第10話

 香港の海運業ビルのアジトの中で、ワンとハーが会話をしていた。

「ワン先生、念のために聞いておきたいのですが、カームダウン・モードについて、ウイグルの連中には何て言ってあるんですか?」

「彼らは、カームダウン・モードが未完成であることも、白御神乱が衛星を使用した遠隔操作で行われていることも知らんよ。もちろん、第二次攻撃もことも秘密にしてあるしな。……とにかく、ウイグルからは何も捜査できない。奴らは、我々が利用しているコマにしかすぎないからな」ワンがハーに説明した。

「そうですか。安心しました」ハーが言った。

 ハーは、それを聞いてほくそ笑んでいた。


 リアンがズーへ報告した。

「彼らは、アディルとともに収容所に入って行きました。収容所は、すんなり入れるみたいです。漢人はいません。既に、ここはウイグル人テロリストのアジトになっているみたいです。多分何か大きなことがここで行われているものと思われます」

「……あ、はい。リウは相変わらずこの辺で見張っているみたいです」

 この情報は、すぐに北京にいたズーからサオに届いていた。

 これについて、サオがチェンに報告した。

「同志チェン、カシュガルにある大きな収容所がウイグルのテロリストの手に落ちているみたいです」

「そうか」

「即刻、部隊をカシュガルへ派遣して鎮圧します」

「分かった」


 これ以降に何が起きたのか、クルム達の記憶は飛んでいた。三人ともクロロホルムを盛られたのだ。彼らは留置所の中で目覚めた。

「どこだ、ここ?」俊作が目覚めた。

「留置所の中みたいですね」クルムも目覚めた。

「ええと……、アディルの嫁が現れて……。そこから記憶が飛んでるな」俊作が言った。

「クロロホルムを盛られて監禁されたんだ!」ルークが言った。

「いかん! スマホを抜かれてる」俊作が言った。

「俺のもだ! 俺たちの正体がばれるぞ」ルークが言った。

「そうですね。でも、これまでの私たちとアディルの会話は、全て和磨さんに報告されていると思います」クルムが言った。

「……と、言うと?」ルークが言った。

「私の会話は、何かあったときの為に、全てここに取り付けたピンマイクでリウさんに送られているんです。彼女は、その内容を和磨さんに報告しているはずなんです」そう言いながら、クルムは、胸の奥に潜ませて取り付けてあったピンマイクを見せた。

「そうだったんだ!」俊作が言った。


 リズワンとアディルは収容所の事務室で会話していた。

「アディル、あなた一体何をやってるの! 彼らはスパイよ」

「スパイって……、クルムは俺の家族だよ」

「だから、あんたはお人好しって言うのよ! スマホの内容を分析してみたけど、おそらく、彼らは日本政府とアメリカCIAが送り込んだスパイだと思う。奴らは気がついていたのよ。既に香港との関係とかも筒抜けになってるんだと思う。私たちの計画が台無しになったら、あなた、一体どう責任取ってくれるのよ!」

「いや、俺は……、クルムは家族だし、同じ気持ちの持ち主だと思っていたから……」リズワンに叱責されて、口ごもるアディルだった。

「計画を知られた以上は、ここから外に出すわけにはいかないわ」

「クルムたちを処分するって言うのか?」

「そこまではしないけど、そうね、白御神乱として私たちのために働いてもらおうかしらね」

「リズワン……!」


 ウイグルの収容施設内にある留置場の中、俊作がクルムに聞いた。

「クルムさん、さっき、アディルさんは、マギーさんが殺されてるって言ってましたけど……。ショックですよ、全く」

 すると、クルムは意外なことを言った。

「いいえ、私の知っているマギーは死んでいません」

「ま、そう言いたいお気持ちは分かるんですが……、心の中で生きてるっておっしゃりたいんでしょうけどね」

「いいえ、そうではありません。本当に生きているんです」

「は? どういうことですか?」

「マギー・ホンは双子なんです」

「双子って……!」

「私がアメリカで親しくなったのは、妹のホン・メイリン(洪美鈴)の方です。そして、香港で活動をしていたのは、姉のホン・シーハン。本当の香港民主化の女神はホン・シーハン(洪诗涵)の方なのです。メイリンの方は、あまり民主化運動には関心のある人では無かったのです。姉とはかなり性格が違っていたみたいで、姉との意見の違いから、香港を離れてアメリカに留学したのです。でも、そこで私と出会って話しをかわしていくうちに、彼女の中でも何かが変わったみたいでした」

「じゃあ、あの日、群衆の前で打ち殺されたのは……」

「姉のシーハンの方です。彼女は、香港の大学に在学中から民主化運動の急先鋒として活動していました」

「そうだったんですか。では、メイリンさんの方は、今どこでどうされているんです?」

「おそらく、まだ香港の実家にいるのだと思います」

「そうなんですね」

「このことを知っているのは、私とシーハンの方の元恋人だったサミュエル・ウォン、つまり現在のワン・ユーハン、それと、アメリカ留学時代のメイリンと親交のあった香港出身の起業家スティーブ・リーという人物です。彼は香港から亡命して成功した世界的な起業家です。この三人しかこの事実を知る者はいないはずです」

「ワン・ユーハンって、例のワンのことですか?」

「はい、そうです。ワンは、もともとは香港の民主化運動をやっていた人物なんです」

「ええ! そうなんですか」俊作が驚いた。

「彼は、香港大学で細菌学を学んでいました。そして、日本の帝都大学にも留学していた経験があるんです。ですから、おそらく、ある程度は日本語もできるんじゃないかと思うんです」

「じゃあ、ワンと希望さんは、最初に出あった時から会話ができてたってころですか?」

「そうね、多分そうだと思います。それで、彼が香港で熱心な民主化運動をやっていたとき、恋人がいたの」

「それがホン・シーハンさん」

「そうです。彼らの目標は香港の自由化と民主化を勝ち取ると言うことで一致していた。まわりの誰もが、彼らは結婚すると思っていたらしいのよ。……そのときまではね」

「そのとき、というのは?」

「理由は分からないけど、ある日突然、サミュエル・ウォンは、北京語名のワン・ユーハンとなって中国共産党に入党したの」

「ええ! それって、全く真逆の方向性じゃないですかー」

「そうよ、おそらくだけど、彼の家族か何かの表沙汰になると困るような事実を当局につかまれて、それと引き換えに中国政府への忠誠を誓わせられたんだと思うわ。……それで、彼らは仕方なく別れたそうよ。シーハンは、本当は別れたがっていたわけじゃなかったみたい。彼女は、その悲しみを払拭するために、益々民主化運動に邁進していったらしいの」

「なるほど……。中国政府との取り引きって訳ですね」

「そうよ。そしてその後、当局に何かの弱みをつかまれているワンは、必死になって中国に忠誠心を見せようとしたの。その為、彼は人民解放軍に所属する科学者になっていた」

「昔聞いた、香港出身の映画スターみたいな話ですね」

「そうね。シーハンから見れば、ワンはかつての同志であり恋人。そして、自分を裏切って去って行った裏切者ということになるのよ」

「何だか、すごい運命ですね」

「……でも、ワンは、奇しくも大戸島で光らぬ娘に出くわしてしまった。そして、そこで恩師である芹澤教授の書き残した研究メモを見つけた。その結果、そこから香港を解放できる可能性を見出してしまったんだわ。彼の中では、今もなお、香港の民主化への夢をあきらめきれないでいるんだわ」

「……」

「そうだ! ワンは、マギーが双子であることを知っている。そして、メイリンが香港で生きていることを知っている」

「そうですね」

「ということは、ワンは香港の民主化の象徴として、メイリンを掲げ上げようとしているのかもしれないわ。マギー・ホンは生きていたということにして……。大変! メイリンが利用される。何とかしなければ……」


 チェンは、香港が再占領された日のことを回顧していた。それは天安門でのウイグル人虐殺事件の直後に起きたことだった。

「同志チェン、香港政庁を香港市民どもが取り囲んで、香港長官が土下座をしたみたいです」サオがチェンに報告に来た。

「……で、今はどうなっている?」

「既に私が、人間に戻った御神乱を射殺するよう指示軍に指示を出しています」

「そうなのか……」いつものようにポーカーフェイスのチェンだった。

「これで、もう香港も安心です。これからは改めて軍隊を投入して香港を再占領します」

「……」


「ねえ、クルムさん。どうしてマギー姉妹の両親は、彼女たちが双子であることを公表しなかったんです? それについての両親の意図は、何なんです?」

「彼女たちのどちらかに、何かあったときの為の身代りだったそうです。香港では、政府に抵抗する者には、どんな災難がもたらされるか分かりませんからね」

「では、まさしく今、親が予測していた通りになってしまったわけですね」

「ええ、残念ながら……」


 そんな話をしていると、俊作たちが拉致されている房に、防護服を着てガスマスクを装着したテロリストの一味が二人やって来て言った。

「起きたみたいだな」

 そう言うや否や、俊作たちに向けて何かを噴霧した。

「うわっ! 何だこれ?」俊作が叫んだ。

「すい込むな! 催涙ガスだ」ルークが言った。

 目を抑えて転げまわる三人。すると、テロリストたちは、鍵を開けて房の中に入り、彼ら三人の腕をまくって注射を施した。

「ま、まさか!」ルークが言った。

「白ウイルスだ。だが、安心しろ。VRまでは装着しない。こちらとしても、VRは品不足なのでな」

 そう言うと、テロリストたちは再び房の鍵を閉めて去って行った。

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