第2話

 俺は自室に戻るなり、何もかも忘れたくて、ベッドに横になった。


 ふと棚を見ると、小さいころにかき集めたアニメのグッズが並べられている。その横のハンガーには、ミスター・ソレイユのヒーロースーツがつるしてあった。


 アニメのヒーローは、永遠にヒーローのままだ。何せ、ラスボスを倒したらそこで物語が終わるのだから。けれど、現実のヒーローは違う。脅威が去ればそこでヒーローの需要はなくなる。そんなこと、少し考えればわかるはずなのに。高校時代の俺はやっぱり、自分に酔ってたのかもしれない。自分が特別で、最強の、正義のヒーローだって。実際三年前まではそうだった。あの頃の俺は、太陽みたいにキラキラしていたんだ。


 そんな風に一人で考えて自己嫌悪に陥っていると、突然、遠くから破裂音のようなものが鳴り響いた。何事かと思って窓から外を見ると、山のほうで黒い煙が上がっている。なんとなく嫌な予感がしたので、変身できる用意をして現場に向かうことにした。





 悪い予感は当たった。黒々と光る見慣れた巨体が、木々をなぎ倒して暴れまわっている。近くに人はおらず、まだ家なんかにも被害は出ていなそうだ。


 どこで生き延びていたのか知らないが、これ以上暴れられる前に止めないと。俺は周りに誰もいないことを確認して、ミスター・ソレイユに変身する。実践は久しぶりだ。俺は拳にサイコパワーをこめて、荒れ狂う怪物に一撃をお見舞いする。


 一瞬怯んだ隙をついて、二撃目を叩き込むが、怪物は倒れない。それどころか、俺に気づいた怪物はさらにパワーを増し、背中から生えている触手のようなもので襲い掛かってくる。


「くそ、速すぎる……」


 触手の攻撃を避けるのに精いっぱいで、なかなかこちらから攻撃することができない。ならば飛び道具で攻撃しようと、俺は倒された木を念力で飛ばす。しかし、スピードが足りなかったためか見切られてしまう。


 さらに、触手による攻撃を受けた部分のスーツが熱によって焼け焦げていた。この触手に捕まったら終わりだ。俺はテレポートでさらに怪物から距離を取った。


 しかし、こんなに強い怪物、三年間もどこに隠れていたんだ。確か、このあたりの地下には秘密結社スペクターの研究所があったが、残党がいないことは念入りに確認したはずだ。


 とにかく、今はこいつを倒すことだけに集中しなければ。しかし、戦闘準備なんてしていなかった俺には、今この状況を打破できそうな手段がない。相手の攻撃をさばきつつ、飛び道具で牽制することしかできていない。


 せめて、触手さえ止められれば直接攻撃できるのに。だがこの状況では機動隊なんかの協力は期待できない。せめて、俺と同じような超能力者でもいれば……。


 ……いや、いるじゃないか。俺と同じどころか、が。


 攻撃を受けながら、俺は微弱なテレパシーを流す。普通の人間は気付くはずがない微弱なものだが、気づくはずだ。単純なヘルプサイン。彼がどこにいるのかもわからないが、それを受け取ってくれさえすれば。



「俺を呼んだのは君か?」


 数秒後、後ろから声がした。テレポートで一瞬で駆けつけてくれたのだ。具体的な事情を話している時間はないし、する必要もない。俺なら、きっと、やってくれる。


「ああ、あの触手の動きを止めておいてくれ、頼む」


 その言葉に、三十歳の俺は一瞬驚いたような顔をして、でもすぐに、


「わかった。後は頼むよ、ヒーロー」


 三十歳の俺は、山にあったらしい大量の植物のつるを念力で操り、それで触手を縛って固定した。その光景を見て俺は唖然とする。どう考えても、今の俺より強い。


 だが、あっけにとられている場合ではない。彼のほうを向いてうなずき、俺は怪物の正面まで近寄る。そして、ありったけのサイコパワーを右の拳にこめ、『必殺の一撃』を放った。




 怪物がコア状態に戻ったことを確認した俺たちは、変身を解除して、地下の研究所跡を見に行くことにした。無機質な地下道を、二人はただひたすら歩いていた。


「さっきは、助けてくれてありがとう」俺は、俺に礼を言った。


「ああ、しっかし、久しぶりにあんだけ超能力使ったなあ。こちらこそ、なんだか昔に戻れたみたいで楽しかったよ」


「あのさ」


「なんだ?」


「やっぱり、ヒーロー、またやる気はねえのか?超能力、どう考えても今より強いし。正直、俺なんかよりずっとヒーローに相応しいと思うけど」


「いや、まあ確かにサイコパワー自体は年々強くなってはいるけど。でもさっきのは、仕事で書類まとめるときにたまに念力使ってるからできただけだ。むしろ、最後の一撃、すごかったよ。今の俺にはあんなのはできないや。そう考えたら、やっぱり今の俺はヒーローに相応しくないよ」


「……なあ、俺は、それでもいいのか?十年後の俺は、ヒーローじゃなくてもいいと思えてるか?」


「うーん、そうだな。どっちかっていうと、完璧にあきらめたって感じかな。そりゃあ、あこがれてたアニメのヒーローみたいにかっこよく活躍できたら、それに越したことはないけど」


 そんな風に語る未来の俺の姿は、今にも泣きそうなほど寂しげに見えた。


「なんかさ、大人になると現実見えるっつーか。今の君ならわかるだろう?いつかは向き合わなきゃならないものがあるって」


 俺は、彼の話を聞いているのがなんだか苦しくて、何も言い返せなかった。


「だから俺は、ヒーロー活動きっぱりやめて、就活頑張って、今は仕事もそれなりにやれてる。超能力も結構使えるし。だからまあ、ヒーローじゃなくても、夢やら憧れやらがなくなっても、君が思ってるほど未来はひどいもんにはならないよってことだ」


 そうこう言ってるうちに、研究所があった空間にたどり着いた。今は何もかも完全に撤去されて無の空間になっているはずだった。しかし、そこにはブラックホールのような、謎の穴が出現していた。


「な、なんだ、これ」


「ここからあの怪物がでてきたのかな」そう言って三十歳の俺がそのブラックホールに近寄ると、ブラックホールは急激に歪みはじめ、プラズマのような光を発して白い穴へと姿を変えた。


「なんなんだ、これ……」


「……そうか、なるほど。わかったよ。これはきっと、時間を行き来できる穴だ」


「え、これが?」


「ああ、これを見て思い出した。俺確か、夢の中でこんな感じの穴に吸い込まれたんだ。きっとこの白い穴は未来につながってて、黒いのは過去につながってたんじゃないか」


「そうか、だから怪物が過去からやってきて……って、じゃあこの穴は誰が作ったんだよ。秘密結社の連中はもうだれもいねえぞ」


「そんなぶっ飛んだことができるのは、この街には一人しかいないんじゃないかな」


「それって……」


 俺が、この穴を作ったのか。寝てる間に無意識に。そんな。超能力の暴発は幼稚園児依頼一度もしていないはずだが、なぜ昨日になって急にやってしまったんだ。そもそも、超能力でタイムスリップなんてできたのか。自分の力ながら、超能力は本当に分からないことだらけだ。


「多分無意識だろうし、なんでそんなことしちまったのかは分からないけど。とにかく俺は、十年前に戻れてすげえ楽しかったよ。ここ通れば多分元の時代に戻れるだろうし、俺はそろそろ……」


「……待ってくれ」


 未来へ帰ろうとする俺のスーツを引っ張って止める。ここで終わってしまったらいけない、まだ大事なことを伝えきれていない、そんな気がした。


 俺は未来を考えた。近い将来、ヒーロー、ミスター・ソレイユはいなくなる。そして俺はどこにでもいる、ただのサラリーマンとして、現実をそれなりにうまく過ごすのだろう。けれども、それだけでいいのか。さっき二人で怪物を倒した時、すごくうれしかった。超能力を使って怪物と戦っていた時、その緊張感にどこかワクワクしてた。やっぱり、俺はヒーローでいたい。その気持ちに嘘はつきたくない。今も、これからも。


「今でも、『ヒーローが大好き』だよな」


 俺の言葉に、一瞬驚いたように動きを止めるが、次の瞬間、顔をほころばせて、


「ああ、ずっと大好きさ」


 子供みたいに、笑った。




 未来の俺を見送ってから、俺はテレポートですぐ家に戻った。山で怪物のコアが発見されたことがテレビの速報で報じられていたが、どうやら俺たちが倒したことはばれていないらしい。


 そういえば、未来の俺はきちんと未来に帰れただろうか。少し不安ではあるが、向こうも超能力者。多少のトラブルはなんとかするだろう。


 俺は自室のヒーローグッズを眺める。フィギュア、変身道具、武器。あの頃大好きだったモノたち。そしてその横には、ミスター・ソレイユとして戦った証の、ボロボロのヒーロースーツたち。


 たとえヒーローでなくなっても、ヒーローとしての自分が忘れ去られたとしても、ヒーローだった自分が、なかったことになるわけじゃない。そして、ヒーローが好きな気持ちが、なくなるわけではない。十年後も、二十年後も、それ以上たっても。俺はヒーローを愛し続け、あこがれ続けるのだろう。



 それでもいいのだと、今ならそう思える気がした。



 

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