第3話

 マリア降臨の後、中国は、世界に対してはマリア現象によって新たな国に生まれ変わったように見せかけていたが、実際の中国は元のままであり、力と恐怖で支配していた。

 ウイグルの生き延びていた御神乱に対しては、黄河と揚子江への大爆撃を敢行した。それによって、川上からは大量の御神乱の遺体たち流れて来て大河を塞いていた。

 香港もまた、デモが鎮圧され、元の自由主義・民主主義を奪われた状態へと戻ってしまっていた。

 そんな中、北京では大規模な軍事パレードが行われていた。サオ人民解放軍司令官とチェン総国家主席は、このパレードをじっと見つめていた。

 軍事パレードに出席していたチェン。その演説の録画映像が夕方のテレビで放送されていた。

「この度の御神乱による破壊は、中国においても甚大な被害をもたらした。しかし、見ての通り、我が中国の軍事力は盤石であり、国力は偉大である。各都市の復興も大急ぎで行われており、もうまもなく元の姿、いや、それ以上の繁栄がもたらされるであろう」

「もはや、御神乱の恐怖は去った。国内の抵抗する生き物は一掃された。今後、我が党は、中国人民を正しい方向に導いていくだろう」

「では、今言ったところの『正しい方向へ導く』とは、どういうことか。念のため、ここで今一度、我が体制のスローガンについて述べておきたい」

「一つ目は大国主義である。領土・領海の拡大、人口の拡大、GDPの増大である」

この映像に対して、シー・ワンのSNSが言った。

「貧困層を切り離し、農村工を踏み台にてGDPを増やしただけよ。見かけ上、アメリカや日本と同じようにすぎないわ。そもそも、大きすぎるから統制が取れないんじゃない」

 チェンの演説が続けられていた。

「二つ目は、偉大なる中華帝国の復活である。統一された偉大なる中華民族により世界をリードする。そのためには、民族の統一は必須であり、国民は心を一つにし、一つの正義に向かって行かねばならぬ。これを妨害するテロリストは、国益を妨害する国家反逆罪として厳しく指導する。中華民族は一つにならねばならぬ。その為に、少数民族は優れた漢民族に同化教育を行っていく。悠久の歴史を持つ漢民族の言語、文字、哲学に統一を行う。これによって、我が中華民族は、世界の名だたる優れた民族へと進化するのだ。そして、我が中華民族こそが、これからの世界をリードしていくことになる」

 シー・ワンのSNS。

「帝国主義・全体主義に他ならないわ」

 チェンの映像の続きが流れていた。

「三つ目は、その為の愛国教育・愛党教育の強化である。これは、我々がより心を一つにできるために行う為のものである。具体的には、政治の汚職と腐敗の根絶、行き過ぎた経済界の是正、メディアへの規制、行き過ぎた教育への指導、芸能界への指導などである」

 シー・ワンのSNSが吠える。

「これらは、全て独裁者の持つ一つの価値観への統一! 押し付けの正義! 国家による言論統制、自由な表現の禁止、こういうことをファシズムと言うのよ! そもそも、国家による美意識への介入なんて、ありえない!」

「こんなところで良かったかな?」流された映像を見ながらチェンがサオに言った。

「今日は、特にすばらしい演説でした!」サオがチェンに言った。「さすがは同志チェン、昔ながらの大人の風格です。私は同志の大人たるたたずまいを高校生だったときから尊敬しているんです」

「そうか。ありがとう、同志サオ」

「私は、地方の出身者で、党内には、何のコネクションも後ろ盾も無いまま、ここまでのしあがって来たのだ」チェンが言った。

「それこそ、同志チェンの大人たる所以ですよ。同志はバランス感覚に優れておられ、なるべくいさかいや闘争を起きないようになさる。それは同志の才能です。敬服に値します。私のような血の気の多い人間には、そのような采配は不可能だ」サオが言った。

「いやいや、そうではない。私がトップに立てていられるのは、バックに軍部の後ろ盾があるからだ。君のおかげだよ」

「そう言っていただけると光栄です」

「それにしても、そのバランスというのが、中国においては実に難しいものでな。確かに、中国のGDPはアメリカについで、世界第二位だ。しかし、十四億もいる人口のうち、約半分近い六億数千万人は、未だに貧困層だ。彼らのほとんどは農民工と呼ばれている人たちであり、沿岸部にある都市部の千分の一の所得しかない。その都市部の人口はと言えばわずか二億人でしかない。これだけの格差がついていて、はたして公平さをうたい文句にする社会主義国と言えるだろうか? 本当は、先進国と開発途上国の二つの国が同時に存在していると言えなくもない」

「おっしゃることは、ごもっともですが、農民工と都市部のエリートを分割したことで、この国は繁栄したわけですから、今さら元には戻せませんよ」

「君は、エリート一族の出身だから、そう考えるのも無理もないだろう。しかし、農民工は、都市部への出稼ぎは許されていても、都市戸籍を取得することさえ許されていない」

「まあ、そうですね」

「私が危惧しているのはだな、この都市部と地方との落差が、今や地方の昔からの共産党員の不満を買っているということなんだ。彼らは、共産主義者だ。どんなに国が繁栄しても、格差というものは認めたくは無いものなのだよ。それが、中央政府への不平・不満となっている」

「なるほどですな。だから、同志は、あえて社会主義的な政策に振り戻すようなことをなさっているのですか?」

「ああ、そうだ。さっきも言ったように、私には、党内でのバックボーンが無い。地方の党員のご機嫌もうかがわなくてはならないし、同時に、都市部のエリートの意に沿うように国も反映させなければならんのだ」

「そうだったのですね。今さらながらにお見それしました。同志チェン」

「私は、一日も早くこの国から貧困格差を無くしたいのだ。そして、みんなが同時に豊かな生活をおくれるようにしたいのだ。また、この政治と官僚にはびこっている腐敗を無くしたいのだ。政治の腐敗は、中央政界のみならず、地方の隅々にまではびこっている、この国の悪習だ」

「全くそうですな。経済界も芸能界もそうです。もっと厳しく党が指導してあげねばならない! 最も堕落した西洋文明の影響は、化粧をする男性です! かつてテレビに映る中華の男子はしゃきっとしてたくましいものだった。ところがどうです。最近の芸能人は、眉や目をいじり、女性のようになよなよしたものとなってしまった。彼らの見ていると吐き気がします。同志もそう思うでしょう?」

「ああ、……そうだな。例えばシー・ワンQとかだな」

「あんなのは論外ですよ! 化け物です!」


 中国のティックトッカー、希望(シィー・ゥワン)QのSNSが更新された。

「中国の、いや、世界のみんな、その後どうしてる?」

「世界中でマリアが降臨して、世界はとりあえず、かりそめの平和を取り戻しているわよね」

「ここ中国でも、チェン国家主席が天安門前で、ウイグルから来た数体の御神乱たちの前で土下座して事なき得た。……そう思ってるでしょ」

「……でもね、真相は違うわ。チェン主席が土下座したことで、御神乱たちはヒトの姿に戻ったわ。ここまでは報道されたことよ。ところが、御神乱がヒトに戻ったところを見計らうように、隣にいたサオ司令官の合図で、控えていた軍隊のマシンガンが彼らを皆殺しにしたの。これがそのときの実際の映像」

 シー・ワンが今言った通りの画像が流れた。

「多分、香港でも同じことが行われていたのだと思うわ。もしかすると、他の都市でも……」

「これは、合成画像ではないし、何かから切り取った画像でもない。事実よ。何度も言うけど、中国政府の言うことなんか信じちゃダメよ」


 俊作が事務所に顔を出すと、そこにはパクが遊びに来ていた。

「俊作、久しぶり」ソフォアに腰掛けていたパクがあいさつした。

「ああ、パクか。久しぶり」

「俺、今日の飛行機で韓国に帰ることになったんでな。ちょっと挨拶をと思って……」

「そうか。寂しいな」

「本当かー? 本当にそう思ってるのかー?」パクはいたずらっぽく、そう言った。

「本当だよ」

「おいおい、どうしたー? いつもの元気がないな」

「ああ、ちょっとな。考え事をしたくてな」

「言ってみろよ。友達だろ」

「うん、でも、君にはむずかし……。あっ! そうだった」話の途中で、急に何かを思い出した俊作。

「ど、どうしたんだ? 急に」

「君のおじいさんとおばあさんだけどな」

「うん」

「君のお父さんは、おじいさんの子供じゃないんだよな。確かおばあさんは慰安婦で日本人にレイプされたって……」

「あ、ああ、……そうだけど。それがどうした?」

 俊作は、自分と瞳が抱えている問題について、残らずパクに相談した。

「それは、俺からすれば簡単なことじゃないか。お前は瞳さんを愛しているんだろ?」パクが言った。

「ああ、もちろんだ」

「だったら、その愛する人が生んだ子供であれば、それはお前の子供なんだよ。お前が受け入れるかどうかってだけのことだよ。瞳さんからすれば、自分の子供ってことでしかないじゃないか」


 瞳のアパートを訪れる俊作。しかし、何度玄関の呼び鈴を押してみても、瞳は出てこなかったし、なぜかスマホも通じなかった。

 すると、そのとき隣の部屋のドアが開いて、隣人のおばさんが出て来て言った。

「あー、あなた! 斎藤さんの旦那さんね」

「え! いや……、その……」

「奥さん急に陣痛が始まっちゃって、さっき救急車で病院に行ったわよ。私が呼んであげたの」

「ええーっ! そうだったんですか。で、どこの病院です?」

 病院名を聞き、急ぎ、タクシーへ向かう俊作。


 俊作が病院にかけつけたとき、瞳は既に赤ん坊を抱いてベッドに寝ていた。その子どもは、明らかに黒人とのハーフだった。

「あ、俊作。ごめんね。やっぱり俊作の子じゃなかった」申し訳なさそうに、そう言う瞳。

「何言ってるんだよ。瞳が生んだ子は、たとえ誰に似ていようと、俺の子だよ。俺にも抱かせてくれ」

 瞳の瞳からは、大粒の涙がこぼれていた。

 その後、瞳の退院するのを待って、津村俊作と斎藤瞳は結婚した。

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