に世界が驚愕した。

「マギー・ホンが生きてた!」「マギーは殺されたんじゃなかったのか!」「香港の民主化の女神は死んでなんかいなかった!」香港の市民は、口々にそう言った。「それにしても、香港に戒厳令なんて……」「俺たち、家から出れなくなっちゃうの?」

 次いで、画面には香港からアメリカに亡命したはずの起業家スティーブ・リーの姿が現れた。

「我々は、香港の独立を支持する。また、同時に私は、この国が主権を守ろうとする努力に対しては、支援を惜しまない」


 ウイグルでもテロリストによる独立宣言が行われた。こちらは、SNSのみによる告知だった。

「新彊ウイグル自治区と呼ばれていた地域は、本日をもってウイグル共和国として独立する」画面に現れたリズワンが、そう言った。彼女の後ろには、自動小銃を携えたテロリストたちが立っていた。

「我々は、この地域へ侵略者が押し入ることを、一歩たりとも許しはしない。既に我々のこの国は、救世主である御神乱が守っている。しかしながら、ウイグル共和国内も、香港と同様、今日よりしばしの間、戒厳令を敷く」リズワンが言った。


 これらの映像は、当然のことながら、人民大会堂にいる中国共産党員たちの目にしていた。

「どうするつもりだね。同志チェン」地方出身の有力共産党議員がチェンに言った。「奴らは、我々に恥をかかすために、あえて全人代の行われている今日のこの日を選んで決行したんだ。えらい恥を書かせてくれたもんだな」「同志チェン、この件をうまく収集させないと、君の失脚につながりかねないよ」議事の合間、古株の有力者たちから皮肉めいた言葉を浴びせられるチェン。

「同志チェン、明日からの全人代大会はどうしますか?」サオがチェンに確認した。

「もちろん、明日も明後日も、このまま続行する。まだ始まったばかりだしな」チェンは、そう言った。「ところで、マギー・ホンが生きていたっていうのは、どう思うかね、サオ?」

「どうせまた、CGあたりなのではないかと……」


 北京のホテル、リウと俊作は、俊作の部屋にいて、テレビの報道番組を見ていた。そこへ、クルムが入って来た。

「あ、クルムさん、どうです? ルークさんの方は?」俊作がクルムに言った。

「おかげで、今は、とりあえず眠っていて、苦しむことはなくなりました。でも、身体は大きくなっているみたいです。いずれ時間の問題かと……」

「そうですか」リウが言った。

すると、テレビ番組に目を止めたクルムが言った。

「やはりメイリンが出てきたわね」

「ええ、今、俺たちもそのことを話してたんです」俊作が言った。

「でも、私の知ってるメイリンとは何かが違う」

「俺もそう思います。言わされてる感が強いって言うかな……」

「いや、それももちろんあると思うのですが、それはあらかじめ分かっていたこと……。それは別にしても、何かアメリカにいたマギーとは、どこかが違うような気がするのです」

「何かが違う……?」

「ええ……」

「ところで、最近の中国の政策ですが、俺が北京に留学してた時とは全く変わっちゃいました」俊作が話題を変えた。

「ええ、最近の中国の政策は、経済政策だけではなく、趣味嗜好、美意識にまで、党の指導という形で規制をするようになってきました。例えば、行き過ぎる塾の禁止、家庭での愛国教育の奨励、そして芸能界への取り締まりなどですね」リウが言った。

「芸能界の取り締まりですか!」

「ええ、厳密には、芸能人及び業界関係者に対する要求によって、乱れた芸能界の風紀を徹底的に正していくおということです。具体的には……」

「1、芸能人の不法行為やモラルに欠ける行為の取り締まり強化。芸術にたずさわる人材は愛党愛国の精神を持つべき」

「2、番組内での投票コーナーや屋外での投票行為の禁止、それによる販売促進を厳禁」

「3、芸能人の報酬を一定以内に抑え、高額報酬を禁止」

「4、芸能人の、顔の美しさだけを強調する風潮を抑える。また、男性芸能人が女装することや中性的なスタイリングをすることを厳禁する」

「5、ファンクラブの取り締まり。芸能人への追っかけ行為やファンクラブ同志の競争を禁止」

「6、芸能人のプライバシーの無断公開禁止。根拠のないうわさを流すことの禁止」

「7、業界全体でセミナーなどの教育を行い、職業道徳を守るよう自ら律していくことを求めている」

「日本では考えられないですね……」俊作が言った。


「オール・スリープモード!」

「了解。オール・スリープ」ネオ・クーロンの指令室でそういう声が響いた。

「彼らを休ませて、力を温存させておけ」ワンが指示した。「何かあったら起こしてやれ」

 香港とウイグルを守っていた御神乱たちは、その場で立ったまま眠りについた。


「サオ長官! 香港にいる御神乱たちは、今のところ眠っているみたいです。もし、彼らを処分するのであれば、今が絶好のサンディスかと……」部下の将校がサオに報告に来た。

「よし、香港の御神乱に総攻撃をかけろ! ステルスで北側の山から不意打ちをしろ」

「分かりました!」


 深夜、戒厳令が敷かれて寝静まっている香港に、北面の山から数十ものステルス戦闘機の編隊が現れた。

 しかし、御神乱たちは、その音と振動に目覚め、低空から襲って来る戦闘機にめがけて、各々その核融合火焔を浴びせた。

 あっという間もなかった。戦闘機は、燃えカスとなって地上に落ちた。焦げた機体が路上や民家に落ち、または山肌に落ちて山火事を引き起こした。もはや、白御神乱の前には手も足も出なかった。

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