(六)槍と刀

 ホテルにたどり着く張福成と周天。ロビーに入ってみればそこは静寂に包まれており、まるで彼を待っていたかのように文明天が槍を携えそこにいた。すぐ隣には縄で拘束された林大田がいた。見る限りでは手荒に扱わておらず、まるで自らが身を差し出したかのようである。

「福成。あいつが、例の奴だ。そして……ボスがあそこにいるって事は――‼」

 横に立つ張福成を見てみれば、いつの日かの眼をしていた。あの日、初めて会ったあの夜の眼差し。林大田が襲われ、それを知った時の眼だ。

 ゆっくりと刀を抜き、構えるわけでも無くただ間合いを計る張福成。それを面白く見る文明天。

「お前が張福成だな。李国利はアンタの事を高く評価していたが、どうかね?」

 槍を回し、構える。いつでも攻撃、防御が出来る態勢で。一方で張福成は構え、といった姿勢はとらず、ただそこに立つ彼を見ていた。

 いつでも林大田を殺す事ができるこの状況。けれどそれをしないということは、何か別の目的があるということ。それを探り当てるまで、迂闊に手を出すことは危険である。

「李国利殿はどうした?」

「フッ、今は生きている。林大田の身柄と引き換えに命は取らんでおいた」

 今は生きている、その言葉に眉を顰める張福成。やはり狙いは林大田であり、恐らくは赤雲会の差し金であろう。だとしても、赤雲会にこれほどまでに達者な功夫クンフーを感じさせる者がいただろうか。張福成の記憶においては、そのような相手は知らない。

「時にお前。太刀会の輩か? それとも、我が知り得ぬだけで赤雲会の者であるか?」

 その問いに一瞬だけ、ほんの僅かであったが文明天は睨みを利かせ、笑い飛ばすようにして言った。

「俺はそんなのには属してねぇし、仲間になった覚えも無い。ただ俺は強いやつと戦い、武の頂に立つことこそが生き様」

 目付き、言葉の強さに嘘は無い。恐らくその言葉は真意であり、自身の信ずる武の道を歩んでいる。同じく武を歩んでいた張福成はそのことが瞬時に分かった。

 武を歩む彼は、強い者と戦うためにありとあらゆる事をする。そしてこの行為もまたそのためであり、いま彼が目の前にしている張福成という男との戦いを求めているのである。

「雇い主の命令は……ある男を殺せ、だ。だがまあ、その前に力を示さなければいけないらしくてな。一つ、立会人を入れた手合わせを願えるか?」

 そう言うと、ロビーの奥の受付からある中年の男が出てきた。その者に張福成は見覚えがある。片腕が無く、もう片側は三つの指しか無い男。そいつは赤雲会の幹部、王天心おうてんしんだ。

「久しぶりだな、刀の男。お前の事はよーく調べたぞ。まさか数年前に死んだと思っていた林大田の用心棒だとはな。日本に雲隠れしていたんだとな」

 今の彼には余裕がある。まるで張福成を負かしている、自身が圧倒的有利にいるかのように。王天心にはここで張福成を倒せるというビジョンが見えているのだろう。

 素性の知れぬ武人と再び槍竜にと弓引く王天心。色々と知りたいことはあるが、これで張福成が戦う理由としっかりとした口実ができた。

「林大田の用心棒、張福成。相手をしてやる。名乗るがいい」

「言われずともさ。六槍会の一本槍、文明天。その身、強者つわものならばこの槍を超えてみるがいい」

 先に一歩を踏み出し、距離を詰めたのは文明天であった。

 突き出される槍は速く、的確に頭を狙い穿たれる。それを刀で払い、軌道をずらす張福成。

 槍の狙いはバラバラで、突かれる度に変わる。一見、当てずっぽのようでであるが違う。どの狙いも的確であり、確かなものである。

 このバラバラな突き方が張福成を苦しませていた。素早く、的確で不規則な攻撃。相手の動きを観察し、瞬時の対応で避け、対応する彼にとってそれらから一つの癖を見つけるのが難しかったのだ。

 防ぎだけでは繋ぎの一手を出せない。攻めに繋げるためには近づき、攻めの一手を決めなければならない。

 次の突きが来た瞬間、張福成は身を捻り、回転して体を前へと避ける。

 槍が王天心の元へと戻るには若干の隙がある。その隙を狙い、後方宙返りをその場でするかのようにして蹴りを王天心の顎へと入れる。

 蹴りから繋ぎに刀を振り下ろす。が、その攻撃は槍によって防がれる。

「なるほど。張福成、と言ったな。その強さ、技量は確かなものだ。相手として申し分ない。だがッ――」

 思い切りの良い槍の一振り。その払いで刀は弾かれ、再び二人の間に間合いが生まれる。

「いいぞ、その調子だ。文明天、さっさとそいつの首を刎ねろ」

 外野からの声。王天心は嬉々としてその様子を眺めていた。まだ決着もついておらず、どちらとも決定打を決めていないにもかかわらず。

 二人にはその声は届いておらず、ただこの場の流れを見極めようとしていた。

 一手間違えればその瞬間で勝負が決まりかねないこの状況。一人は相手の出方と槍先を注視し、もう一人はこの状況を楽しんでいるような笑みを浮かべている。

 再び刀と槍が交わり、火花が散る。

「む。やはり、六槍会を相手取るのは中々と手が掛かる」

「フッ。なんだい、お前知っていたのか」

 張福成の口から出た六槍会の名。そしてそれを聞き、あっけらかんとした態度で構える。

「六槍会。この世界でその名を知らぬ者はただの愚か者だろ」

 槍を大きく、まるで演武を披露するかのようにして振るって見せる。

「そうか。そこまで俺らの名が知れ渡っていたか」

 笑みを浮かべる文明天。自身の属する組織の知名度に悦に浸るかのように。だが、その本心は違った。彼はただ自分と同等、あるいはそれ以上にやれる者との出会いに喜んでいた。

 息遣いが荒れ始める張福成。槍、長物を使った者との戦いは過去に何度もあった。だが、この王天心という男はそれまでの相手とは一線を画していた。

 武術、体術、身の動かし方は槍と一心同体。そしてその武術はどの型にも属さぬモノ。ソレは独自の発展をしたわざだ。

「にしてもその技。元の形とは離れてはいるが義和拳のものだろう。分からんな……なぜそのような奴がこんな裏社会の組織に属する?」

「我が選んだ道だ。それに、我が進む道は武よりも殺に向いていた。それだけの話だ」

「武よりも暗殺、か。だが、それの根本にあるのは武であろう。でなければお前のその技量、戦い方はそうはならない筈だ」

 見透かしているかのような言いよう。武人だからこそ分かるものがあるのか。あるいは、ただそれっぽいことを言っているだけなのか。

 身体の疲労は先ほどの戦い故に溜まっていた。若干ではあるが、反応が遅いと自覚できる程にであった。このまま戦いを続ければ文明天に勝てたとしても、その後の王天心やその他赤雲会を、林大田を守りながら相手取る事は難しくなる。

――であれば、ここで決める。

 一歩駆け出し、間合いを詰める。待ち構える槍に向かって。

「無策の突撃じゃあ、俺の槍は捌けんよ」

 張福成の突進と合わせて槍が突き出される。

 ソレを避けるのは容易い事だろう。だが、彼はそれをしなかった。向かってくるソレを避けず、刀を捨てて左腕で受け止めたのだ。

「な⁉ 正気の沙汰じゃねぇだろ」

 槍先は張福成の左腕、手首下十センチ辺りを貫通した。

 追撃をしようにも己の武器である槍は既に張福成の腕を貫いており、抜こうにも容易には抜けなかった。これでは槍を戻せず、追撃の一手が打てない。張福成はこれを狙ったのだ。

 腕の痛み知らず、迫る張福成。それどころか左腕を振るい、文明天が握る槍を手放させた。

 間合いに入った張福成。彼は拳を握り、破壊の一撃を放つ。

 破壊の一打は腹部にと当たり、文明天はその場で膝を着き、張福成を見上げた。

「な、なんて野郎だよ。たった一撃で、何本の骨をッ‼」

「身体の作りはよく知っている。故に、どこが脆く、どこを突けば容易に壊れるかもな」

 腕に突き刺さる槍を抜き、遠い方へと投げる。

「福成。腕は……」

 戦いにひと段落がついたからか、周天が声を出して負傷している腕を気にして言う。だが、特段と気にする素振りも見せずに彼は平然としていた。

「これくらいなら、直ぐに好くなる。さて、誰の命だ? 赤雲会の命では動かんだろ、六槍会は」

 慌てる表情を浮かべる王天心を横目に、その真意を探ろうとする張福成。それに対してただ苦い笑みを浮かべる文明天。

「へへ、言ってもいいか難しいが……言わなければならない状況だな。それが、勝者の特権だからな」

「ま、待て。情報は一番の取引材料だ」

 情報が洩れるのがそれほど嫌な様子であった。しかし、それで止まる様子でもないのが文明天である。

「そんなんだから下手なんだよお前は。あいつは気にしなくていい。俺は命ではなく、紹介されて赤雲会に付き添い、アンタらに槍を向けた。命令の過程だよ」

「命令の過程? では、我らが標的ではないのか?」

「最初の方に言ったろ? 力を見せるために、って。本来の命は――」

 その続きを言おうとした時だった。ロビー入口の扉が開き、二人の男が入ってきた。一人は林継りんけいであり、もう一人はアロハシャツを着た白人の男。

「僕を殺すこと、ですよね。やっぱ、もう僕は用済みか裏切り者扱いされていたんですね」

 にこにこと語る林継。まるで彼はことの全てを知ったかのようであった。

 彼の隣にいる男。手には既に銃が握られているが、誰かを狙おうとはしておらず、ただ見せているようである。

「ハッ、やっぱりか。そのツラ、俺が嫌いなアイツだよな? 六槍会を抜けた名家生まれの坊ちゃん野郎の林継」

 悪態と睨みを利かせる文明天。一方でそんな悪態を受けても気を悪くせず、にこにこと「はい。そうです」と答える林継。どうやら二人にはどこか関係があるようだ。

「まあいい。続きだ。ここから先については言おうか渋る予定であったが、来てしまったからには言おう。俺を赤雲会に紹介したのはあのアロハの男。その名は――」

「ジャックだろう。そして、その命から察するに……やらかしたな」

 張福成は目をつむり、哀れむようにして言う。もうこの時点で何をしでかし、この先の王天心の末が見えたのだ。

「王天心さん。言ったよね、“そいつや、俺の友人に手を出したらしっかり報復するからな”って。契約違反は良くないよねー」

 目元の笑みは見せずに笑いを浮かべ銃口を向けるジャック。なにが何なのか分からない王天心ただ騒ぐ。

「何がだ。アンタの友人、文明天に手なぞ出しておらん。やらかしたことなど――」

「いや、あるよ。やっぱさ、あんたはこの世界に向いてない。情報弱者過ぎるよ。俺と張福成は友人なわけであるし、元ではあるけど同業者だよ。それに――」

 ジャックは憎悪に満ちた目線と態度で言う。

「我々マッド・ラインは槍竜と少なからずの関係を持っている。その証拠がだよ」

 絶望しきった顔を見せる王天心。マッド・ラインと槍竜の関係性。そんなのは知らないし、あるなんて考慮しなかったいや、主な活動大陸が違うのだから考慮の余地に入れてなかっただけだ。でも、もしも慎重にやるとすればそこまで調べるべきだったのだろう。しかし、彼はそれを怠ったのだ。

 妙な会話とやり取りに周天は訳が分からず張福成の顔を見つめて問う。

「どういうことなの? それに、ジャックって?」

「普段は西の方にいる我の友だ。協力を仰ごうと思ったが、まさか来ていたとはな」

 二人の会話に手を振って応えるジャック。

「偶然の依頼でね。それについては後で言うよ。さて、何か弁明は?」

「し、知らなかった。それに、これについていはおま――」

 一発、二発、三発と銃音が響く。その音の後には王天心の亡骸が転ぶだけであった。

「いらないよね。こんなにサービスしてあげたのにね」

 懐に銃を納め、張福成にと近づく。

「久しぶりだね。こっちの仕事はどうだい?」

「見ての通り。いや、汝なら知っているだろ」

「ちょっとはね。話し合いの場を設けて欲しいけど、できる?」

 にこやかな笑み。はにかんだ表情で張福成を見つめるジャック。警戒するような素振りは見せず、ただ自分は会談をしたいとの意図を示す。

「この文明天はどうする? 引き取ってくれるのか?」

「元の依頼がそこの林継の抹殺だけど……依頼が依頼でね。有耶無耶にしたいな。できる?」

 文明天は訳も分からず、以前と膝を着いたまま張福成とジャックの顔を交互に見る。そしてその訳の分からない状況は周天、林大田も同じくであった。

 二人の間にあるのは確かな信頼。その信頼から二人は自分の望むモノを引き出そうと言葉を操る。

「お前の力があれば、できる。文明天を引かせるのであれば、我の独断で何とかしてみせよう」

「フッ、寛大なこった。俺だけでどうにかなるのでありゃ、後が怖いねぇ。よし、分かった。ではここで一つ俺からも望むことがある」

 視線を一度林大田の方へと向ける。その視線は冷ややかなものに見えた。まるで雪上に凍る草花のように。

「会談を求める。槍竜幹部である林大田とその付き人である張福成。こちらからは林継と俺、ジャック・B・キングとの立ち合いだ。付添人は何人いようが構わん」

 張福成は一度、林大田にと目を向ける。彼はこくり、と頷きを見せる。

「分かった。その会談申し受けよう」

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