鏡面

崚我

鏡面

 今日“私”は、何気なく部屋の隅にある姿見を見た。理由なんて無いけれど、視界に入ってきた。

 鏡は、私をを写す。キョトンとした金髪の女の子が覗いていた。鏡像は、寸分違わず私の動きを模倣する。

 いいえ、いいえ。正確には左右が違うけれど。

「ふふ、あはは」

 なんだかソレが面白くて、楽しくって、色々と動いてみた。

 笑ってピースをした。

 テレビのモデルさんのようなポーズをした。

 マンガで見たカッコいいポーズをした。

 流行りのポーズを極めてみた。


 ーーあぁ、やっぱりおかしくて笑っちゃう。


 ある日のこと。私が鏡に触ると、姿見は倒れてしまって、パリン、と音を立てて割れてしまいました。

「あーあ、面白かったのに」

 鏡が割れてしまったと、お母さんに言いました。

「お祖母ちゃんが若い頃のものだからね。古かったのよ。あぁ、破片が危ないから近づいちゃ駄目よ」

 お母さんは、塵取りと箒を持って私の部屋に行きました。

 楽しかったのに……。これからどんな遊びをしようかな。しばらくは、お人形さんで遊ぼうかな。

 そこで、またふと思いついたのです。私の家には、物置として使っている屋根裏があります。私は、まだ行った事がないけれど、ココまで言えば分かるでしょう?

「そうだ、探検しよう!」


 屋根裏は、真っ暗なので手持ちランプに光を灯します。そこは、ネバーランドでは、ありませんでした。お世辞にも綺麗とは言えません。埃に蜘蛛の巣に、古ぼけて使われなくなったインテリア。薄気味悪い暗い森。

 私は、肩を落としました。良いものなんて無いのだもの。温かな草原などは無く、例えるのなら、埃の森、蜘蛛の巣の空。まだ、屋根裏への扉から顔を入れただけたけれども、帰りましょう。

「あら?」

 視界にチラリと鏡が入ってきました。埃は被っていたけれど、豪華な装飾の姿見。私は、何故かそれを気に入ってしまったのです。

「お母さん」

「どうしたの?」

「私、ここにある鏡が欲しい。いいでしょう?私のは壊れてしまったし!」

「うーん、お父さんに聞いてみようね」


 数日経って、あの鏡が私の部屋にやってきました。お父さんがピカピカにしてくれて、とても見違えるほどに美しい。

 やっぱり、これがなくっちゃね!

 ーーあれ?でも、少し変。なんでだろう?


 私は、手を上げる。

 鏡の私は、手を上げる。

 私は、手をたたく。

 鏡の私は、手をたたく。

 私は、手を下ろす。

 鏡の私は、手を下ろす。

 私は、手で作る。 グー、チョキ、パー、グー、パー、グー、パー、チョキ、パー、グー

 鏡の私は、手で作る。グー、チョキ、パー、グー、パー、グー、チョキ、グー、パー、グー


「あ!」

 鏡の“ワタシ”は、私と違う動きをしていたのです。

「あーあ、バレちゃった」

 ワタシは、照れ笑いをしていました。

 自分とお話をするなんて、不思議な気持ちです。でも、あまりお外で遊ばない私には、同じ歳の子と仲良くなれるのなら、とても嬉しいのです。

「私は、メアリー!よろしくね」

「ワタシは」

 ワタシは困っていました。私が、「どうしたの?」と訪ねると彼女は答えました。

「ワタシは……えっと、ワタシは、誰?ここは、どこなの?どうしよう、分からないよ」

 私には意味が分かりませんでした。だって、彼女も“私”でしょう?

「あなたは、めありーよ。そしてそこは、あなたのお家よ」

「そうなの?」

「そうよ!私は、あなたのことをなんでも知っているのだから!」

「そうなの、ありがとうメアリー!」

「どういたしまして、めありー!」


 メアリーとワタシ《めありー》は、この日から、仲良く遊ぶお友達になったのです。

 鏡の中だから、遊びには限りがあるけれど、めありーとお話しして、絵を描いて、たくさん遊びました。


「ねえ、メアリー。あなたの好きな色は、何かしら?」

「私は、赤が好きよ!貴女もそうでしょう?」

「えぇ!そうよ!よく分かったわね!」


「ねえ、メアリー。今日はお外が晴れているわ!」

「そうね。ポカポカ気持ちいいし、一緒にお昼寝しましょう?」

「あら、ワタシも同じ事を考えていたわ!」


「ねぇ、メアリー。オススメの本はあるかしら?今あるの、読んでしまったの」

「じゃあ、この童話はどうかしら?キラキラしたお姫様が可愛くて、素敵な王子様が出てくるの!」

「その御本、ワタシも好きなのよ!ふふ、ワタシ達、どこまでも気が合うのね!」


 私とワタシ。出会ってから時間が経つのは早かった。あっという間に、一週間、一ヶ月、そして三ヶ月が過ぎてしまったの……。


「……ねぇメアリー」

「どうしたの、めありー」

「どうしてアナタは、ワタシのことをそんなに知っているの?」

 言っていることがよく分かりません。

「ワタシの名前、ワタシがいる場所、そしてワタシの好きな色、したいこと、全部分かっていたじゃない?」

「うーん。どうしてと言われても……」

 それは、ごく普通で、当たり前のことです。だから、私は胸を張って言います。

「そりゃあ、“自分”のことだからね、当然よ!」

「……」

「めありー?どうしたの」

「ワタシはアナタじゃあないのに、不思議なことを言うのね?」

「え、どういうこと?」

 鏡に写る“ワタシ”は、“私”のはずです。不思議なのは、めありーの方ではないですか?

「ワタシはワタシ。アナタじゃあないわ。なんで鏡のワタシが自分自身だと思ったの?」

 その時です。

 ピシリ

 鏡にヒビが入りました。いいえ、めありーが鏡をグーで、割りました。

「やめて」

 ピシリ

 私の言葉を無視して、めありーは割っていきます。どんどんと鏡にヒビが入って……。

「やめて!」

 パリン

 やがて、粉々に割れてしまいました。


 いつの間にか、“めありー”は、いなくなっていました。そこには、割れた鏡の破片と姿見の枠だけが残っています。

 ーー何が起こったのでしょう?


「メアリー!」

 お母さんが慌ただしく部屋に入ってきました。お母さんは、顔を青くして私の手を掴みます。

「どうしてそんなことをしたの!?……あぁ、手もこんなに」

 私は、手を見ました。満開のバラのような赤がそこにありました。手には、キラキラと輝く破片が散らばっています。

「まあ大変!急いでお医者様のところに行かないと!メアリー、用意してくるから、そこを動かないでね」

 お母さんは、急いで部屋を出ていきました。私は、ただぼうっとしています。そして、やっと手が痛くなってきました。


 不思議なことがあるものです。

 鏡を割ったのは“めありー”。私は鏡に触っていないのに、なんで、私の手は痛いのでしょうか?

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鏡面 崚我 @fia50-Reog

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