桜狩り

「さようなら」

 そんな言葉を最後に聴いた。









「こんにちは」

 こんにちはと挨拶をする時間なのか? 真っ暗だけど。

「あなたは随分と、その……よろしくない恰好をしている。これをどうぞ」

 随分とイカレた恰好をしている。飲み込んだ言葉が聞こえた。渡された着替えは…………真っ白な着物。

「そこに鏡がある。いや、奥にシャワーがあるから、汚れを流して着替えるんだ」

 微妙に命令形。断る理由も無い。奥でシャワー。奥でシャワー。確かに、鏡もある。通り過ぎる時に、自分の姿が写った。着替えを勧められる訳だ。





 私は汚れた白い着物を着ていて……全身に桜が散っている。


 まるで私自身が桜の木。


 胸もとに、両腕に、脚もとにまで、桜の花が舞い散っている。


 ほら、勢い余って、私の手にまで散っている。


 こんなに春の嵐のようでは、着替えねばなるまい。





 私は、着替えの服に桜の花がついてしまわぬよう、細心の注意を払って持ち運んだ。

 それにしても暗いし、おかしな建物だ。これは……土蔵? 蔵? 簀子スノコを渡された動線の先に、そこだけ後付けしたようなシャワーブースがあって、他は長持ちや柳行李が棚に沢山収納されている。要は物置だな。





 シャワーで、全身に纏わりついていた桜を、洗い流すことが出来た。

 せっかく身なりを整えたのに、私はガサガサと油紙を巻かれて、何だかよくわからないまま、眠くなってしまった。

 膝を抱えて丸まって、仕舞われて、ゆらゆら、ふわふわ。なんだかおかしな水責めにもされる。全く持って、道理がわからない。漬物じゃあるまいし。悪戯な人間が私で游ぶのは、いつかもあったこと。私は蓋をされて、それっきり……









「大雨と風で、桜、散ってしまったねぇ」

「桜の花、散っちゃったの?」

「もう葉桜だ」

 幼い子どもが、私を見上げている。

「桜よ、桜……又、来年。花ばかりが桜ではないさ」

「お花が無いと、わからない」

 落ちた桜の花びらを、そっと拾って、両手に閉じ込めた。

「放しており。桜の花は、桜の木とともに在るのが、最も美しいのだから」

 重ねられた小さな手は、ひらかれた。桜は風に舞って、春の中へ消えた。









「三月、四月の記憶が、最も鮮明に残っています」

 名残りの葉桜から、瑞々しい若葉の装いへ変わるはずだった。

「ちゃんとこちらを、人間を、認識していたかもしれません」

 春先に愛でられ、時折、さみしそうな眼差しを向けられた。









「市庁に保管されていた地方史に、伐採の記録が残っています。おそらくは、これが最後の桜の木でしょう」

 伐採……?

「倒木の危険性があった為です」

 と……倒木?

「廃材処理されないで良かったですね」

 えぇ……


 白い服を着た人間が二人、私を見た。

「日本人は、どうして桜を特別扱いするのかな?」

 一人は、赤い髪に空色の目をしている。

「わからないとは言わせない。日本の、春先の風景に在る桜を思い出しても、そんな愚問を口に出来るのかい?」

 もう一人は、得意げに誇らしげにしている。黒い髪は夜空色。


 二人は、私を見て言った。

「美しい新緑の葉には遠く及ばなかったけど……おごれる人間は、ずっとあなたのことが」

 目が合って、言葉が途切れる。

「大好きでしたから」

 大好き? 大好き……って言った。

 

「新しい身体は、どうですか? 桜の人」





 ?!?!


【終】

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