第11話

 留置所から指令室にたって来たテロリストがリズワンに報告した。

「三人に白ウイルスを投与しました」

「そうか。クルムは女性だ、そろそろ別の部屋に移してやれ」リズワンが指示した。

「分かりました」そう言うと、報告に来たテロリストは指令室を出て行った。

リズワンは、香港のワンへ報告した。

「ワン先生、こちらはウイグルのリズワンです」

「どうした? 何かあったか?」

「日本国内閣府とウイグルの人権活動家と夫のアメリカ人ジャーナリストが潜入捜査しています。彼らはこちらで拉致、監禁していますが、既に彼らは、我々がそちらとつながっていることをつかんでおり、日本への連絡した記録もありました」

「何だと!」

「そちらにも、何らかの諜報部員が潜り込むかもしれませんので、念のため、ご報告をと思いまして……」

「白ウイルスや白御神乱のことは?」

「既に知っています」

「何ということだ! こちらのアジトは特定できているのか?」

「さあ、そこまではつかんでいないと思います。あ、……あの、通信記録にはそのような情報は残されていませんでした。

「そうか。ありがとう、リズワン。しかし、彼らが何をつかんでいようと、もはや手遅れだ。もうまもなく独立戦争が開始される日だ。誰にもこれを止めることはできないのだからな」

「そうですね」


 アディルは、独房に移されたクルムのところへ行った。

「ごめんよ、姉さん。本当は、リズワンはそんな悪い娘じゃないんだ。でも、今は大きな目標を達成するためには、仕方のないことなんだ」

「……」憤然として黙りこくるクルム。アディルを睨み付けている。

「怒るのも無理はないとは思うよ。……それで、せめてこれは返しておくよ。内緒だよ」

 そう言って、アディルはクルムのスマホを帰してあげた。

「俺の連絡先も入れてあるから、もし何かあったら連絡してくれ」

そう言って、アディルはクルムが留置されている房の前から立ち去った。


 俊作は、房の中でルークと二人だけになっていた。

「クルムさんは大丈夫かな?」俊作が言った。

「ああ、彼女は女性だし、そこは、リズワンは気を遣ってくれたんだろう……」

 しかし、ルークは、そう言ったっきり黙り込んでしまった。なぜか、どことなく元気が無いようだった。

「どうかしたんですか? ルークさん」

「実はな……」そう言って、俊作にわけを話し始めたルークだった。


 アディルの立ち去った後、クルムの独房へ一人のテロリストが鍵を開けて入って行った。

「今度は何です?」クルムが言った。

「ちょっとお前の身体に用があってな」そう言うと、男はクルムにさるぐつわをし、クルムの来ていた服を脱がせ始めた。

 声を出せないクルム。彼女の眼から涙が流れ落ち始めた。

 それからしばらく、彼女は男に良いように弄ばれた。


 同朋海運の会社のそばで張っている真太たちのもとに、和磨からの連絡が入った。

「飯島君、井上だ」

「あ、大臣、お疲れ様です」

「新しい情報だ。同朋海運、およびそのグループ会社、この会社は、香港から亡命した中国系アメリカ人のサンディという女性が持ち主なんだがな……、こちらのハッカーが分析したところによれば、このCEOの個人口座から使途不明な巨額な金の流れがある。支払先の口座名はワンとだけある」

「ワン……、ですか?」

「そうだ。それから、ワンの口座には、別にスティーブ・リーという、これも香港から亡命した起業家からの大きな金の流れがある。スティーブの会社は有名な百来電子というIT企業だ」

「そうですか、分かりました。引き続き同朋海運関連のビルを見張ります」

「ああ、そうしてくれ」


 収容所の外には、ピンマイクから送られてくる音声を聞いているリウがいた。音声はを聞きながら、不穏な何かを感じ取ったリウ。

 彼女は、意を決して収容所の受付に行き、そして言った。

「総合病院の職員です。リズワンさんに緊急のご相談がありまして……」

 すると、受付の男は、彼女がウイグル人であることもあり、すんなりと通してくれた。

「あ、どうぞ」

 その姿を、遠くからリアンが見つめていた。

「今、リウが収容所に入って行きました。既に何かをつかんでいるものと思います。私もこれから収容所内に潜入します」リアンが上司のズーに報告した。


 収容所の中に入ったリウは、留置所の中を、クルムたちを探してまわった。なるべく人に見られないように、姿をひそめて歩いた。あたりは白ウイルスを摂取されたおびただしい人々が横たわり、背中を青やピンク、もしくは白に光りながらうめきまわっていた。おぞましい風景ではあったが、彼女自身も大阪でメタモルフォーゼしていたため、それほどの恐怖は感じていなかった。


 リアンは受付を通過できずに苦慮していた。それは、彼の顔立ちが一目で漢人だと分かるからであった。ウイグル人テロリストによって制圧された収容所は、もはや漢人にとって、容易に入れない場所となっていたのだ。

 しかたなしに、彼はスタンガンを取り出して受付を気絶させた。そうして、中に潜入すると、彼は想像だにしていなかったものを目にした。背中が白く光るウイグル人たちがベッドに寝せられている。しかし、彼にはそれが何を意味するのか知る由もなかった。

「何だ? こいつらは。どうして背中が白く光っている? 新種の御神乱を培養でもしてるのか?」


 収容所内を歩き回っていたリウは、ついに俊作たちが閉じ込められている留置所を探し出した。

「俊作さん! ルークさん!」声をかけるリウ。「クルムさんは?」

「彼女は独房に別の部屋に移されているみたいだ」俊作が言った。

「少し待っててくださいね。私、鍵を奪ってきますんで」

 そう言うと、リウは看守たちの詰め所らしきところへ行き、悲鳴を上げた。

「どうした! 何が起きた?」

 彼女の上げた悲鳴に、そう言いながら、詰所からが看守たち出て来た。

すると、すかさず彼女は、隅にあった消火器で看守の後頭部を力任せになぐると、彼らが持っていた鍵の束を手に入れた。

「さ、逃げましょう」

 リウは留置所に戻って来て、鍵を開けてあげた。

「ありがとう。リウさん」俊作が言った。

「クルムを探さないと……」ルークが言った。

 彼らは、クルムが拉致されている独房を探し出した。しかし、そこには服を破かれて部屋の隅にうなだれているクルムの姿があった。愕然とする一同。

「クルムさん!」リウが声をあげた。「その姿は……」

「クルム! 奴らに何をされた!」ルークが問い正す。

「……」クルムは黙ったままだ。

「あ……、ルーク、リウさん、」クルムが反応した。彼女は、泣きはらして目が腫れていた。

「今はまだ看守たちが気絶しています。とにかく、今のうちに外に出ましょう」リウが言った。

 急ぎ出口を目指す四人。その途中、彼らとリアンは遭遇しそうになった。近づいてくる複数の足音にすかさず柱に身を隠したリアン。すると、目の前を通って行ったのは、リウに率いられたクルム達だった。

「やっぱり、リウとクルムはつながっていたか」そうつぶやくリアン。

 リアンは、彼らの後を追って外へ脱出を試みた。

 ところが、脱出した俊作たちに気がついたテロリストたちは、収容所の出口に向かって追いかけてきた。気絶した看守が起きたのだ。

 俊作たち四人は、すんでのところで収容所の門から飛び出して脱出でき、市中に逃げ出していった。しかし、後からやって来たはリアン捕まってしまった。


 テロリストに捕まり、指令室で取り調べを受けるリアン。しかし、リアンは一切しゃべらなかった。

「こいつ、漢人ですね。彼らとは関係無いみたいですね」テロリストたちが言う。

「彼らを張ってたのかもしれないな」

「お前、中国の公安か?」テロリストの一人がリアンを尋問した。

「……」何もしゃべろうとしないリアン。

「スマホか何か、通信機を持ってないか調べろ」

 その後、リアンは留置所に幽閉されてしまった。


 カシュガルの市中へと命からがら逃れた俊作たち。しかし、俊作とルークのスマホは奪われたままで、政府への連絡は途絶えた。

「リウさんは、スマホ持ってます?」俊作がリウに聞いた。

「もちろんです。井上大臣とも繋がってますよ」リウが答えた。

「え、そうだったんですか!」

「ええ、だって私は日本国内閣府の諜報部員として潜入しているんですから……。じゃあ、さっそく大臣に電話で報告しますね」

「あ、ラインとかメールじゃないんですね」

「はい。私、日本語を書くのはできませんから」

「ああ、そうですね」

「私もアディルからスマホを返されています」クルムが言った。

「えっ! そうだったんですか」俊作が言った。

「アディルの連絡先も入れてあります」


 北京では、チェンとサオがウイグルと香港のテロ対策について話をしていた。

「我々がやっとのことで欧米列強に肩を並べる大国になったというときに、何ということだ! 今こそ、民族の統一、そして、それに続く中華帝国の復活を目指さなくてはならないときに、それを独理だの何だのと言って妨害しようとする輩は、いかなる者であろうとも、国家反逆罪に該当する! そうでしょう? 同志チェン」サオは、憤懣やるかたないといった感じで言った。

「ああ、その通りだ」チェンは、いつものように泰然として言った。「……で、どうするんだね?」

「ウイグルには、既に軍を増強して派兵していますので、もう、まもなくウイグル周辺に集結すると思います。香港は、まだテロリストの本拠地が特定できていませんが、諜報員たちを潜入させて情報収集にあたっています。何かことが起きたら、香港に戒厳令を発動しますので」

「なるほど。……ところで、ズーがウイグルに送り込んだリアンとかいう諜報部員だが、その後、消息が途絶えたそうだ」

「えっ! そうなのですか?」

「……とにかく、まもなく始まる全人代大会までには、厄介なことは、全て終わらせておいてくれよ」

「は、はい! 分かりました。富国強兵と愛国教育、それに情報統制と言論統制ももっと厳しく行って、清く正しい国家にしていかねばなりませんな」サオは言った。

「富国強兵に愛国教育、それに同化政策というのは、かつて中国が帝国主義だった頃の日本から受けたことと同じことではないのかね? 我々は、その思想によって二千万人以上の中国人の命が奪われているのだぞ」チェンが言った。

「あれと同じではありません。奴ら日本人はファシストですぞ。奴らと違い、我々は世界に名だたる高潔な漢民族なのですから」

「しかし、日本もあの時は、神の国とか言ってたぞ」

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