第19話

 朝のネオ・クーロン内がにわかにざわつきはじめた。

「香港発の御神乱隊は、北京に到達。現在、北京市を破壊し始めています」

「そうか」ワンが言った。


 人民大会堂の中はパニックとなっている。建物の中を右往左往している党員たち。会場から飛び出す党員も何人か出て来た。

「何だ、これは!」

 彼らが見たものは、北京の南東方面に立ち昇る黒煙と噴煙、そして、ちらほらと見える炎の間をこちらへの駆け寄せてくる御神乱たちの姿だった。しかも、その御神乱たちは核融合火焔を吐いて北京市内を破壊しながら進んできている。もはや、人民大会堂に到達するのも、三十分もはかからない距離にあると思われた。

「大変です! 御神乱たちはもうすぐそこです。白い光線を吐きながら北京市内をこちらに向かってきています。思ったより速いです!」誰かが大会堂に入って来て叫んでいた。中は、大混乱となった。

 大混乱の中、チェンとサオも大会堂から逃げようとしていた。

「同志チェン! とりあえずは、中南海(チョンナンハイ)にあるシェルターへ!」サオが言った。

「分かった! 他の党員たちは……」

「今は、そんなことを言っている場合じゃありません! 自分の命を守ることが先決です」

 御神乱の先頭は、もうすぐそこまで迫っていた。まもなく、人民大会堂は核融合光線の射程距離に迫るところにあった。

 二人は、命からがら中南海まで走った。


 俊作たちは、ホテルのベランダから北京市の東から北の方面を眺めていた。あちこちで天高くまで黒煙が立ち登っていて、地上は炎に包まれていた。その間に数体の御神乱の頭が動いているのが見えた。背中は白く光っていた。

 ホテルの中では、怒号とも悲鳴ともとれぬ大声があちこちで聞こえていた。

「早くしてくださーい!」「早く非難してくだーい!」


 議員たちは、人民大会堂あたりの地下に張り巡らされている北京地下城の入り口を探し回っていた。北京地下城は東西冷戦時代に北京市の地下に作られた核シェルターだ。

 しかし、人民大会堂のそばにある地下城の入口は、どこも封鎖されていて中に入ることができなかった。

「ここもだめだ……。入れない」

 御神乱は、もうすぐそこまで迫っていた。議員たちの表情には、絶望感が漂い始めていた。


 クルムの泊まっていたホテルの部屋、ドアはパンパンに膨れていた。

「すみませーん。誰かいますかー」「いらっしゃったら、すぐに部屋を出て避難してくださーい」

 しかし、部屋の中から聞こえるのは、妙な低い呻き声のようなものだった。

「開けますよー」

 しかし、彼がドアを開けようとする前に、ドアははじき飛ばされ、中から背中を白く光らせる御神乱が現れた。

「うわーっ!」


 北京市に現れた白御神乱たちは、それぞれ白い核融合火焔を吐き始めた。高層ビルに当たった光線は、ビルを破壊し、市街地に当たった光線は、あたりをみるみる火の海に変えていった。

 市民は必死になって逃げ惑い始めた。大通り、高速道路、地下鉄、鉄道は、全て人がごった返していて、パニック状態になっていた。

 その人の塊を炎が襲った。もしくは、人の塊自体が核融合火焔の餌食になった。

 北京市は黒煙と炎に包まれ始めていた。その黒煙は、上昇気流を巻き起こしはじめていて、そこには、誰も近づくことを許さないようだった。もちろん、報道ヘリも軍のヘリも遠巻きに見守るしかなかった。誰だって、核融合火焔にやられたくはなかったからだ。下には阿鼻叫喚の地獄があった。

 南東から上陸した御神乱たちは紫禁城、そして人民大会堂にいよいよ迫ってきた。


 俊作たちもまた、ホテルのすぐ隣の中南海の森へと入って行った。

「そこの塀を乗り越えて入ろう。みんな、見つからないようにしろよ」俊作が言った。

 塀を乗り越えて中に入ると、広い森の向こうに、かつての王朝時代を思わせるような建物群が見えてきた。中央には大きな池もあった。

「すごいな……」

「ここは、かつては紫禁城の皇帝の離宮だったもので、今は政府や中国共産党の中枢の建物群がある場所になっています。ロシアで言うクレムリン、アメリカのホワイトハウスみたいなところです」リウが言った。「政府の中でも、よほどの要人でもなければ、あの建物の中には入れません。せいぜい、ここの一部が観光地となっていて、一般市民に開放されている程度です」リウが言った。

 そんな、中南海から見える向こう側、北京市の空は煙に覆い尽くされはじめていて、ところどころ、赤い炎も見えていた。

「万が一、炎が迫ってきたら、ここの池に入りましょう」リウが言った。

「ルーク……」クルムが心配そうな目で、自分たちが止まっていたホテルの方を見上げていた。

 そのルークは、ホテル内で従業員や客たちを食い荒らしながら、次第に巨大化していっていた。


 チェンとサオは中南海に通ずるシェルターへ向かっていた。

「おい、ちょっと。あれ……」

 俊作が目配せをした方角を見ると、そこにはシェルターへ向かうチェンとサオの姿があった。

「あれは、確かチェンとサオだ」

「ここだ」チェンがサオを促した。

 シャルターの扉を開けて地下へと入って行く二人。チェンは、シェルターに入ることに、何故か手慣れている風だったが、そのことについて、サオは何ら疑念を抱かなかった。


 白御神乱による攻撃により、北京市は、既に半分以上を消失していたが、それでも御神乱たちは核融合火焔を吐きながら西へ西へと進み、足を止めることはなかった。


 中南海に身を潜めている俊作に、和磨から連絡が入った。

「そっちは大丈夫か?」

「はい、とりあえず、我々三人は中南海の森に身を隠しています。でも、ルークさんがまだホテルにいて……」

「そうか。分かった。なるべく逐一連絡してくれ」

「了解です」


 人民大会堂に最も迫っていた一体の御神乱が、ついに大会堂めがけて火焔を吐いた。瞬時にして人民大会堂は破壊された。

 北京地下城の入り口に押し寄せていた議員たちは、ここで皆焼かれた。


「ワン先生! 人民大会堂が破壊されました!」「御神乱たちは、現在、中南海方面へと向かっています」

ネオ・クーロン内に歓喜の声が上がった。


 中南海のシェルターにある某部屋の中、サオが言った。

「攻撃ヘリや戦闘機によるミサイル攻撃は難しいと思われます。かくなる上は、爆撃機で北京市内の御神乱を空爆しようと思います」

「空爆? 北京市はどうなる?」

「もはや、北京市自体が廃墟と化しています。今となっては、御神乱を殲滅することだけを考えれば良いのです」サオはそう言うと、携帯で軍に指示を始めた。


 複数の白御神乱による北京市への攻撃は、世界を震撼させた。

「今日、午前、天津市に上陸した十体の白御神乱は北京市に昼前に到達、現在、白御神乱の吐く核融合火焔により北京市は火の海となっています。既に、御神乱による破壊は、全人代大会が開催されていた人民大会堂にまで及んでいるとみられており、中国各地から集まっている議員たちの安否も分からない状況になっております」中国のテレビが報道した。


 リウとクルムがスマホでこの報道をチェックしていた。しかし、シー・ワンのSNSはいつまでたっても更新されなかった。

「今回、シー・ワンは沈黙したままですよね」リウがクルムに言った。

「ええ」


 アディルは、漢人の諜報部員リアンが留置されている房を訪れた。

「リアン・ズーハオ」リアンに声をかけたアディル。

「何だ?」

「ここへは軍用ヘリで来たんだったな?」

「ああ、そうだが……」

「出してやるから、これからいっしょに北京へ飛んでもらう」アディルが言った。


 北京上空、黒煙の更に上空に中国空軍の爆撃機三機が現れた。爆撃機は、黒煙の上から爆弾の雨を降らせ始めた。

「北京の御神乱、高高度からの爆撃を受けてます!」ネオ・クーロンのテロリストが叫んだ。

 御神乱は、核融合火焔で応酬するが、黒煙の為に機体の所在がよく分からずにはずしている。

 空から降り注ぐ爆弾は、次々と御神乱の頭を破壊し始めた。血を噴き上げながら、数体の御神乱が倒れていった。残り二体の御神乱も肩や脚で爆弾がさく裂。紅蓮の炎の中、焦土と化した北京の市街地に伏せていた。この爆撃により、あたり一面は廃墟と化した。

「同志チェン、爆撃機が北京の御神乱十体の排除にほぼ成功しました」シャルターの中、サオがチェンに言った。

「そうか」


「ワン先生! 北京の御神乱、全滅です!」香港のテロリストがうろたえて報告した。

「あわてるな! これから西からの部隊が到着する」ワンがそう言った。


 北京の爆撃機は、西の上空に向かって引き揚げようとしていた。

 そのとき、黄河から上陸した新たな十体の白御神乱が西の方角に現れた。ウイグルからの御神乱だった。

「何だ? あれは!」「別の白御神乱だ!」

 御神乱は、上空の爆撃機を睨み付けると、核融合火焔を爆撃機に浴びせた。

「グワーン!」三機の爆撃機は、またたく間に炎に包まれて散って行った。


 ネオ・クーロンの十五階にある指令室、ワン他、香港のテロリストたちの中枢メンバーと、マギー・ホン、それにスティーブ・リーたちが、画面に映し出される北京の映像を見ていた。

「何これ? ワン先生、説明していただけますか?」マギーが憤った感じでワンに尋ねた。

「見ての通りだ。北京を攻撃している。長年に亘って我々を痛めつけてきたことへの報復だ」

「ここまでするなんて、聞いていません! 私たちは、ただ香港が中国から独立できて、自由で民主的な国になれれば良いと思っていただけだったんです」

「計画が変更されたんでね」

「……許せない」小さな声でマギーは言った。

「とにかく、君には独立国香港のリーダーとして立ってもらうことになるからね」

「あなたたちの傀儡ってことですね」

「どう思おうとかまわんよ」

「ワン先生、我々も良いように利用されていたってことですよね」スティーブが言った。

「その通りだ。もう君たちに用は無いんだ。スティーブ、そしてサンディ」

「酷い……」サンディが言った。

「あんたらの真の目的は何なんだ? 独立が目的であれば、あそこまで北京を破壊する必要はないはずだ」スティーブが言った。

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