Act.12〜AfterStory〜

 護の父親が自殺未遂を図った日から数日が経った。護の父親は辞任。パワーハラスメントに関わっていた社員数名が自主退社となった。同時に護の父親は殺人を企てた殺人未遂と計画等の隠ぺいに対する偽証罪及び業務上過失致死の容疑で逮捕もされた。だが護の母親はそれらに関与したとして後に書類送検となった。護も記憶を取り戻した事で桜子に婚姻の撤回を申し出た。桜子は夫が記憶喪失の状態である事を遥から情報を得ていた事で「胸の詰まりが解消されました」と受諾し、離婚届にサインをした。遥と優弥の関係も遠に終わっている。もう一度、やり直す事が出来る様になった。

 騒ぎが一通り落ち着きを見せ、ある意味で平和を取り戻した。護の両親が逮捕されてから社内の指揮は会長が取っていた。そんな中、社員一同が関心をした事がある。それは会長が全社員の名前や役職を覚えていた事だ。下調べをしたのだろうが、優弥はクリスマスの日、護の父親、つまり社長がしていなかった事をやっていた事。毎年、粋な企画を開催するだけあると思った。そして会長はある提案を全社員に提示した。

 それは早期優遇退職者の募集。整理解雇リストラ等でよくある方法だが、今回は就職先斡旋を前提にしている為、希望退職に近い。社長とはいえ、犯罪を起こした会社だ。世間体を気に者も存在する。そういう社員へ配慮をし、さらに優遇をするという事。


「足立課長、早期優遇退職に名乗り出たんですね。意外でした」

「なんだ、もう伝わったのか。ま、これから引き継ぎとかで忙しくはなるからな」

「いいえ、こっそり教えて貰いました。そういう訳で愛梨はまだ知らないです。他の社員さんも知らない人が多いかと」

「なるほどな…。だが、そんなに意外だったか?」

「結構…。足立課長の年齢で管理職って、かなり会社に貢献したって事ですね」

「貢献はよしてくれ、ただ漠然と仕事をしていただけだ。それより雨宮、俺と取引をして欲しい」

「取引ですか?一体何を知りたいのですか?」

「桜子の住所が知りたい。代わりに俺が秘密にしていた事を教える。」


 ある日の昼休憩。社内の窓から外を眺めている優弥に遥が声を掛けた。そして持ち出してきたのは優弥が早期優遇退職に志願していると言う話だ。受理をされてから日が浅いが管理職クラスが早期優遇退職を希望すると情報の漏れも早いのかと優弥は呆れる。だが遥が秘密裏である事を話すと発言者は護が怪しいと察する。同時に社長の逮捕以降、遥と護、二人の関係が変わった事を優弥はいち早く気付いた。本人たちには確認を取る事はしなかったが『大方、落合の記憶が戻ったのだろう』と胸の内で解決させた。

 そして優弥は遥に取引と言う名目で桜子の住所を聞き出した。代わりにと言い、優弥が秘密を明かした。その内容は覆面作家Yが優弥である事だ。だが遥はYの正体に感づいていた。同時にそれは確信に変わった瞬間でもあった。遥は取引に応じ、桜子が住居を構えるマンションの住所を書いたメモを優弥に渡した。


「今の話でヒロインのモデルは桜子さんだったのだと納得しました」

「否定はしないが肯定もしないが驚かないんだな。それにモデルに関しては無意識だったからな。ちなみ俺と桜子の事、落合にも話したのか」

「薄々、感づいていました。足立課長の仕草や話し方で。一応は恋人だったので。後、二人の事は話してないですよ、でも護は気づいていました。桜子さんが学生の時、交際していた事。なので、足立課長は桜子さんを迎えに行く義務があるそうですよ」

「まさか…。いや、落合は桜子との婚約に反対していたんだったな…。納得した」

「はい。だから早急にお願いしますね。旅立ってしまう前に」

「ああ、分かっているさ」


*◇*◇*◇*


 桜子と護の離婚は即日、受理された。後日、護の祖父母が桜子の元に赴き「息子とその嫁が馬鹿な事をした。こんなのでは足りないが受け取って欲しい」と謝罪した。その際、慰謝料として約三年分の人生を換算した金銭と三年間の夫婦生活を営んだマンションを貰い受けた。

 そのマンションで桜子は引っ越しの荷造りをしている。この先、何をして過ごそうか。旅に出るか、それとも父親の政治活動仕事を手伝うか。閉じていた鳥籠の扉が開き、途方もない未来に不安を募らせる。ふとインターフォンの呼び出し音が鳴った。『隣人の奥様かな、だとしたら出たくない。確実に井戸端会議のネタにされるに違いない』と不安を抱く。悩んでいるうちに再び呼び出し音が鳴った。恐る恐るモニターを確認する桜子。モニター越しには優弥の姿。桜子は驚きで声を失う。同時に涙が溢れ出る。予想外の客人だったからだ。だがそれは優弥も同じだった。遥から住所を受け取ったものの、仕事の関係ですぐに行く事が出来なかった。それを察した遥が「今すぐに行ってください」と優弥が抱えていた仕事を取り上げる形で引き継ぎ、強引に半日有休を得られる様に計らった。そうして訪れたマンション。『どうか、桜子が出ますように』と念を込めて、インターフォンを押した。桜子は優弥を招き入れた。


「私たちが離婚した事、遥さんに聞いたのですか…」

「ん?…雨宮から聞いたのはこの家の住所だけだ。するとは思っていたが離婚済みは今、初めて知った」


 客人用のカップに珈琲を入れ、優弥の前に差し出した。机を挟み、桜子は優弥と向かい合わせで椅子に座る。だが会話が弾まない。前回、再会した時とは立場が違う。何か言葉を出さねば。その思いで出た言葉は墓穴を掘る形で終わった。再び無音が続き、優弥が珈琲を飲む音だけが響いた。静寂を切り裂く為の一言を懸命に考える桜子。そして出た答えは駆け落ち。我ながら恐ろしい事を考え付いたと思う。今まで優弥の事を忘れる事が出来なかった桜子。再婚と言う選択もあるが再婚となると両親から出される条件が護以上の人物である事は容易に想像が出来てしまう。手段を選んでいる時間は遠に過ぎている。


「あの!」

「桜子!少し落ち着け。お前の考えは分かりやす過ぎる、俺は駆け落ちを提案する為に来たんじゃない。…いいか良く聞け、俺はあの日、別れた事を今でも後悔している。それこそ当時は駆け落ちも考えたくらいだ。だけどあの時の俺には財力がなかった。諦める事が桜子の幸せだと言い聞かせたんだ」

「え、それって、つまり…」

「もう一度、俺と付き合ってくれないか」


 桜子が勇気を振り絞って出した答えはあっさりと遮られた。『ああ、優弥先輩ともう一度、付き合う事は出来ないのね』と在りもしない思考に支配される桜子。だが優弥が発した言葉は愛の告白だった。その言葉に涙を零す桜子。そして優弥は開けろと言わんばかりに目の前に一つの小包を差し出した。桜子は生唾を飲み込み、恐る恐る開封した。中身は小さなダイヤモンドがあしらわれたブレスレットだった。


「まだ離婚の手続きはしていないと思っていたから指輪は避けたんだが…」

「ううん、嬉しい。…優弥先輩。学生の頃、私が書いた台本を覚えていますか?」

「突然だな。…確か恋愛が主体の台本だった気がするが」

「はい。王道の恋愛物語です。その話の中でヒーロー役がヒロイン役に告白の際、指輪ではなくブレスレットを渡すシーンがあるんです。どうしてブレスレットにしたか分かりますか?」

「手錠だろ。俺を誰だと思っている」

「はい。その意味を知って、学生同士の恋愛にぴったりだと思って。そういう風に書いたのですが、実は私の憧れだったんです」

「成程、図らずも桜子の憧れを叶えたって事か」

「そうなりますね、なので」


 唐突に話し始めた事は桜子が部活動の一環で書き起こした台本の一つ。その当時は交際をしていなかった二人だが優弥は既に片思いをしていた。故に覚えていた。その事実に桜子は嬉しそうに話しを続け、台本の内容に自らの憧れを込めていた事を告白した。同時に好いた相手にブレスレットを渡す行為の意味を知っていた優弥に「二度と手放さないで下さい」と涙を拭いながら発すると「当然だ」と優弥は返答した。事実は小説よりも奇なり。正しくその通りだと、お互いに思った。


*◇*◇*◇*


「咲、お前に落合会長の後任を任せたい。これはこの十年、お前の仕事を見てきた親心私たちの結果だ。それに折角、再会した友人と再び離れさせる道は酷だと思っているのだが」

「…父さん。ありがとうございます。後任の件、謹んで承ります」


 事件解決後、咲は父親に呼び出された。極道の長に相応しい強面を持つ咲の父親。その父親がいつも以上に真剣な表情を見せる。思わず生唾を飲む咲。緊張した空気に包まれる。そして発せられた言葉に驚く。だが、今までの功績を立てた選択だと告げられた咲の答えはYES以外存在しない。東城組を継ぐことも視野に入れていたがその道に進めば再び遥との距離が出来てしまう。それは致し方のない事。そう言い聞かせた選択肢でもあった。故に今後を担う結果に心から感謝をした。咲が後継を選択した事で現会長である護の祖父は責任を取るという形で辞任を表明した。

 十年という年月を経て今回の事件は幕を閉じた。積もる所、今回の原因は遥ではなく、護だったという事。祖父母の影響を寛大に受けて育った護は両親の教育方針の枠に嵌らなかったという所だろう。その後、記憶を取り戻した護は改めて遥に告白をして正式に恋人となった。そして護の祖父母は桜子だけではなく長崎にまで足を運び、遥は当然、雨宮夫妻にも謝罪をした。同時に今回の事件で「自分の行動は間違いだったのではなかったのだろうか」と遥は混乱していた。そんな遥に「この十年、不幸だったのは遥だけじゃない」と咲が伝える。遥だけが罪を背負うのはおかしいからだ。


*◇*◇*◇*


 それから程なくして、早期優遇退職者を含めた人事異動が発表された。遥は今回の一件に関わっていた事を愛梨にも話した。年が近い事もあり、横浜で過ごした日々を悲しい感情だけにならなかったのは一重に愛梨の存在があったからだ。何より愛梨と出会ってなければ、咲がアルバイトをする店を紹介してもらわなければ、咲と再会していなければ、遥は護の両親同様、咲を恨んだままだったからだ。


「結構、辞めちゃいましたね」

「仕方ないよ。世間体を気にするなら、ここより良い会社は沢山あるから。それと愛梨、色々と心配や迷惑をかけてごめんね」

「心配や迷惑はかけるものです!そうやって人は成長するんです!」

「…思ったんだけど、愛梨の考え方ってすごいよね」

「私にも人に言えない過去の一つや二つありますよ!ちなみにこの考え方は父の受け売りです!」

「素敵なお父さんだね」

「はい、凄く素敵な父でした…。さ、この話はまた今度にしましょ。それより今回の退職者で意外だったのは足立課長でした」

「あの人は会社勤めをするよりも似合う仕事があるもの、大丈夫」


 そんな二人はある場所へ向かっていた。その途中の会話で愛梨の考え方に幾度となく救われていたと実感する遥。何より、愛梨も人には言えない過去がある。その言葉に共感をし、いつかその話を聞ける事を待ちわびる事にした。更に優弥の早期優遇退職が意外だと唱える愛梨に遥はある本を渡した。それは覆面作家Yの新刊だった。その本の奥付に栞が挟んであり『奥付に栞?』と不思議に感じた愛梨はページを開き驚いた。そこにはwith affection dear friendと自筆で書いてあったからだ。見慣れた書き癖を忘れるには時間が短い。そして「確かに会社勤めは似合わないですね」と愛梨は納得した。意味は親愛なる友へ。そう、覆面作家Yである優弥が退職後に発表した作品。発売前に許可を得た優弥はその言葉を記した本を遥と愛梨に送った。

 会話を弾ませながら、遥たちは目的地に辿り着いた。そこは社長室。ノックをして部屋に入る。そこには咲がいた。何故、咲が社長室に居るのか。その謎を解くのは単純。護の父親が幾度となく繰り返した隠蔽工作。勿論、それは東城組の元組員、霧島隆浩が署名をした事で成り立った関係。しかし、だからと言って東城組組長、つまり咲の父親は安易に動く程、馬鹿では無い。そう、護の父親は隠蔽工作をする為、会社を担保にしていた。それが今回の逮捕で丸ごと東城組の持ち物となったと言う絡繰りだ。契約の内容に驚きを隠せない護の祖父だったが「罪滅ぼし。になるかはわかりませんが少しばかりこの地を離れるのもいいですね」と護の祖母は納得をして、東城組が経営するリゾート地で過ごす事を受け入れた。


「しかし咲が新たな社長とは。変な感じ…」

「バーテンダーのイメージが強くて、慣れないです」

「総会までの仮処置だからまだ正式ではないよ。まあ、確かに愛梨は常連だったからな。ま、直に慣れるよ。と主役のご登場だ」

「遅くなってすまない。それで俺たちに話ってなんだ」

「私たちも今、着いたところだよ。でも確かに。今後の事で護と咲が話すのは分かるけど、どうして私と愛梨まで呼んだの?」

「そうですよ!滅茶苦茶、部外者じゃないですか!特に私…」

「そんな事ないよ。愛梨の観察眼は頼りにしているし、三人だと落合が調子に乗るから」


 遥たちが社長室を訪れてから暫くして護も訪れた。そして役者は揃ったと咲は言い、話を始める。だが愛梨は自身の必要性に違和感を持った。だがその謎を解く鍵は護にあった。勿論、意外な答えに愛梨は驚きを見せる。護の印象が百八十度、変わった瞬間だったから。十年の時が経っていると言え、護がどれだけ遥を溺愛していたか。高校時代、半年と言う短い時間だったが咲は十二分に理解している。それだけ顔や態度に出ていたからだ。咲の言葉に「誤解を招く言い方はやめてくれ」と呆れる護。二人の会話に小さく笑みを零す遥。和気藹々と雰囲気に「本題、すっ飛んじゃってます」と愛梨が忠告をする。


「ごめん、ごめん。この感じが懐かしくてね。さて重い話にするつもり無いから手短に話す。落合、お前に社長の任を与える」

「「え!?」」

「ま、待ってくれ。今回の件、東城組が提示した内容を目にしたが契約に反する…」

「契約書に関しての内容はあくまで落合家が独自で行った場合。今回は東城咲(私)が推薦、譲渡するものだから違反にはならない。それに社長は落合にやって欲しいと思っている」

「今の社長代理は咲さんですよね。じゃあ、この場合どうなるんですか?バーテンダーに戻るんですか?」

「まあ、確かにバーテンダーも楽しいけど、こっちの方がもっと楽しそうだから、こうするのさ!」


 咲の提案に焦る三人。しかし、それを他所に咲は代表取締役社長 落合護と書かれた立て札を見せる。当然、契約云々が発生するが「私がルールだ」と言わんばかりの自信を見せた。そして愛梨の質問に咲は予め用意していた代表取締役会長 東城咲の立て札を三人に見せた。咲が考えそうな事だと納得した。話が纏まると「決める事はまだあります」と愛梨が議題を増やし「そうなると遥先輩は社長秘書ですかね!奥さんなんですから」と愛梨が嬉しそうに話す。

 それは社長秘書の話だ。だが、それは遥と咲、両名が拒んだ。理由は単純。護が仕事をしなくなる。二人の意見に呆れる護。すると愛梨が「じゃあ私立候補します!社長秘書って憧れだったんですよ」と目を輝かせた。そんな愛梨に遥は呆れる。「高槻さんの立候補はありがたいけど秘書は必要ないかな」と丁重に断りを入れる護。そんな護に「護らしいけど無理は禁物だよ。すぐ隠し事するんだから」と監視役がいない事に遥は懸念をして警告をする。護を好いていたからこそ、観察してきた。故に無理をしやすい事を知っている。遥の言葉に「肝に免じる」とその場を落ち着かせた。

 話が終わり、各々仕事場に戻る。会社にとっても遥にとっても新たなスタートとなった日。そんな遥の薬指には微かに光る宝石をあしらった指輪が光る。派手な物はいらないという本人の要望。遥と護。二人は近いうちに挙式を上げる。


》》》続きは製品版にて、描き下ろし等もございます

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LostYouth〜こころのありか〜 アカツキ千夏 @akatsukichinatsu

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