レクリエーション(6):終わりよければ?


 暗闇の中、一人の少年が投影された映像を食い入るように見ている。



『こういう生き方しか出来なくなっちまったもんでね』



 そう英語で語りながら、映像の中で平然と人を刺し殺す男。彼は、戦時下において初めて実戦投入された超人兵器。肉体を外科的手術によって改造された、第一世代と呼ばれる存在の一人である。


 それは、本来規制されて日本ではアクセスできないはずのサイトにアップロードされた動画だ。少年は、発売されて間もなくの(完全違法な手段による)転売で購入した最新型の端末でそれを見ている。


 販売される端末は基本そういったサイトにはアクセスできない規制が初めからかかっているが、これはその規制がかけられる前段階で流出したものだった。少年がこのサイトにアクセスしたことは、誰であれそういうものに憧れてしまう時分だったことも要因ではあったのだろう。しかし───



(振り切れた人間ってのは、こうも恐ろしいものなのか)



 それに恐怖を感じることができたことは、自身の暴力性に気付いたばかりの少年にとっては幸運だったといえるだろう。少年が怖いと感じたのは、目だ。


 映像の男の目は暗く、深く。

 そして何より、何か致命的な────




 ────淀みがあった。














「────………………」



 意識が戻り、晴真はゆっくりと目を開ける。

 樹海には、朝日が差し込んできていた。


 体を起こすと、かけられた毛布が地面に落ちる。



「んぁ。起きたか」



 そう横合いから声を掛けられ振り向くと、裕二があくび交じりに伸びをしていた。返事をしようとすると、鼻にずきりと痛みが走る。思わず呻くと、裕二が痛みの原因を説明した。



「あーやめとけ。それ鼻折れてるから。痛そう過ぎて結構ヤバい」



 そう言われ、思い出すのは昨夜の出来事。

 晴真はしばらく目を瞑った後、覚悟を決めて鼻に指をかけ───



「ちょっ、おい────ひぃ」



 鈍い音とともに、無理やり元の形に戻した。顔面が爆発したかのような痛みにのたうちまわる。直前で咄嗟に目をそらした裕二は、恐る恐る視線を戻してため息をつく。



「やるなら言ってくれよ………」


「………すまん。それで、どうだ? 戻ってる?」


「あぁ、まぁ………めっちゃ血ぃ付いてるけど」



 晴真はジンジンと熱をはらむ鼻にそっと触れ、大きく息を吐くと後ろにどさりと倒れた。



「────っはぁーー。負けた負けた」



 そう口にするが、その言葉に反して、顔は憑き物が落ちたかのように晴れやかだった。



「気は済んだみたいだな」


「……あそこまで完膚なきまでにやられれば、そりゃあな」


「けど良かったじゃん。試合結果とかのもろもろの権利も貰えてて」


「…………………」



 思い出すのは、申請後に光誠が口にした言葉。



『そのオプションは俺からオマエへの誠意──────と、同時に温情だ。咽び泣いて感謝しな』



「……確かに『温情』だな」



 晴真はがばりと起き上がり、身体に付いた泥や葉を落として、裕二に頭を下げた。



「色々すまなかった。ごめん」


「………許す! あいつらにも謝れよ」


「おう。もちろん」



 ペンションに向かって歩きながら、晴真は言う。



「考えたけど、試合結果は公表しようと思う」


「───はぁ!? 正気か!? 経歴に傷がつくぞ!」


「別にいい。また積み上げれば何とでもなる」


「……晴真、なんかちょっと変わったか?」


「かもなー」


「なんじゃそら」


「清滝さん………あと、外空にも謝らないとだな」


「いややっぱ変わったぞお前!」



 そんな晴真を見て裕二は確信する。やはり彼自身も、光誠本人と出会った段階で悪人ではないと気付いていたであろうことを。そして、気付いたところで引けなくなっていたであろうことも。


 一方の晴真も、一連の出来事を経て自身の考えやスタンスが変わっていることを自覚していた。父親に謝って、関係の構築からやり直そうという意識さえ生まれている。そういった内心を裕二に吐露しながら、晴真はぼんやりと考える。




(………あーなるほど。あの夢を見たのはそういうことか)




 カウンターを受ける直前。反撃を告げた光誠の、目。

 その目が────映像の中のあの男の目と、重なったように見えたのだ。




(けど、なんか……うまく言葉にできんけど───)




 あの男の目とは、どこか決定的な部分で違ったような。

 そんな気がして、ならなかった。





















「ん───ふぁあ………」



 寝袋の中で目を覚ました修斗は、腕だけ出して伸びをする。

 昨日から続く樹海歩き詰め激ヤバツアー(修斗視点)の影響で筋肉痛もひどいものになると考えていたが、光誠に教わった寝る前のストレッチ(超痛い)のおかげか、特に違和感もない。



「まだ少し早いですね……。もう少し────」



 端末を見て、目覚ましをかけた時間になっていないことを確認した修斗は、二度寝をしようと寝返りを打ち────隣を見て、固まった。



 ところどころ腫れ、血が付着している若干ショッキングな顔面の光誠が、半目に白目の状態で隣に転がっていたからである。



「………??…………………!!??」



 し、死んでる────



 じゃなくて。


 ……テントは二つ。人数比的に大きい方が女子で小さい方が僕ら男子という風に決めた。だからここにいることはなにも間違いではない。けど昨日寝る前は明らかにこんなんじゃなかった。


 ……いや。というかこれやっぱり死───



 修斗がそこまで思考した、その時。



 ぎゅるん!! と。



 光誠の眼球が回転し、半目状態だった瞼が完全に開く。そして、その瞳が修斗を捉えた。

 その様は、あまりにもホラーで────




「ぎゃああああああああ────!!!」


「キャアアアアアアアア────!!!」



 思わず絶叫した修斗に驚き、その悲鳴に呼応するように光誠も(なぜか女子みたいな)甲高い悲鳴を上げたのだった。















「───何を、考えて、いたの───?」


「あ、あのー愛華サン? そんな怖い声を出さなくてもよろしいのでは……?」


「───昨日、「大丈夫」───って、言ったよね───」


「ちょっ、イヤだ怖い!! 助けてくれお前ら───!」



 簡単な応急処置後、石の上で正座させられ愛華に圧をかけられる光誠は、少し離れたところで朝食の準備をする三人に必死に呼びかける。



「反省した───?」


「じ、自業自得です───!」


「罪悪感持ってくださいマジでー」




「こっ、この無慈悲ちゃんどもめ────!」




「………あれ、罵倒なのかな?」



 悲鳴を上げる光誠を遠めに見つつ、茜がぼやく。



「というかなんとなく察してはいたけど、祈里ちゃんて結構Sっ気あるよね」


「分かります。ちょいちょい辛辣というか」


「え、えー!? そんなことないですよ! ただの本音というか……」


「うわぁ。にじみ出るホンモノ感」











 その後、がっつり叱られて終始肩身の狭そうな光誠を含めた5人は、やはり遅れがちになる修斗をフォローしつつ、日が傾きかけてきたころにゴールへとたどり着いた。

 順位は14位。当然後ろ寄りの順位である。なお、1位はボルダリング部のみで構成された班だった。班決めは自由なので、こういった結果は毎年の定番である。



「んじゃ今日はここで解散だな」


「そだね。いやー、なんだかんだ楽しかったー!」


「こういうハイキングってあんまり経験なかったので………た、楽しかった! です!」


「…………ボクモ、タノシカッタデス」


「死にかけてんだけど」



 和気あいあいと会話する面々だったが、ちょいちょいと袖を引かれて光誠が振り向くと、上目遣いでこちらを見上げる愛華の姿があった。そして彼女はつま先立ちをすると、光誠の耳元で拗ねたように囁いた。



「……週明け、何があったのか説明してもらうから」


「………えぇ~? したじゃん説明」


「納得してないもん」


「もんてお前………」



 光誠は呆れたように頭を掻くと、安心させるような口調で端末を彼女に向けた。



「ほら、これ前田から。『謝らせてほしい。これが場所と時間だ』って。言った通り、ちょっと派手に殴り合っただけさ」


「それが心配なの!」


「こればっかりは漢のうんぬんかんぬんってヤツだから。納得のいく説明はしてやれないんだって」


「むぅう」



 愛華は困ったように笑う光誠をしばらく見つめていたが、諦めたようにため息をついて、光誠にグイッと顔を近づけた。



「……分かった。言いくるめられてあげる」


「別に言いくるめてないんだけど」


「けど、もうああいうのナシだからね! 報連相! 特に相!!」



 そう言うと、愛華は班員たちにも別れを告げて帰っていった。



「あいつヘリかなぁ」


「いくつか来てるよね」


「あ、わ、私もです。よければ皆さん乗っていきませんか?」


「良いんですか?」


「わぁーーい!」


「………俺はいいや。誘ってくれてサンキューな」



 ワイワイと話す三人を穏やかな目で見つめ、光誠は一人提案を断った。



「帰りの足はあるんですか?」


「おう。心配すんな。じゃあまた来週!」


「じゃねー!」「さ、さようなら!」「はい、また来週」





















「あ、お疲れ光誠」


「おう、お疲れ紬」


「それじゃ、早速教えて。昨日の夜のこと」


「………どっち?」


「もちろん、海さんのほう」


「オッケー」










 時は、少し遡り。


 昨夜、晴真をノックアウトした後のこと。

 深夜の樹海の中、光誠は自身のキャンプを目指して歩を進めていた。すると───


 端末の微かな振動とともに、眼前に "押野おしの かい" と表示された。

 軽くその文字に触れ、声を発する。



「もしもし。どうしました?」


『こんな深夜にお電話申し訳ありません』


「良いですよ。動きがあったら即報告って言ったのは俺ですし」


『はい。ありがとうございます。……それはそれとして、あまり危なっかしいことはしないでください』


「なんですかー。俺はあんなのに負けませんよ」


『そうではなく………はぁ、もう良いです。それで報告なのですが』


「はい」


『いましたね。ビンゴです。あなたを監視していた者を制圧・捕縛しておりますが、いかがいたしますか?』


「例の新作、持ってますか?」


『試作品ですが、実用レベルのものを』


「では『なんてことのない殴り合いだった』という風な認識の改竄を。それが済んだら警備に引き渡してもらってOKです」


『………よろしいので?』


「サクッと捕まる相手なら大したことはありませんよ。相手のデータはもう洗ってあるんでしょう?」


『えぇ。特筆すべき事項はない、ごく普通の雇われです』


「なら問題ないです。どうせ雇い主にさっさと回収されるでしょうし」


『………仲宗根、ですか』


「おそらく」


『あなたが目を付けられては、動きづらくなるのでは?』


「……大丈夫ですよ。では指示通りにお願いしますね」


『かしこまりました。それでは失礼します』







 電話が切れ、周囲は再び静寂に包まれる。



「苗字を被せたのはただの思い付きだったが…………まさか釣れるとはねぇ」



 髪をかき上げ、口元を歪めて一人つぶやく。



「───










 こうして、小さな悪意の種が芽吹いたレクリエーションは終わった。大事には至らなかったが、ここでの出来事によって、後の事態へとつながる新たな種が蒔かれた。


 それが芽吹くのは、いつか。

 大輪の華となるのか、否か。


 何にせよ。

 光誠の学園生活は、まだ始まったばかりである。



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