斜陽のヒーロー

おんせんたまご

第1話

 一年近くにわたって続いた戦いを、ここで終わらせる。ラスボスと対峙して、ヒーロースーツに包まれた体が武者震いしているのを感じた。


 一年前、突如として街に怪物が現れた。街がパニック状態となる中、俺はその怪物を倒そうと思った。生まれ持ったこの超能力を、人のために使える絶好のチャンスだと思った。適当なマスクで顔を隠しただけの即席の変身で、ヒーローとして怪物を打倒した時からすべてが始まった。そこから俺は正体を隠し、自前のヒーロースーツを身にまとって、ずっとあこがれていたヒーローとなり、『ミスター・ソレイユ』と名乗って怪物と戦ってきた。


 そして、そんな怪物を生み出して世界を混乱に陥れることを目的としていた、『秘密結社スペクター』。その親玉との最終決戦が、今から始まろうとしていた。


 ここですべて終わらせる。俺はありったけのサイコパワーを拳に込めた。






「というわけで、本日のスペシャルゲストは、三年前、私たちを救ってくれた伝説のヒーロー、ミスター・ソレイユです!」


 司会の女性のアナウンスとともに、ヒーロースーツを着た俺はステージに上がる。最前列の子どもたちが歓声を上げ、会場が一気に盛り上がった。


 俺の登場でまだこんなに盛り上がってくれるのはありがたいことだと、子どもたちに手を振りながらしみじみ思う。と同時に、三年前の人気を未だにこすり続けている自分が情けなくも感じた。


 インタビューの内容はいつも通りだ。どうやって秘密結社スペクターのボスを倒したのか。必殺技はどんなふうにやるのか。市民の応援は届いていたか。もう何十回も話した内容だが、いつも通りに回答しつつ、最後に応援の礼とファンサービスをやって終わる。地方のイベントに出たときのいつもの流れである。


 イベントが終わると、ヒーロースーツ姿のまま会場を後にした俺は、誰も見ていないことを確認してから変身を解く。ヒーローから、ただの大学生に戻った。家までの道を一人で進む。


 こんなはずじゃなかったのになあ。少なくとも三年前、高校生の俺は、自分のヒーローとしての立場が危うくなることなんて考えてもいなかった。秘密結社との戦いを終わらせた直後は、ミスター・ソレイユの人気は最高潮に達した。テレビ、SNS、新聞等、ありとあらゆるメディアが俺の話題で持ちきりだった。


 思えば、あの時テレビか何かに出ておくべきだったか。あの後、大学受験で忙しくなったのもあるが、なんとなく自分の人気に満足してしまって、そこから大学生になるまで、一回も変身しなかったのだ。気が付けば、誰も俺のことなんて話題に出さなくなっていた。忘れられてしまうのではないかと不安になり、地元にコンタクトをとってからしばらくイベントに出ていて、少し話題になってはいたがそれも薄れてきている。


 三年前は、ただヒーローになれたのが、超能力を人のために使えたのがうれしくて、ヒーローとして悪と戦うことに夢中で、世間からの評判なんて気にしてもいなかった。けれども今は、忘れられるのが、注目されなくなるのが怖くなっている。世間の評判を気にするようになったし、SNSでエゴサもするようになった。イベントによく出ていることを「急にメディア露出してきたかと思ったら地方営業かよ」「人気取りに必死すぎ」などとなじるコメントを見るたびに傷つき、さらに恐怖が募った。


 ダメだ、一人になるといつも不安でいっぱいになって、ネガティブなことばかり考えてしまう。誰もいないし、今日はテレポートでさっさと帰ろう。俺はテレポートで直接部屋に戻り、すぐに風呂に入って死んだように眠った。




「……誰だ、こいつ」


 最悪の目覚めだ。床で知らないおっさんがスーツのまま寝ている。一応辺りを見回して、ここが自室であることを確認した。つまりこいつは、完全に不法侵入者だ。親に知らせようとベッドから立ち上がった時、床で寝ていた男がいきなり目を覚ました。俺とそいつの目が合った瞬間、


「「うわああああ!」」


 お互いに、悲鳴を上げた。


 


 悲鳴を上げたときに誰からも反応がなかったところで、今日は両親が家を空けていることを思い出した俺は、とりあえずその男をリビングに連れ出した。とりあえず、じっくり話を聞かねばならない。なぜなら、この男は、俺と顔があまりにも似すぎているからだ。


 向こうもそれに驚いたようで、先ほどからずっと俺の顔をまじまじと見つめてくる。しかし、本当によく似ている。まるで、俺がそのまま年を取ったような……。


「あの」


 先にその男が声を発した。声までも、俺にそっくりだ。


「君は、暮井くれいよう、だよな……」


 こいつ、なんで俺の名前を、と一瞬思ったが、すぐ腑に落ちた。全く、超能力っていうのはとんだ面倒ごとを起こすもんだ。


「ああ、暮井陽、二十歳。あんたも暮井陽だよな。から来た?」


「君が二十歳ってことは、ちょうど十年後だな。しかし、まさか十年前にタイムスリップしてしまうなんて。ほんとに今日が休日で良かった……」


 三十歳の俺は、そう言って胸をなでおろす。いや、タイムスリップして一発目に言うことがそれって。うちの部屋で寝てた時もスーツだったし、しごとがいそがしいのだろうか。


「昨日仕事が死ぬほど忙しくて、帰った後スーツのまま寝ちまったんだよなあ。もうやらないようにしようと誓ったのに。しかも起きたらなぜかタイムスリップしてるし。ほんとどうなってんだあ」


 そういって三十歳の俺は頭を抱えた。その顔は少しやつれたようにも見えるが、今の俺の顔がさらに渋みを増して精悍になり、自分のことながらイケメンに見えた。


「とにかく元に戻らないと。若い俺、悪いけど力を貸してくれないか?」手を合わせて頼み込む三十歳の俺を見て、二十歳の俺はため息をついた。


「どうやったら戻んのか俺も分かんねえけど、とりあえず外出よう。親が帰ってきたらまずい」


 俺たちは家を出て、近くのカフェで朝食をとることにした。





 テーブル席に座り、二人とも同じBLTサンドを注文した。


「いやあ、懐かしいな、ここの店。大学生の頃よくBLTサンド食べてたんだよな。まさかまた食べられるなんて思わなかったよ」三十歳の俺はそう言って嬉しそうにサンドイッチをほおばった。


「十年後はもう食べられないのか?」


「ああ、もう閉店してるよ。おっと、あまり言いすぎるとよくないかなこの辺は。とにかく、さっきの実家もそうだし、ここのカフェもそうだし、なんだか何もかも懐かしいよ、ほんとに」


「やっぱ、十年たつといろいろ変わるもんか?」


「そりゃまあ、店とかは割と変わったな。例えば、向こうの商店街。あそこは完全につぶされてショッピングモールになんだ」


「うわ、それ聞きたくなかったわ……。あそこの焼き鳥好きなんだけど」


「はは、同感。まあ俺なんだし当然か。とにかく、いろいろ変わったよ」


 そう語る俺の姿はどこか寂しげにも思えた。俺はサンドイッチの最後の一口を飲み込んでから、一番聞きたかったことを尋ねた。


「……十年後は、どうなってる?その、ミスター・ソレイユのこと」


 ヒーロー、それを口に出した瞬間、不意をつかれたように、三十歳の俺の手が止まった。少しの間があった後、ゆっくりと口を開く。


「別になんもないよ。十年後は怪物なんて影も形もないし、この街もずっと平和だし、ヒーローの話なんてほとんどだれもしてないかな」


「はあ、それって、十年後の俺はもうヒーローとして活動とかしてないってことか?」


「当たり前だろ。まあ、ヒーロー活動はとっくの昔に辞めたけど、超能力のほうは今でもいろいろと使わせてもらってるよ。テレポートとか仕事に遅刻しないで済むし」


 訳が分からなかった。ずっと昔からあこがれ続けて、やっと慣れたヒーローを捨てて、今は超能力をしょーもないことに使うサラリーマンになってるなんて。


「いやでも、せめて、イベントとか……」


「なあ、今二十歳だっけ?ならもうわかってるだろう。もうみんな、ヒーローへの、ミスター・ソレイユへの関心を失ってるって。敵がいなきゃ、ヒーローに存在価値なんてない。結局俺は、特別でも何でもないんだ」


「……そっか」俺はそれ以上言葉をつづけることはしなかった。


「……そんなわけだから、とにかく、まずは元の時代に変える方法を見つけないと。俺は先に外に出ていろいろ探すことにするよ。十年前の街の様子も気になるし。あ、あと、金持ってないから俺の分も払っといてくれ。そんじゃ」三十歳の俺はそう言い残して足早にカフェを後にした。



 俺は一人カフェに残された。なんだかむしゃくしゃして、朝から特大パフェを注文してしまった。パフェを口に運びながら、さっきの俺からの言葉が頭をぐるぐると回っている。


 昔から、ヒーローアニメなんかを見てヒーローにあこがれてた。それ自体は一般的な子どものそれなのだが、俺にはヒーローとして戦える可能性があった。ヒーローの真似をして超能力を使おうとした幼い俺を母がいさめてくれた時、決まってこう言われた。「その力は、誰かを守るために使うのよ、それがほんとのヒーローだからね」と。


 それから俺は超能力を隠して生活してきた。そしてあの日、怪物が現れた日、俺は初めて、街の人々を守るため、怪物を倒すために超能力をふるった。あの時俺は本物のヒーローになれたんだ。


 けれど、三十歳の俺は、そんなヒーローじゃなかった。夢をあきらめた、くたびれたアラサーになっていた。なんなら、今の俺も、母が言ってくれたヒーローには程遠いだろう。アイドルみたいに地方ドサ回りして、旬が過ぎた一発屋芸人みたいに、知名度維持に必死で。今はまだ大丈夫だけれど、だからこそ先が不安で仕方なくて。


「ほんと、だっせえ」


 どうせヒーローをやめるのだから、いっそのこと今やめてしまえばいいんじゃないか。そんなことを考えながらパフェを食べ終えた俺は、意外にも高くなってしまった代金を払って家に戻った。






 

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