血となり肉となり

「もぉ、ダメ、身体が、思うように、動かせ……ない」

「せっかく生き残ったのです。周辺探索に出掛けましょう」

 私はオグルを見上げた。人が動けないと言っているのに、こいつはっ……





 ニ千百九十2190時間十二分前。私は青雲セイウンと共に、着陸態勢の準備をしていた。

「アオクモ様、本日十四時間が経ちました。あなたはだ、食事をされていない」

「そぉねぇ……って、その呼び方やめて」

「失礼しました。セイウン様」

「そうそう。名前は大事」

「名前は大事」

 日本語の漢字は、やはり今でも難しい。青雲と表記して、苗字ならアオクモで合っているはず。なのに、セイウンと呼ぶよう勧告される。

「アオクモって呼ばれるとね……私が青いくもになっちゃった気がするの」

 同音異義語。日本語ネイティブは、気が遠くなるような言語をいまだに使っている。

「今のは、わざとです」

「なんでよ! 私、何かしましたかぁ??」





 大気のある天体。何なら月に似た衛星まで有している。オグルに依頼した大気の成分調査の割合は、ほぼ地球に近しいものだった。

「そんなことってあるぅ?」

「あるんじゃないですかぁ?」

「何それ……」

「青雲の口調をトレースしてみました」

 最近、オグルが馬鹿になってきた気がする。やめてよね。独りぼっちは、もう沢山。





 十八万六千百五十186,150時間十四分前。

「あなたのおなまえ、なぁに?」

「あなたのおなまえ なーにー」

 話しかけられた。日本語。私は復唱した。日本語は話せる。私は日本語を学習済みだ。

「こんにちは。あなたは調子どうですか?」

「わたしのなまえは、せいうんだよ」

「私は調子良いです、ありがとう。あなたも?」

 うぇ、ひっ、ふ。そんなような発音をして、青雲は泣き出した。そんなのは学習していない。





「オグルーー」

「はーーい」

 又私の真似してる。こいつめ。ポンコツめ。このっ、この……

「何してるんですか、青雲」

「どうしてあんたは、髪が黒いのに、目が青いのよっ」

 オグルの髪をブラッシングして、ヘアメイクをする。カラコン、要らんわねぇ。スキンケアは……ツヤピカね!

 オグルって、鼻が高い。鼻梁が、顔平原を分断する山脈のように、そこにある。きっとオグルの視界には、その形の良い鼻が映り込んでいるに違いない。

「このカラーリングは、好感度に基づく決定ですが、簡単に変更することも可能です」

「私は、私と同じ、茶色の目が好きよ?」

「私は、あなたの名前と同じ、青色の目が好きよ」

 ………………いやいや。いやいや。

「そこはぁ……好きだ、愛してる……って言ってよ」

「愛してる……は、プロポーズする四十八時間前に言います」

「オグルは二日で愛を構築する気なの?!」

「息継ぎ、息継ぎ。落ち着いて、青雲」

 インスタントなおまえに言われたくないわ!





「今から再カウントします」

「せーのっと」

「あぁ!」

「ほら、オグルもおいで。お弁当持ったし、た ん さ く ぅぅぅぅ」

「青ーー雲ーー!!!! 危ないからぁ、私が先に行きます!」





 三時間四十分経過。

「ここ……無人島じゃない?」

「人間は、青雲しか居ませんねぇ」

 探索の末に、砂浜と似た場所へ着いた。海もある。

「オグルって、泳げる?」

「泳げます」

「ちょっと海入って、魚採ってきてよ」

「お弁当忘れましたか?」

「採取! 帰ったら、食料になるか調べるの!」

 やれやれ、の表情。見てください、青雲。言葉を使わず感情を伝える、この高コスト、ハイクオリティ・テクニック!

「……オグルちゃん」

 いってらっしゃいと、脹脛ふくらはぎをキックされた。ドメスティック・バイオレンスです!





「おかえりなさい、オグル。大漁ね!」

 にこっとオグルが笑った。

たこ! みたいな生物を発見しました。これで、たこ有りたこ焼きが作れますね」

 オグルは、たこ焼きに想いを馳せて、微笑んだらしい。

 日々、私が有り物を駆使して作り上げる日本の食べ物を、オグルは気に入っていた。

「私も手が八本あったら、魚をもっと持てるのに」

「お望みなら、オグルの手を八本に改造してあげましょうかぁ」

「良い提案です」

 ペチンとオグルの尻を叩いた。





 船へ帰還。日没を確認。ここは太陽系の地球に似ている。太陽のような天体もある。

 これだけ絶妙な距離で天体が存在しているなら、探索を続ける価値はあり、人間のように進化を遂げた生物との遭遇も、予測の内に入れていいでしょう。

 青雲が……人間が死に絶える前に、ここへ着陸出来たことは、未来へ人類を存続する、希望的観測へ近付いたことを想像してもいい。これは私の見解……いや、そう、思うのです。





 オグルは眠ると、余程の衝撃を与えない限り、起きない。

 ねぇ、オグル。二十年前にあなたを見つけた日を、私もオグルのように覚えているわ。

 本当は…………私より、あなたの方が人間らしい。

 この星から、持続可能な食べ物調達が出来そうよ。良かったわね。怖いSFにありそうな、食料問題が起きなくて。きっと、あなたとなら何でも分け与えあいながら、旨くやっていけると思うの。





 十一時間三十七分経過。

「ちょっとオグル、私が育ててた肉、食べたわね?」

 レアからミディアム。食べるのに適していた焼肉を、私は放置しません。

「この肉は死体です。これ以上の育成は不可能です」

「食卓で死体とか言わないの!」

「青雲は、たこ焼きの管理者です。成形に集中してください」

 たこ有りたこ焼きとの接見です。歓喜うーれしー

「オグル」

「はい」

「あ〜〜ん」

 ぱふ。モグモグ、モグモグモグモグ。ゴッ……

「……Beautiful」

 青雲が笑っている。だ自分は食べていないのに。





 オグルが幸せそうに笑ってる。

「うふふ」

「青雲も食べてください。私と同じ顔になります」

「そうね」

 ぱくり。…………あひ、あっ…………つぅ…………あぁ、これ、口の中火傷したわぁ。美味うまいけど、熱い。よくオグルは平気で……

「ふふっ。ね? 青雲。美味おいしい」

「ほい……ひぃ」





「さて! 腹ごしらえも済んだし! 行くわよ、オグル」

「青雲、今日の目標は?」

「フィレオフィッシュバーガー!!」

「白身の魚! らしきものですね!」









「ねぇ、オグル。私たち、この星で生きていけそうじゃない?」

「期限を決めずに滞在しても、いいと思います」









 航海日誌。記入者、青雲光凛あおくもひかり

 G0−OGLEジーゼロ オグルAutoML(自動化された機械学習)−AI搭載生体ロボット、オグルと人間、青雲せいうん。二人の無人島生活を開始。オグル風に言うと、再カウント開始!

 明日の予定。食料調達と拠点の設計。

 今日の目標。オグルにフィレオフィッシュバーガーを食べさせる。完遂。


【終】

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