血となり肉となり
「もぉ、ダメ、身体が、思うように、動かせ……ない」
「せっかく生き残ったのです。周辺探索に出掛けましょう」
私はオグルを見上げた。人が動けないと言っているのに、こいつはっ……
ニ
「アオクモ様、本日十四時間が経ちました。あなたは、まだ食事をされていない」
「そぉねぇ……って、その呼び方やめて」
「失礼しました。セイウン様」
「そうそう。名前は大事」
「名前は大事」
日本語の漢字は、やはり今でも難しい。
「アオクモって呼ばれるとね……私が青い
同音異義語。日本語ネイティブは、気が遠くなるような言語を
「今のは、わざとです」
「なんでよ! 私、何かしましたかぁ??」
大気のある天体。何なら月に似た衛星まで有している。オグルに依頼した大気の成分調査の割合は、ほぼ地球に近しいものだった。
「そんなことってあるぅ?」
「あるんじゃないですかぁ?」
「何……それ」
「青雲の口調をトレースしてみました」
最近、オグルが馬鹿になってきた気がする。やめてよね。独りぼっちは、もう沢山。
「あなたのおなまえ、なぁに?」
「あなたのおなまえ なーにー」
話しかけられた。日本語。私は復唱した。日本語は話せる。私は日本語を学習済みだ。
「こんにちは あなたは 調子どうですか?」
「わたしのなまえは、せいうんだよ」
「私は 調子良いです ありがとう あなたも?」
うぇ、ひっ、ふ。そんなような発音をして、青雲は泣き出した。そんなのは学習していない。
「オグルーー」
「はーーい」
又私の真似してる。こいつめ。ポンコツめ。このっ、この……
「何してるんですか、青雲」
「どうしてあんたは、髪が黒いのに、目が青いのよっ」
オグルの髪をブラッシングして、ヘアメイクをする。カラコン、要らんわねぇ。スキンケアは……ツヤピカね!
オグルって、鼻が高い。鼻梁が、顔平原を分断する山脈のように、そこにある。きっとオグルの視界には、その形の良い鼻が映り込んでいるに違いない。
「このカラーリングは、好感度に基づく決定ですが、簡単に変更することも可能です」
「私は、私と同じ、茶色の目が好きだけどね」
「私は、あなたの名前と同じ、青色の目が好きです。青、好きでしょう?」
………………いやいや。いやいや。
「そこはぁ……青雲が好きだ、愛してる……って言ってよ」
「愛してる……は、プロポーズする四十八時間前に言います」
「オグルは二日で愛を構築する気なの?!」
「落ち着いて、青雲」
インスタントなおまえに言われたくないわ!
「今から再カウントします」
「せーのっと」
「あぁ!」
「ほら、オグルもおいで。お弁当持ったし、
「青ーー雲ーー!!!! 危ないからぁ、私が先に行きます!」
「ここ……無人島じゃない?」
「人間は、青雲しか居ませんねぇ」
探索の末に、砂浜と似た場所へ出た。海もある。
「オグルって、泳げる?」
「泳げます」
「ちょっと海入って、魚採ってきてよ」
「お弁当、忘れましたか?」
「採 取 ! 帰ったら、食料になるか調べるの!」
やれやれ、の表情。見てください、青雲。言葉を使わず感情を伝える、この高コスト、ハイクオリティ・テクニック!
「……オグルちゃん」
いってらっしゃいと、
「おかえりなさい、オグル。大漁ね!」
にこっとオグルが笑った。
「
オグルは、たこ焼きに想いを馳せて、微笑んだらしい。
日々、私が有り物を駆使して作り上げる日本の食べ物を、オグルは気に入っていた。
「私も手が八本あったら、魚をもっと持てるのに」
「お望みなら、オグルの手を八本に改造してあげましょうかぁ」
「良い提案です」
ペチンとオグルの尻を叩いた。
船へ帰還。日没を確認。ここは太陽系の地球に似ている。太陽のような天体もある。
これだけ絶妙な距離で天体が存在しているなら、探索を続ける価値はあり、人間のように進化を遂げた生物との遭遇も、予測の内に入れていいでしょう。
青雲が……人間が死に絶える前に、ここへ着陸出来たことは、未来へ人類を存続する、希望的観測へ近付いたことを想像してもいい。これは私の見解……いや、そう、思うのです。
オグルは眠ると、余程の衝撃を与えない限り、起きない。
ねぇ、オグル。二十年前にあなたを見つけた日を、私もオグルのように覚えているわ。
本当は…………私よりあなたの方が、よっぽど人間らしい。理性的で、思慮深くて。
この星から、持続可能な食べ物調達が出来そうよ。良かったわね。怖いSFにありそうな、食料問題が起きなくて。きっと、あなたとなら何でも分け与え合いながら、旨くやっていけると思うの。
「ちょっとオグル、私が育ててた肉、食べたわね?」
レアからミディアム。食べるのに適していた焼肉を、私は放置しません。
「この肉は死体です。これ以上の育成は不可能です」
「食卓で死体とか言わないの!」
「青雲は、たこ焼きの管理者です。成形に集中してください」
「オグル」
「はい」
「あ〜〜ん」
ぱく。モグモグ、モグモグモグモグ。ゴッ……
「……Beautiful」
青雲が笑っている。まだ自分は食べていないのに。
オグルが幸せそうに笑ってる。
「うふふ」
「青雲も食べてください。私と同じ顔になります」
「そうね」
ぱくり。…………あひ、あっ…………つぅ…………あぁ、これ、口の中火傷したわぁ。
「ふふっ。ね? 青雲。
「ほい……ひぃ」
「さて! 腹ごしらえも済んだし! 行くわよ、オグル」
「青雲、今日の目標は?」
「フィレオフィッシュバーガー!!」
「白身の魚! らしきものですね!」
「ねぇ、オグル。私たち、この星で生きていけそうじゃない?」
「期限を決めずに滞在しても、いいと思います」
航海日誌。記入者、
明日の予定。食料調達と拠点の設計。
今日の目標。オグルにフィレオフィッシュバーガーを食べさせる。完遂。
【終】
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