私を選んでくれてありがとう

月のひかり

第1話 会ったことありますか

 皆さんは、喋る猫に会ったことはありますか?

私は、今から20年程前に会ったことがあります。その頃、私の実家は、今で言う「保護猫活動」に近い活動を個人的に行っていました。

 個人的な活動なので宣伝等してはいませんでしたが、噂で広がるのでしょうか。私の家の前に箱に入れた子猫を置いて行く、子猫が産まれたから引き取ってくれと電話が来る、成猫を飼えなくなったから面倒を見てくれと持ってくる、等など。

 当時、私の家に猫を連れて来た方々にも、それぞれの事情があったとは思いますが、猫達はそんな人間の感情に敏感なように感じました。悲しそうな顔をしている子もいました。元気がない子もいました。おっかなびっくりな様子で、私を見上げる子もいました。



 喋る猫は、箱に入れて玄関前に置かれていた子猫達の一匹でした。「さくら」(仮名かめい)と名付けました。三毛猫の、色がぐじゃっと混ざった模様の女の子です。

 さくらは子猫の頃から、人にあまり甘えたがらない子でした。私の家族は基本的に猫にべったりで、さくらには鬱陶しいスキンシップだったのだと思います。成長していくにつれて、さくらは、家族に懐かず、私にだけ懐きました。私が過剰にべったりせず、どちらかと言えば、必要なお世話以外は滅多に構わない、そういう接し方の人間だったからかな、と今では思います。



 気がつくと、さくら(仮名かめい)は、つかず離れずの微妙な距離感で私と共に暮らしていました。同じ空間に居ても、膝に座る事もなく、私が話しかけることもなく。ただ同じ空間に居るだけです。

 今、思い出してみると、なんだか長年連れ添った夫婦みたいですね。お互いが空気の様な存在。傍に居て当たり前だから、存在が無いと生きていけません。そういう関係だったと思います。なかなかに居心地の良い関係でした。



 さくらは室内生活の猫でした。一緒に生活していた室内猫達よりも食の細い子で、体も小さい子でした。

 長い尻尾を意味ありげに動かしながら、ゆっくりとモデルの様に優雅に歩いて食卓に来るのが、さくらのスタイルです。食卓に着くと「にゃあ」と短く、少し低めの声で猫らしく鳴くのです。そこで「ご飯」欲しいんだな〜と私は判断して、食事を出します。

 その日も、さくらが、いつものスタイルで食卓にやってきました。私から少し離れた所に、ちょこんと座り、真っ直ぐにこちらを見ます。あぁ、「にゃあ」が来るな、と思いながら、さくらを見つめると

「お腹空いたー」

そっか、お腹空いたかー。

今、ご飯あげるねー。

………あれ?

私は、ご飯を用意していた手を止めました。今、聞こえたのは猫の鳴き声ではなかった……。

いつもの「にゃあ」ではなく、人間の言葉で「お腹空いたー」と聞こえたのです!

えぇ~?

なんだか、驚いたような、混乱したような、不思議なような………。幾つかの感情が混ざった状態でしたが、疑う、という考えは全く無く。喋るさくらを、あり得る事かな、と受け入れてしまいました。

 私の手が止まり、ご飯がなかなか出てこないことに痺れを切らしたのか、さくらが催促しました。

「ご飯まだ〜?」

その時、はっきり見ました。さくらの口がぱくぱく動いています。だけど、そこから発せられたのは猫の鳴き声ではなく、人間の言葉でした!

うわぁ………。

とても不思議で、胸の中いっぱいにワクワクと、ガッツポーズで飛び上がりたい様な気持ちが溢れたのを今でも覚えています。

 

 その後も、さくらは度々、人間の言葉で話してくれました。

「ご飯食べたい」等の生きるための基本的な欲求に関してのみでしたが。それでも、私以外の家族には「にゃあ」としか聞こえなかったので、私とさくらとの絆はとても強いのかな、と嬉しく思いました。

 喋るようになった、さくらとの日々は、それまで以上に楽しくなりました。家に帰るのが楽しくなりました。さくらが居ない生活は考えられなくなっていました。

 


 しかし、永遠の命はありません。さくらは病気に罹り、殆ど闘病生活も送らず、呆気なく生涯を終えました。私を置いて逝ってしまいました。

 さくらを失って暫くの間、私は世界がモノクロ映画のように色が無い、死んだような空間に見えました。食事もあまり摂れなくなっていったのを覚えています。さくらのことを思い出して、夜は布団の中で泣きました。

 

 そんなある夜。

私は夢を見ました。

私の部屋に、私とさくらがいます。逝ってしまった筈の、さくらが居る!私は夢の中で驚き、喜んでいます。さくら、生き返ったんだ!と喜んでいます。

そんな私に向かって、少し離れた所に座ったさくらが、口を開きました。

「一緒に生きられて楽しかったよ。悲しまないで。さようなら」

そう言い残すと、あの優雅な歩きで部屋を出ていきました。私は後を追おうとしたのですが、部屋から出られないのです。夢の中で泣きじゃくっているうちに目が覚めました。

 


 さくらが、私のことを心配して最後のお別れに来てくれたんだなと思いました。さくらと過ごした時間から、20年近くの年月が経ちました。その間にも沢山の猫達との出会いがありましたが、喋る猫には、さくら以来会ってはいません。たぶん、これからも、もう喋る猫に会うことはないと思います。

 

 ――沢山の幸せをくれて、ありがとう、さくら。


※※この文章はエッセイです。事実を記載しているため、猫の名前を仮名かめいで「さくら」としております※※

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