マッド・ライン

(一)会談

 ホテルの片隅にある、槍竜が密会の為に作らせた部屋がある。それは今まで数多くの組織や人物との会合にと使われた。人殺しを生業とする暗殺組織マッド・ラインもまた、かつてこの場を使ったことがあった。

 この部屋に集まったのは槍竜側からは林大田、張福成、周天、宋海。ジャック側からはジャック、林継、文明天であった。

 李国利の容態は命に別状は無く、今はベッドに寝込んでいるようであった。

「ん。ここに来るのは初めてだが、あん時はマッド・ラインがお世話になったな。なあ、林大田さんよぉ」

 向かい側に座る林大田に不敵な笑みと、意味深な言葉を吐く。それに対して毅然とした態度で応える。

「ジャック殿におかれては、かなりの出世を成されたようですね。Bとキング、それを名乗ると言うことは代替わりを成されましたか?」

「ハッハッハ。直接的なワードは嫌いじゃない。想像に任せるよ。ただ、Bに関しては色々と努力と積み重ねをしましてね。それについては、林大田さんの方が詳しいのでは?」

 互いに胸の内を探り合う情報のギヴとテイクをする。

「ねえ、福成。Bとかキングとか何? 何かの暗号?」

 よく分からぬ彼らの話し合い。彼らのやり取りに出て来るBとキングというワードに周天は内情を知っていそうな張福成へと小さな声で聴く。

「マッド・ラインでの立ち位置を表すものだ。Bとは黒、本来は誰かの紹介が無ければ一見者では依頼ができない暗殺者を示すものだ。そしてキングとは、マッド・ラインの中でも上流の者を指す意味だ」

 大雑把ではあるが、それだけで彼がどれほどの人物であるかは直感的に理解できた。このジャックという男は、槍竜のトップである林大田と同等の立場で交渉ができる男であると周天は察した。

 あまり良くないと感じたのか、宋海は「本題のほうを」と言い先を促した。

「そうだな。まず申し開きをしようか。今回俺が受けた依頼は、“林継を殺せ”との事だった。依頼主は赤雲会経由でのことであったが、俺を紹介した人物が重要だ。福成、お前は李丹りたんと言う女を知ってるか?」

 難しい顔を浮かべ、きっぱりと言う。

「……名前だけは、な。アンナから聞いたことがある。我と同じアジア人のマッド・ラインであり、どんなにお金を積まれても内容次第では『詰まらない』とだけ言って断る面妖な奴と」

 こくり、と頷きジャックは続きを語る。

「アイツから俺へ、赤雲会の依頼を受けろと言われてな。アイツがそんな事を頼むのは珍しいもんで色々と探ったら、その背後に最近出てきた太刀会という組織がいると分かってな。探りを入れるためにも赤雲会に接触した――」

「その結果として、このような事態になったと? 私どころか貴方のご友人を間接的に手にかけようとしたことには?」

 鋭い言葉を投げかける林大田。その眼差しは私怨に満ちていた。

 気にする素振りは見せず、むしろその眼差しを反射するかのように冷たい眼差しを見せるジャック。

「知ってるでしょう? 私は暗殺人を紹介、提供する暗殺者。今回の件は、私の読み違いでしたもんで。まさか、赤雲会が福成だけでなく槍竜にも恨みを向けるとは思いもしなかったんですよ」

 冷たい目を向けながら笑みを見せるジャック。そしてその笑みはやがて企みを含む顔へと変わる。

「でも、これで貴方は大義名分が出来たんじゃないですか?」

 言われてみればそうであるし、現状の形では赤雲会が先に手を出したようなものにとなっている。

 その指摘に林大田は難しい表情と言葉が淀んだ。

「まあ、まだここからですよ。俺も情報戦は自信があったんですがね、この林継という男に一歩出し抜かれましたよ。先回りされましてね、今の状況になったわけです」

 今の状況、それがどういう意味であるかが分からず、ただ続きを待つ。

 しかしその答えはジャックからは出ず、代わりに林継が語った。

「ええ。福成さんとの戦いの後に色々と探ってましたら怪しい西洋人がいるとの事で、すぐさまに孤立状態にして捕まえたんですよ」

 のほほんとした表情で語る林継。

 ジャックをよく知る張福成は、それがどれだけ大変な事であり、やり方を熟知している策士であると分かった。そして一つの疑問も生まれた。

「林継。汝の家は廃れた名家と聞いた。そのはずなのに、どうやってそのような手を?」

「簡単ですよ。妹には無くて僕にはあるもの、人望を使ったんですよ。家は廃れてしまいましたが、僕に付いて来てくれる人は多かったんですよ。自主的ですがね」

 ジョックよりも一歩先の情報戦を成せた理由、そして宋星らが自らの手で行わなかった理由にも合点が行った。

「その発言からするに林継、太刀会のほとんどがお前と林徳児によって宋星に付いたのだろう? だとすれば、宋星が欲しているのは自分の手駒として動かせる兵か?」

「流石はその世界に精通しているだけありますね。ええ、そうですよ。もう私は完全にあの人から敵として見られてますから言いますが、宋星の狙いは政界の座、あるいは政治界の地位が目的ですよ」

「それを成すための駒、ということか。であれば、どうして赤雲会と我ら槍竜を潰し合わせるような事を?」

 林大田はそうした情報を照らし合わせても今だに一つの確信が得られずにいた。それは宋星の目的を成すために必要な過程と、手段のやり方である。

 一番よく太刀会を知っている林継に代わり、裏社会を知るジャックが答える。

「リストの組織、人物を数個だけ抹消できればそれでいいんだよ。そうすれば彼は晴れて政界、それも高い地位に付ける。そういった取引をしたんだよ。だから、後のことはどうでもいいんだろう。そしてそのリストに赤雲会と槍竜があっただけの事だ」

 ポケットから煙草とライターを取り出し、煙を吹かすジャック。

 本来であればこのような情報が流出することは無く、契約を交わした当の本人しか知り得ない情報である。しかしこの男は知っている。彼が口にした通り、情報戦に自信があるのは確かな事であるらしい。

「ジャック殿。失礼だが、どのようにしてそのような情報を? 全てがそうであったとして、なぜ貴方はそこまで知っている?」

「それは企業秘密ですよ、林大田さん。ですが、これだけは確かなことです。宋星は政界寄りの裏の人物であり、今じゃ多くの組織、人物からヘイトを買ってます。その反面、一部の政界の者は彼を頼らざるを得ない奴もいます」

「故に、一部の者からは死を望まれ、また一部の者は裏世界に精通している彼の力を必要とされている、か」

 張福成のこくりと頷くジャック。

 彼が言うヘイトを買っている事は、ジャックたちが所属するマッド・ラインも宋星にはあまりいいイメージでは無いのだろう。そんな状況下にて李丹を通して間接的ではあるが命令を聞いているのは気に食わない、とのことを言いたいのだろう。そしてそれはまたアンナも同じである、と言うことくらい張福成は瞬時に見抜くことが出来た。

 直接と口にしないジャックの本心。それは仕事上仕方のないことであろう。マッド・ラインに所属していたから分かるルール。一度受けた依頼は失敗、遂行するまで破棄できない。そうした理念故に本心は語らず、何をして欲しいかは語らない。

 おおよその事を知った張福成は、何故この会談に林大田と自分を対象としたのかも納得できた。

「分かった。宋星を殺してしまっても構わないな? 

 ニッコリとした笑みを浮かべる林継。隣に座るジャックは不敵な笑みを浮かべてただグーサインを出す。

「ええ、僕の名義で殺しの依頼をお願いします。そのためにならある程度の協力はします。その代わり、交換条件を一ついいですか?」

 その問いかけの答えについて張福成は林大田にと答えを仰ぐ。

「できるだけの事は対応してみせよう。言ってみるがいい」

「今の太刀会に居る人たち、宋星に騙されて所属している人たちを見逃して欲しいです。元々、彼らは同じ武のために集まった方々ですから」

「ふむ。それはまた、少し難しい話をする。どう思う、福成?」

 太刀会との直接的なやり取りがあったのは張福成であり、その判断をするのは彼にあると判断した林大田。故に答えは張福成にと任せる形にと持っていこうとした。

 林大田の気遣いをうっすらと感じ取った張福成はじっくりと考え、一つの答えを導いた。

「では林継、お前が太刀会の者たちを自分の傘下へと迎え入れろ。その間に我が宋星を殺す。宋星が死んだ後、太刀会の頭目は林継となり、我ら槍竜の傘下に収まってもらう。これでなら、構わない」

「んー、その傘下と言うのは連合的な意味合いですか? それとも従属的なものですか?」

「どのように受け取って貰っても構わない。こちらを守ってくれる間はこちらもそちらを守る。ある程度の命には従ってもらう。そんなものだと思ってくれればよい」

 あえてどちらかは明言せず、受け取り方を委ねる。このようなやり方に林継は少し考え、彼の思惑を探ろうとした。

「頭目を僕にする理由を聞いても?」

「名があるからだ。汝は多くの太刀会の者たちから慕われているのだろう。であれば、汝が頭目になれば付き慕う者たちも文句は言わないだろう」

 含みのある笑みを浮かべ、張福成のその答えを返す。

「いい判断です。ですが、それでは槍竜の者たちが納得しないと思いますよ? 僕が頭目になるのは、その次でいいです。宋星の死後、頭目になるのはあなたです」

 そう、指をさしたのは張福成であった。それが意味することは、太刀会を存続した後の指導権は完全に槍竜に渡す、との意味でもある。

「馬鹿な事を。我が頭目になれば、槍竜が好き勝手に汝ら太刀会を指示することができるんだぞ。それは汝の求める事とは離脱したことのはずだ」

 仮に張福成が頭目となれば、槍竜は太刀会を好き勝手に操ることができる。そしてそれは、今よりも強大な力を手に入れる事でもある。そして槍竜が強大に成り続けた先、その未来で林継が頭目になったとしてもその後に太刀会が槍竜と同等の扱いの組織として見られることは万に一も無いことであるのは明白である。それこそその関係は、従属といった関係だ。

 何が目的なのかは分からない。だが、彼が自分を指して頭目になるのは自身の後で良い、と言うのには何か理由がある。それを明らかにしない限りは素直に条件を飲むことはできない。

 林継の口からその答えを聞こうにも、彼はそれを語ることは無い。自身の言いたいことを言い、後は流れに任せる。そういう男であると何度かのやり取りで張福成はそう感じ取った。

 言いたいことだけを言い、後は流れに任せるといった人物はどうにも張福成は苦手であるのか、頭に手を当てて困った装いをする。そんな中で、横目でふと見てみれば、視線に気づいたのか林継は笑みで返した。

「我は汝と違って名のある者でもない。パッと我が出てきて『汝らの頭目をする。従え』と言っても誰も来ないのは明白だ。なるほど、そこが狙いであるか」

 意味の分からない要求に対して一つの仮説が出来た。この林継という男はひとまずは太刀会を存続させ、自分が突如と頭目になったことにより不満点を稼ぎ、どこかのタイミングでその不満を爆発させて槍竜と戦うための大義名分を得る。そう、張福成の頭の中ではまとまったのだ。

 総力的には槍竜の方が上回っているが、一人一人の戦いの練度として太刀会が上であるのは確かであり、下手に林継を刺激すれば太刀会以外の林継を慕う者までも挙兵しかねない状況となるだろう。そういった状況は不味いものである。

 のほほんとした態度と立ち振る舞いをするこの男。だが、その陰にあるのは恐ろしい程の人脈、知略、策略なのだろう。

 苦い顔を浮かべる張福成に対して林継は言う。

「はい、その気になればそうすることも可能です。ですが、そうではありませんよ。名が必要であれば偽ればいい。あなたは張徳成ちょうとくせいのご子息を名乗って貰えばいい」

 ニヤリと、不敵な笑みを浮かべる林継。

 その言葉に目を見開く張福成。性は同じであるが、親類でなければ、関係性もない。そのはずである。無茶な話である。

 義和団の乱にて活躍した義和団の指導者の一人、張徳成ちょうとくせい。張福成が彼の子孫、その親類であると名乗れば確かにある程度はついて来る者もいるだろう。武を歩む者、少なくとも義和団の者であれば。

「……噓も方便、と日本あっちにいた頃に学んだ。いいだろう。それでいこう。ただし、手筈は任せた。報告は怠るな。林大田、それでいいか?」

 頷く林大田。林継の出した案と、張福成のまとめに構わないと伝える。

「それでいいだろう。ところで、一ついいかね? アンナ、と言う女は自分の意志で宋星の下にいるのかね? そうでないのであれば、彼女はこの場に居るはずだが」

 その問いにバツが悪い顔色で、答えを渋る。

 目の前に張福成が要る故か、あるいはこの事を語るべきかどうか。それほどにこの事は語るに難しい事であった。

「我の事なら構わん。言え」

「そうか。なら、言わせてもらう。アイツは、アンナはあんたの事で自暴自棄、死亡願望であんな風になりふり構わずになってる」

「我の事で、か? あれは過ぎたことだ。それに、仕事故に仕方のない事だろう」

 首を横に振り、ジャックが言うそのことについて終わったことであると片付ける。

 ジャックの言うソレは張福成自身がよく知っているつもりであり、暗殺業をやっていく上では仕方のない事だと割り切っていることだ。そしてそれは、彼女も良く知っている筈だと。

「そうかもしれねぇが、そうじゃねえ。俺とお前、アイツとの関係はそんなので片付けていいもんじゃあねぇだろう」

 今まで見せていた態度とは変わり、感情を顕わにして情に訴えるようにして言うジャック。

 立場は変わってしまったが、それでも彼にとっては昔と同じままなのだ。

「なあ、福成。あの頃の事を未だに話してねえなら、この場で話すべきだ。じゃないとアンタは、全てを自分一人で背負うことになるぞ。そうなりゃあお前は、アイツを失うことになっちまうぞ」

 ジャックの放った言葉。失う、と言う言葉に張福成の眉がピクリ、と微かに動いた。

 刹那とも言えるそんな僅かな意識の遠のき。ソレを見逃していなかったジャックは追撃を入れるかのようにして言う。

「お前は林大田に救われた。だったら、それ以降は俺らの事はどうでもいいってことかよ? そんなの悲しいじゃねぇか。それで死んだら、アイツが浮かばれねぇよ」

 目を閉じ、落ち着く。情に流され語るか。あるいは、自身の過去なぞ過去のままにしておくか。

「福成。お前の過去について、私も知りたい。マッド・ラインにいた頃、何があったのか」

 林大田からの言葉にハッとした表情で張福成は考えをまとめた。いや、正しくは決意を固めたのだ。

「分かった。語ろう。我があの頃どう生き、何があったのかを」

 彼の眼は真っ直ぐと何かを見つめ、今一度過去と見つめ直す決意を決めた。

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鬼『OGRE』 七音壱葉 @nanaon_ichiha

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