第4話

 ワンは、スティーブにある依頼をした。

「今度、中国が打ち上げを予定している静止衛星だがな、こちらの所持している装置を一緒に搭載してもらいたいんだが、誰か、衛星事業をやっている人間がいないか?」

「ああ、それでしたら、こちらの傘下にある子会社が気象関係の危機を製造していますので、知り合いにうまく言ってみますよ」

「そうか、よろしく頼むよ」

 それから数か月後、ワンに依頼されたその装置は、気象観測機器の中に組み込まれ、静止衛星の中に取り付けられた。


 ワンは、希望の部屋にやって来て言った。

「発信機だ。お前が持ってろ」

 そう言って、ワンは、ある装置を希望に渡した。


「本日、香港の九龍(クーロン)商店街近くにあるアパートで大きな爆発が起きました。この爆発について、警察は事故とテロの両面で調査しています。ただ、この爆発には、いわゆる硝煙反応的なものが見当たらず、放射線等の反応も無いとのことで、今のところ、原因は不明とのことです」


 この事件の後、香港のアジトにいるジャオとハーが会話をしていた。

「やっぱり、赤と青のウイルスの両方を着床させただけでは駄目みたいですね」

「ああ、すぐに反応して死んだら意味がない。個体を生存させながら、かつ核融合エネルギーのみを放出させるような、うまい方法がないものかな」


 マリア降臨から二年の歳月が経った。

 中国では、人工衛星「大宇(ダーユー)五号」が打ち上げられた。基本的には気象予報を目的とした静止衛星であるが、多方面の分野の調査機も積み込まれていた。

「本日、海南省の文昌市郊外のロケット発射場から静止衛星大宇(ダーユー)五号の打ち上げられ、軌道に乗せることに成功しました」中国のニュースが報道した。

「では、チェン・ハオ・ラン中国共産党国家主席のコメントです……」


 チェンのもとに、朱欣妍(ズー・シン・イェン)中国公安当局部長から妙な報告が入った。

「同志チェン、ウイグルにある収容所のうちの一つが、どうもテロリストによって占拠されているみたいです」ズーが報告した。

「本当か! 占拠しているのは、何ものだ?」チェンがズーに聞いた。

「例の東トルキスタン解放戦線の連中だと思われます。探りをいれてみます」ズーが答えた。

「分かった。今年は全人代が開かれる年だ、気を引き締めて行かんとな。悪い要素は、全て排除しておかないと、足元をすくわれる」チェンがズーに言った。

「そうですとも! 豊かになった中国は、これから大中華帝国の復活を目指すのです。これからは中国が世界に君臨するのです。そのためには、大きな中国を一つにまとめなければなりません。民族も人心も一つの中華民族となるのです。そのためには、ある程度の同化政策が必要となるのです。このような、党の方針を妨げるテロ行為は、まさしく国家反逆罪に等しい。そうですよね? 同志チェン」チェンの部屋に来ていて打合せ中だったサオがズーに言った。

「ああ、もちろんだ。同志サオ」チェンが言った。

「西洋の民主主義を唱える連中、奴らは国のことを考えず、他人のことを考えず、自己主張のみを唱える自己中心的でわがままな連中です。党による国民への教育と指導が必要です。今こそ中国的愛国教育が必要なのです」サオがチェンに言った。

「ああ、そうだな。同志サオ」チェンが言った。


 シー・ワンのSNSが更新された。

「ウイグルにある収容所の一つが……、どうもね、ウイグルのテロリストの手に落ちているみたい」


 アメリカのスプリングフィールドで暮らす真太と真理亜。

 真太は、ここで地元の少年・少女たちに柔道や空手などの武道を教えて生計を立てていた。まあ、両親の暮らしている実家に住んでいるわけなので、食費と光熱費さえ稼げれば、生活は何とかなったのだ。真理亜はと言えば、たまに講演会などに呼ばれて話をしているみたいだった。

 ある日、真太が真理亜に言った。

「あのさー、あれほど日本に帰りたいって言ってたのは、どこのどいつでしたっけね。あれから、かれこれもう二年も経ってますけど……」

「だってさあ、住み慣れてくると、アメリカって結構、私の肌に会ってるのよね。言いたいことも気兼ねしないでずけずけ言えるし……。それに、日本特有のムラ社会的なしばりもないしね」そう言いながら、ソファに腰掛けてレモンをバリバリとかじる真理亜。真理亜は最近、食の好みが変わったのか、やたらと辛いものや酸っぱいものを好んで食べていた。

「お前、最近、どうしたんだ? 何かちょっと食の好みが変なんじゃないのか。やっぱり、発症してた影響なのかな」真太が言った。

「実はね、違うのよ」真理亜がそう言った。

「違うって?」

「今日ね、この近所の病院に行ったの。そしたらね、おめでただって!」

「何だって? 一体何がめでたいんだ?」

「あのねー……、日本語でおめでたって言ったら、普通は赤ちゃんができたってことでしょうが!」

「ええー! そうなのか?」

「うん、まだ二か月目だけどね……。あまり無理な運動は控えろって」

「やったー! やったな真理亜」そう言いながら、真理亜の身体を抱きしめる真太だった。


 和磨は外務大臣になった。彩子は和磨と正式に結婚し、和磨の秘書をやっていたが、依然として、和磨から引き継いだ家庭教師も兼任していた。

 俊作は二年前に大学院を卒業後、国家公務員の試験に合格し、和磨のいる外務省で働いていた。また、瞳と美姫も、この年からは俊作と同じく外務省に入省した。

 そんなある日、和磨が言った。

「また講演会を開始したいと思う」

「えっ! でも、NPOはもう解散したんじゃ……」美姫が言った。

「NPO法人としてじゃない。外務省としてやるんだ。俺が主催する勉強会だよ。どんなに立場が変化したとしても、日本人として、政治家として、常に勉強することは大切だろ」

「ああ……、そうですね」美姫はそう言ったのだが、「ああ、またあの上から目線の独演会が始まるのか」と思い、溜息をついた。

「美姫、どうしたの? また、和磨さんの講演が始まるなんて、楽しみですよね」瞳がそう言った。


 スプリングフィールドの真太の元に日本から手紙が届いた。

「真太、日本から手紙が届いてるわよ。差出人は日本国内閣府となってるわ」真理亜が真太に手紙を渡した。

「何だろ……」封を切って手紙を読むと、以下のような文面が書かれていた。

「貴殿の勤務状況は、二年半前から長期休暇になっています。既に年次休暇も残り三日となっていますので、三日以内に職務に復帰されない場合、以降は離職状態となり欠勤扱いとなります。ご質問等のある場合は、以下にご連絡ください」

「何じゃこりゃー! 血も涙も無く、感情も無ければ気も遣わない日本特有のお役所仕事だー!」手紙を読んで真太が叫んだ。

「どうしたの?」

「早く公務に戻れってさ。戻れって言っても、どこに行けば良いんだ? 大阪か?」

「堺市で良いんじゃない。私もいっしょに行ってあげるわよ」

そんなことをしている矢先、今度は真太に日本から電話がかかってきた。

「シン、日本から電話だよ」ディックが言った。

「ええっ、一体誰だろう?」

「飯島真太さんの携帯でよろしかったでしょうか?」電話の向こうで女性が言った。

「はい」

「こちらはWHO日本支部の綿貫沙織と申します。いつも大変お世話になっております」

「いや、こちらは何もお世話してませんが……」

「取り急ぎ、飯島真太様と中島真理亜様にぜひご依頼したい件がございまして……」

「私たち、何かWHOにかかわっていましたっけ?」

「大戸島にいらした芹澤希望さんの件です。既に飯島様の勤務先である内閣府の方には連絡を取って、了解を得ています」

「芹澤希望?」

その言葉を聞いた真理亜は、真太に言った。

「あの笑わない女の子よ。私に代わって、真太」

真太から電話と代わった真理亜は、何やら綿貫と話していたが、電話を切ると真太に言った。

「真太、日本に帰るわよ!」


 関西国際空港、真太と真理亜が日本へ帰国した。

 二人は、契約した堺市のマンションに直行し、とりあえず届いた荷物の整理をした。

 そうして、その翌日には二人して堺市役所内にある総理府に出向いた。すると、受付で、すぐに大会議室の方に行くように言われた。

 会議室に入ると、既にそこには総理の松倉栄次郎、副総理の鹿島弘樹、外務大臣の井上和磨、それに国連WHO日本支部職員の綿貫沙織がいた。

「内閣府報道官の飯島真太です。よろしくお願いいたします。こちらは妻の中島真理亜です」

「中島真理亜です。よろしくお願いします」

「お待ちしておりました。総理の松倉栄次郎と」「副総理の鹿島弘樹です。こちらは、既に面識がおありかと思いますが、外務大臣の……」

「井上和磨です。その節は電話で失礼しました」

「あ、その節はどうも」(うわー、苦手なんだよな、この人)そう内心思った真太だった。

「それから、こちらは……」

「国連WHO日本支部職員の綿貫沙織と申します。先日お電話差し上げた者です」

「あー、あのときの……。よろしくお願いします」

「それから、私どもWHOの方からもう一人」

「富樫淳と言います。よろしく」

「実は、あと三名ほどアメリカからお見えになることになっております。もう来られるのではないかと思うのですが……」松倉がそう言ったとき、コンコンとドアを叩く音がした。

「あっ、来られたみたいですね」

 ドアが開いて姿を現したのは、CIAの村田哲平と人権活動家のクルム・モハメド、そしてその夫のルーク・マクガイアだった。

「村田! それにルークも!」真太が驚いで言った。「お前、日本人街で両親の和食料理店を継ぐとか言ってなかったか?」

「よお、シン、久しぶり」ルークが真太に挨拶する。村田は黙ったままだ。

「アメリカCIAの村田哲平君、ウイグルの人権活動家のクルム・モハメドさん、そして、その夫でアメリカ人ジャーナリストのルーク・マクガイアさんだ」松倉が皆に紹介した。

「総理、一体、このメンバーで何を始めようって言うんです?」真太が松倉に聞いた。

「はい、それでは、今回の件につきまして、綿貫さんの方から皆さんに詳しいご説明をお願いします」松倉が言った。

「はい、分かりました。少々長くなりますが、よろしくお願いします」綿貫の説明がはじまった。

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