第8話
「ウイグルのテロリスト。そして、消えたワン。何も起きなければよいのだがな……。地方からの突き上げの原因にもなる」チェンがズーに言った。
「はい、実は、ワンと消えた女性については、日本、アメリカ、そしてWHOも気がついているようです。彼らは、既に調査員をウイグルに潜入させているみたいです」ズーが言った。
「詳しく話せ」
「大戸島から連れ去られた女性の名は芹澤希望、細菌学者の芹澤昭彦の一人娘です。ウイグルに潜入しているのは、日本国職員の津村俊作、ウイグル人活動家クルム・モハメド、その夫でアメリカ人ジャーナリストのルーク・マクガイアであることが分かりました」
「ウイグル人と日本人か」
「はい、それとアメリカ人ジャーナリストです」
「ジャーナリストは、ウイグルへは入れないはずでは?」
「はい、本来はそうなのですが、今回は色々と情報を知りたいと言うこともあり、泳がせてあります。また、妻のクルムには、前から張り付いかせてあるスパイがいますが、彼女は既にクルムとつるんでいる可能性もあり、信用が置けません。そこで、もう一人、漢人の諜報部員を貼り付けようと思っています」
「そうか。頼んだぞ」
「はい、既に彼らはカシュガルに潜入しているようで、急がなくてはなりません。軍用ヘリで送り込んでもよろしいでしょうか? 彼自身は操縦もできますので」
「分かった。君の良いようにしてくれ」
香港の市民は黙りこくっていた。かつての、あの大規模なデモンストレーションを起こしたパワーは、今やその片鱗さえうかがえなかった。飼いならされ、物言わなくなってしまった市民たち。彼らは自分の感情を押し殺し、中国政府に飼いならされていたのだ。香港は沈黙してしまっていた。
真太たちは、聞き込みを開始した。
「君、この辺で、御神乱ウイルスの治療薬の治験をやっているなんて場所を聞いたことないかな?」真太たちが街で聞いてみていた。しかし、ほとんどの人たちが、そんな話は聞いたことがないと言った。
「治験の噂は、ウイグルの方だけ流されているみたいだな」真太が言った。
「香港じゃあ、さっぱりそんな話は聞かないわよね」真理亜が言った。
「でも、ウイグルの人たちがどこかに集められているはずなんですよね。どこの病院なんだろう?」村田が言った。
「病院とは限らないんじゃないかしら」真理亜が言った。
「え?」
「本当に治験をやっているとは限らないわ。だったら、病院じゃなくても良いじゃない。廃屋的なビルとか……」真理亜が言った。
「そんなビル、この香港にはゴマンと有るぜ」真太が言った。
「そうねえ……」
真太たちが、そんな会話をしている間にも、ワンたちのいるビルには、ウイグルからの運搬車が入っていった。
ウイグルの俊作達。俊作が言った。
「和磨さんが言ってた、もう一人の潜入者って、どこで俺たちと落ち合うんだろ?」
「ああ、それならもういますよ」クルムが言った。
「えっ! どこです?」俊作が辺りをきょろきょろ見回しながら言った。
「リウさんです。もうずっと前から、私たちから距離を取りながらもそばにいます」クルムが言った。
「え、あの中国人スパイの?」
「ええ、表向きは、彼女は私を見張っているふりをしながら、実際には、私たちを守ってくれてるのです」
「ああ、なるほど」
「でも、心配なことがあります」
「……と、言うと?」
「もう一人スパイがいます」
「もう一人⁉」
「ええ、リウさんなのか、私たちなのかは分かりませんが、つけてます。この男性はウイグル人ではありません。漢人です。おそらく、当局から送り込まれたのでしょう」
「そうなんですか。……ところで、クルムさんは、今日は実家の方に泊まられるんでしょう?」俊作が言った。
「いえ、もちろん、実家の方に行きたい気持ちはあるのですが、これは任務です。今回は行きません。俊作さんと同じホテルに泊まります」
「ええ! 何だかもったいないような……」
「それに、私たちは日本から来た旅行客なのです。住宅地に行ったりしたら、それこそ怪しまれます」
「ああ、なるほど」
カシュガルの収容施設に、総合病院からやって来た車が入って行った。出迎えた収容所の役人たちは、ほとんど何の検問もせずに、すんなりと車を奥の方に通した。彼らは顔パスでここに出入りできるらしかった。
また、カシュガルの総合病院の搬入口からは、週に一回、トラックが出入りしていた。
夜、俊作たちは、ホテルの一室で話をしていた。
「どうも総合病院で治験の募集をかけているみたいだな。街にいた何人かの口から、それらしいことを話しているのを聞いたよ」ルークが言った。
「私もそう思います。明日、総合病院に行ってみましょう。何か分かるかもしれません」クルムが言った。
翌日、俊作たちは、カシュガルにある総合病院へと向かった。病院へと向かう彼等一向に、例のトラックがすれ違った。
「あ、今のトラック」クルムが何かに気がついた。
「え?」
「今、私たちとすれ違ったトラックですけど、黄色いナンバープレートと黒いナンバープレートの両方をつけていました」クルムが言った。
「ああ、今、総合病院の裏口の搬出入口から出て来たデカいやつですね」俊作が言った。
「あれはダブル・ライセンスの車です。黄色は中国大陸の大型車両用で、黒は香港やマカオなどの広東省発行のものです。香港から来た車両が内地で走るためには、これら両方のプレートをつけていないといけないのです」
「そうか! じゃあ、やっぱり総合病院は香港とつながっているってことだな」ルークが言った。
「とにかく、入ってみましょう」俊作が言った。
彼らを少し離れたところでリウが見ていた。そして、もう一人のスパイの男も、そんなリウを見ていた。
総合病院のロビー、彼ら三人は何とはなしに、そこにあるソファに座って会話をしていた。
しばらくそうしていると、ある男性が受付で質問をした。
「ここで御神乱ウイルス治療薬の治験者を募集しているって聞いたんだが……」
すると、受付の女性はこう言った。
「いいえ、この病院では、そのような募集はしておりません」
「そうなのか? 街では、もっぱらそんな噂になってるんだがなー」
「噂ですよ。この病院は、御神乱ウイルスの治療薬とは何の関係もありませんよ」
「そうか……」肩を落としてその場を去る男。
すると、どこからともなく若い男が現れて、その男のあとをつけていった。
「あの男、何か変だな」ルークはそう言うと、男のそばにそれとなしに歩いて行き、話の内容を確かめた。
「治験の件でいらしたんですよね。それでしたら、こちらでお伺いします」男はそう言った。
「おお、そうなのか!」
院内にいた男は、病院に訪れた男を連れて、再びロビーへと戻って来た。そして、階段の方へ誘導している。どうも、地下室の方へ連れて行こうとしているらしかった。
それを見ていたクルムは、あることに気付いた。
「アディル!」にクルムが男に声をかける。
院内にいた方の男は、驚いてクルムの方を振り向き、そして言った。
「クルム!」
クルムは、アディルという男の方に近づいていって言った。
「アディル! あなた、何をしてるの!」
「姉さんこそ、……どうしてここに?」
「姉さん! 君の弟なのか?」ルークが驚いて言った。
「……とりあえず、私たちのホテルに行って、そこで話を聞きましょう」クルムはアディルにそう言うと、「あなたは家に帰りなさい」そう言って、来院した男を帰した。
ホテルに行く道すがら、俊作は、これまでのことを香港にいる真太たちと日本にいる和磨に報告していた。もちろん、例のトラックの情報も。
香港にいる真太たちのもとに俊作からメールが入った。
「ウイグルの総合病院を出た不審なトラックの情報だ。画像からナンバーの情報も分かりますね。……やはりウイグルと香港がつながっているな」村田が言った。
すると、しばらくして、今度は和磨からの連絡が入った。
「今度は、和磨さんからだ。例のトラックの所有者は、同朋海運という会社が所有しているものらしいですね。……お、今度はその同朋海運が所有しているビルの一覧だ。仕事が早いですねー」
「じゃあ、これらのビルを手分けして張ってみましょう。このナンバープレートのトラックが到着した場所が怪しいってことになるわね」真理亜が言った。
「オーケー、そうしようぜ」真太が言った。
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