第7話 夏祭り

 1



 夏祭りの日がやって来た。


 幸い、雲ひとつない快晴だ。


 祭りが行われる高崎駅周辺は人で溢れかえり、活気に溢れている。市街地の中心を走るメインストリートは一時的に歩行者天国となり、その両端に屋台が所狭しと並ぶ。


 俺はお昼ごろからお祭りに出かけた。学級委員の長野原ながのはらくんなどの友達と共に、たくさんの屋台を見て回っていた。

 すると、遠くの離れた場所に見慣れた顔が見えた。


「あっ、皆さん。こんにちは」


 俺たちに向かって声をかけたのは、浴衣姿の前橋まえはし琴音ことねだった。


 前橋は1年1組の女子全員を引き連れていた。

 流石に大人数過ぎる気もするが、本人達は楽しそうに笑っているので問題はないのだろう。

 すると、俺と共に屋台を巡っていた男子の1人がぴょんぴょんと飛び跳ねながら騒ぎ始めた。


「おいおい、嘘だろ! 浴衣姿の前橋さんだ! ヤバい、美しすぎる!」


 確かに、前橋の浴衣姿はとても綺麗だった。この夏祭りでたくさんの人々がいる中でも、前橋はその綺麗さから、かなり目立っている。


「皆さんも夏祭りに来てたんですね」


 前橋に話しかけられた俺たちは、誰が返事をしようかとあたふたする。すると、前橋は俺たちの返事を待つことなく「それでは」と軽く会釈をして歩いていってしまった。


「あぁ……、行っちゃった」

「もう、前橋さんの浴衣姿は見れないのか……」


 全員が落胆していた。

 俺はそんな彼らを苦笑いして見守ることにした。すると、ポケットに入っているスマホが小さく振動し始めた。


「ん?」


 取り出してみると、一件のメッセージが届いていた。その送り主は前橋だった。


『私は今日、6時頃までは友達と遊び、それから花火の観覧席に向かう予定です。伊崎くんはいつ頃友達と別れる予定ですか?』


 俺と前橋は、今日の夏祭りの花火を一緒に見る約束をしていた。そのため、花火が始まるまでに、前橋と花火を見る予定の観覧席まで行く必要がある。

 花火は7時半から始まるのでそれを考慮しなければならない。


 歩きながら返信をする。


『俺も6時頃に友達と別れるつもり。でも、前橋はあんなにたくさんの女子の友達からうまく別れられるのか? 中々大変そうな気がするが』


 すると、想像よりも早く返信が来た。


『大丈夫です。秘策がありますから』


 なるほど。しっかりと考えて秘策があるのか。一体どのようなものなのか少し気になる。


『待ち合わせの場所はどうするんだ?』

『橋の上にしましょう。私が待っていますので、そこで私を見つけられるはずです』


 橋の上とは随分と大雑把な場所の指定だ。もう少し位置を限定したいのだが。


『橋の上のどの位置なのか、もう少し詳しく教えてくれ』


 俺はこのように打ち込んで、メッセージを送ろうとした。


 しかし、そこでメッセージが送れなくなってしまった。スマホの故障かと思ったがそういうわけではない。祭りに来た人が多すぎて、電波が飛ばせなくなってしまったのだ。


「まずいな」


 こうして、俺は前橋との待ち合わせを中途半端に決めてしまったのだった。



 2



 時は過ぎ、約束の時間の数分前となった。

 俺は友達に適当な理由を話して別れると、すぐに待ち合わせ場所である橋へ向かって歩き出した。


 辺りは昼間よりも更に人が多くなっている。花火を見るために集まって来たのだろう。

 花火は川の上空で上げられるため、橋に向かえば向かうほど、必然的に人が多くなっていく。


 人混みに揉まれながらも、なんとか少しずつ前へと進んでいく。

 すると、俺から数十メートル先に警察官達が並んでいるのが見えた。警察官の1人はメガホンを顔の前に構えると、電源を入れて話しだした。


「ただいま、花火打ち上げ予定の川周辺は、非常に混雑しております。そのため、走らず、ゆっくりと歩きながらの移動をお願いします」


 そして、少しずつ動いていた人の流れが更に遅くなり、1分かけて数歩しか進めないような状況になってしまった。


「まずいな」


 思わず焦りの声が漏れてしまった。


 前橋との待ち合わせ時刻は6時であり、現在時計は5時40分を指している。つまり、待ち合わせの時間まであと20分しかない。


 この人の進み具合だと、待ち合わせ場所にたどり着くまでに最速でもあと25分かかる。近道などもない。大人しくこのゆっくりな流れに任せるしかない。


 と、ここで俺の頭には1つの考えが浮かんだ。

 この遅れを取り戻すためにも、せめて、橋の上ですぐに前橋を見つけるべきなのではと。

 そこで、俺は前橋とのメール画面を開き、前橋が送っていたメッセージを読み返す。


『大丈夫です。秘策がありますから』

『橋の上にしましょう。私が待っていますので、そこで私を見つけられるはずです』


 これだけで、待ち合わせ場所が橋のどの位置なのかわかるのだろうか。しかし、今はそんな不安を考えている場合ではない。


 普段であれば、前橋から頼まれない限り推理は行わないつもりだった。だが今日は夏祭りだ。例外の日があっても良いだろう。


 俺は文章を頭の中で整理しながら推理を始める。

 まず、考えるべきは「秘策」だろうか。


 前橋はクラスの女子全員を引き連れていた。となると、その全員から別れるためのそれ相応の理由が必要になる。

 前橋の言う「秘策」がその理由なのだとすれば、それは一体どういったものなのだろう。


 1つ目に考えられるのは体調不良だ。

 お腹が痛いとでも言えばすぐにでも別れることができるだろう。


 2つ目に考えられるのは家の都合だ。

 家族の誰かから帰ってこいと言われたと言えば、別れられるはずだ。


 しかし、この2つの理由には弱点がある。それは、別れたあとに見つかると厄介という点だ。

 人気者である前橋は、当然のことながら多くの女子たちから花火を一緒に見ようと誘われているだろう。それを嘘の理由で断って、花火を見ている最中に再び友達と出会ってしまえば、嘘がバレてしまう。そうなれば、今後の前橋の友人関係の危機とも言える状況に陥ってしまう。


 つまり、前橋の言う秘策は、女子たちと別れることができつつ、友人関係が保たれるものでなくてはならない。

 そんな秘策があるだろうか。必死に考えるも、中々に考えが浮かんでこない。


 俺はもう一度文書を読み直した。そして、とある部分が気になった。


『私が待っていますので、そこで私を見つけられるはずです』


 俺はこの「はず」が気になった。

 前橋がわざわざ「はず」とつけたのなら、それ相応の根拠があるはずだ。そして、その根拠が「秘策」と繋がっているのなら、大きなヒントになる。


 友人関係を保ちつつ、別れることができ、更に俺が気づける秘策。

 そんなものがあるのだろうか。


 そうこう考えていると、いつの間にか水の流れる音が聞こえてきた。


「あれ?」


 気がつくと、俺は橋のすぐ近くまで来ていた。スマホを確認すると、時間は待ち合わせの予定時間より10分近く遅れている。

 推理をすぐにやめて、橋の上にいるであろう前橋を探しだす。


「前橋! 前橋! どこにいるんだ!」


 大声で前橋を呼ぶが、俺の声は周りを歩く人の声で揉み消されてしまう。

 俺は焦りながら、必死に橋を見渡した。すると、周りの人々の視線が1つの方向に集まっていることに気づいた。


「ねぇねぇ、あの2人。すっごくお似合いじゃない?」

「それな。まさに美男美女って感じ」


 そんな会話が聞こえてくるほどに目立っている2人がいた。


 1人は、夏祭りにはあまり合わないビシッとしたスーツを着て、大きなキャリーバッグを引いている背の高い男性だ。身長は恐らく185センチを超えているだろう。顔立ちは整っていて、パッと見でもイケメンだと分かってしまう。

 そして、そんな彼に抱きつきながら楽しそうにしている、浴衣を着た女子がいた。


「ねぇ、あともう少しだけです。私と一緒にもう少しだけいてください」


 誰から見ても、「お似合いのカップル」という言葉が似合う2人だった。

 しかし、この浴衣を着た女子の姿に、俺は覚えがあった。すぐに彼女が誰なのか分かってしまった。


「前、橋……」


 かすれた声を漏らした途端、俺の思考は完全に止まってしまった。


「……」


 前橋に会うためにここまで歩いてきた。それなのに、目の前にいる前橋に向けた声が出なかった。


 先程まで聞こえていた周りの人々の話し声が急に遠くなった。

 視界にはイケメン男性に嬉しそうに抱きつく前橋しか映らなくなっていた。

 見てはいけないものを見てしまったという嫌な気持ちに苛まれながらも、2人の姿をまじまじと見てしまっていた。

 そして、不思議とその場から離れなければという考えに、いつの間にか至っていた。


 俺は体の向きを180度変えると、静かにその場から去る。しかし、人の流れは俺とは真逆の方向を向いているため、中々進むことができない。


 駄目だ。今すぐこの場から離れないと。早くあの2人の姿が見えないところまで逃げないと。


「すみません……。通してください……」


 しかし、その願いは叶わず、人の流れに押し返されてしまい、むしろ2人に近づいてしまった。

 しまった、と思ったときは、もう遅かった。


「あっ、伊崎くん……」


 前橋が声をかけてきた。イケメン男性に抱きつくのをやめて、俺の方に駆け寄ってくる。

 俺はそこから逃げることを諦め、前橋の方にゆっくりと歩いていく。そして、前橋と目を合わせないように話しだす。


「よ、よう、前橋。その……、待たせて悪かったな」

「いえいえ。全く問題ありません。さぁ、早く観覧席まで行きましょう」


 前橋の言葉を聞いて、わずかに浮かれていた数日前の自分が恥ずかしくなってしまう。

 落ち着いて考えてみれば、美人で人気者の前橋に、彼氏の1人がいるくらい当たり前ではないか。そんなことも分からずに、一体何を思っていたんだろう。


 そんなことを頭で復唱しながら、俺はどうにか声を出す。


「あ、いや。俺はいい。俺のことは気にせず、前橋はその人と花火を楽しんでくれ。俺はどこか他の場所で友達と花火を見るから」


 そう告げて、再びこの場から離れようとした。すると、俺の服の裾を前橋に掴まれた。


「ですから、お兄ちゃんは今日、花火を見られないんです。だから伊崎くんを誘ったんですよ。 まさか、忘れてしまったんですか?」

「え?」


 俺の思考は再び止まってしまった。


「すまない前橋。もう1回言ってくれるか?」


 俺の頼みに、前橋は僅かながらのため息をした。


「ですから、今日はお兄ちゃんが花火を見られないから伊崎くんを誘ったんです。なので、お兄ちゃんとは今ここでお別れです」


 前橋がそう言うと、前橋が先程まで抱きついていた男性は安堵の表情をして俺の方を見た。


「えっと、君が伊崎くんかな?」

「はい。そうですけど」

「そうか。では、俺の妹をよろしく頼みます」

「……え?」


 今の状況を理解できず、口をポカンと開けた。


「それじゃあ、俺はこのへんで。あの〜〜、すみませ〜〜ん。急いでいるので道を開けてください〜〜い!」


 イケメン男性は、周りの人に道を開けるように頼みながらキャリーバッグを引いてトコトコと歩いていった。


 俺はと言うと、イケメン男性が言っていた言葉を頭の中で繰り返していた。


 ……妹? ということは、あのイケメン男性は前橋のお兄さんか!


 それに気づいた途端、今まで考えていたことが全て馬鹿馬鹿しく、それと同時に恥ずかしくなってしまった。それこそ、今この場から川の中に飛び込んで、全て水に流したい程の気分だ。 


「あれ? 伊崎くん、顔が赤いですけど、何かありましたか?」

「い、いや別に。ただこの祭りの盛り上がりで熱が出てしまっただけだ」

「そうですか。では、早く花火の観覧席まで行きましょう」


 かなり強引な言い訳な気がしたが、前橋は了解してくれた。

 俺はホッとしながら前橋の後ろをついて行く。


 俺は前橋に気になることを質問する。


「なぁ、前橋」

「はい。何でしょうか?」

「結局、お前の言っていた『秘策』って何だったんだ?」

「え? 伊崎くん、わからなかったんですか?」


 前橋は分かって当然と言いたげな口調で訊いてきた。俺は複雑な表情のまま頷く。


「私はきっと伊崎くんなら分かるだろうと思う秘策を準備していましたよ。普段の伊崎くんであれば、きっと推理できるだろうという秘策を、です」

「俺がきっと推理できるだろう秘策……」


 可能性がありそうなものを思い出す。そして、唯一可能性としてありそうなものを見つけた。


「もしかして、お前のお兄さんか?」

「正解です」


 前橋は微笑みながら俺に向かって拍手をした。そして、再び前を向き直して話しだした。


「でも、意外です。伊崎くんが推理できなかったなんて」

「意外ではないだろ。俺にだってできないことはある。それに、時間だって普段の推理より短かったからな。……でも、推理できなくてごめん」


 前橋に向けて頭を下げる。

 すると、前橋は「大丈夫ですよ」顔を上げさせてくれた。


「俺はきっと、焦ってたんだ」

「『焦っていた』ですか。……でも、私はそれ以外にも、伊崎くんが推理できなかった理由があると思います」

「それ以外にも?」


 俺の問いかけに、前橋は俺の方に振り向きながら答えた。


「はい、そうです。伊崎くん。推理してみませんか?」


 俺は悩んだ。

 ここで推理を始めれば、俺が何かしら他の理由によって普段通りの推理ができなかったという証明になってしまうからだ。

 でも、この場で嫌だと首を横に振るのも、何だか駄目な気がした。


「分かった」



 3



 花火の観覧席にたどり着いた俺と前橋は、座る場所を確認して腰を下ろした。

 俺は前橋の方を向くと、数分前までの推理の内容をできる限り端的に分かりやすく伝えた。


 その全てを聞き終えた前橋は、なるほどと言いながら頷いた。するとスマホを起動してメッセージアプリを開いた。そして、俺が伝えた推理に出てきたメッセージの文書を改めて読み始めた。


『大丈夫です。秘策がありますから』

『橋の上にしましょう。私が待っていますので、そこで私を見つけられるはずです』


「なるほど。伊崎くんはこの2つの文書だけで推理しようとしたんですね」

「そうだな。で、推理できなかった」


 改めて考えてみても、あの状況で推理できたとは思わない。そもそも、今の時点でも前橋の秘策が詳しくは分からない。


「では伊崎くん。改めて推理してみましょう」

「改めてか……。まず考えるべきは、『秘策』がどんなものかだろう。前橋、もし前橋が俺と同じ状況に置かれていたら、どんなふうに考えた?」

「そうですね……私であれば、伊崎くんと同じように『友人関係を保ちつつ、別れることができ、更に伊崎くんが私に気づける秘策』と考えると思います。それと、私がこの祭り以前に準備できるものは何かと考えます」

「祭り以前に準備できるもの……」


 前橋に言われて、自身の推理に落胆した。

 俺の推理は、秘策がこの祭り当日に準備できるものだと、勝手に考えていたのだ。

 祭り以前のことを少しでも考えていれば、もっと単純に、もっと明確に推理できていたはずだ。


「祭り以前に準備できるとしたら、家族の誰かに協力してもらうことはできるな」

「そうですね」


 そこまで考えが至ると、前橋の言う秘策を考えるのは容易だ。


「つまり、前橋はお兄さんに協力を依頼したんだな。内容は恐らくだが『私の彼氏のフリをしてほしい』だな」


 前橋のお兄さんは誰から見てもイケメンだ。そんなイケメンと前橋が付き合っていると言われても、誰も疑問は抱かない。

 それに、女子の友達も彼氏が来てしまえば、前橋と別れざるを得ないだろう。


「そして、お兄さんのあの身長と服装だ。あの身長と祭りに合わない服装があれば嫌でも目立つ。そうなれば、必然的にそのお兄さんにくっついていた前橋も目立つというわけか」

「その通りです」


 前橋のお兄さんは、花火が上がる時間に何かしらの用事があるらしい。スーツを着ていたことを考えると、それは重要な用事なのだろう。

 そして、前橋はその重要な用事のためにお兄さんが着ていたスーツを、自身が目立つために利用した訳だ。


「……落ち着いて考えてみれば、推理できたことだったのか」


 これから花火が上がる予定の空を見上げながら、自分の失敗を頭の中で見直す。


 視界の隅では、前橋が俺の様子を伺っている。そして、俺が前橋の視線に気づいたことを確認してから、前橋は話しかけてきた。


「……私は、伊崎くんならばきっと推理できるだろうと思っていました。では、伊崎くんはなぜ普段通りの推理ができなかったのでしょうか?」


 なぜ、普段通りにできなかったのか。


 俺は数分前に「焦り」があったからと言っていた。

 普段であれば、放課後の図書委員の仕事時間である1時間、ゆっくりと推理することができる。しかし、今日は普段よりも短い30分での推理だった。だからこそ、焦ったのだと考えていた。


 しかし、前橋はそれ以外の理由があるのだと言う。それは一体、何なのだろう。普段と今日の推理は、一体どこが違うのだろう。


「私は……伊崎くんが1から完璧な推理ができなかったのだと思います」

「1人だったから?」

「はい」


 前橋は微笑んだ後、空を見上げながら話しだした。


「伊崎くんが推理するときには、常に私が隣にいたじゃないですか。きっと、伊崎くんは1人だと完璧な推理はできないんだと思うんです」


 ……確かに、今日は前橋が隣にいなかった。

 でも、それだけで推理ができなくなるなんてあるのだろうか。


「世間では『人という字は、人と人が支え合ってできている』と言われていますよね。実際の成り立ちは違いますが、考え方としては決して間違っていないと私は思うんです。

 私が人気者になった時、私は疲れを感じ、1人になりたいと考えました。そして、不人気である図書委員になることを選びました。でも、図書委員になって伊崎くんと関わりを持った時、私の中には新たな考えが生まれました」

「新たな考え?」

「はい。私は1人になりたかったのではなく、私の隣で、私を支えてくれる人を求めていたのだと、考えたんです」

「それが俺だと?」

「はい」


 前橋は頷いた後、真っ直ぐに俺の目を見つめていた。どうやら、先程の会話で前橋は俺に何かを伝えたかったらしい。

 しかし、俺はその内容をうまく理解できなかった。


「……つまり、前橋は何が言いたいんだ?」


「えっと、つまりですね、人は1人では上手くいかないわけです。なので、今日、伊崎くんが推理できなかったことは、決して伊崎くんの問題ではなかったという訳でして、その……伊崎くんなら推理できるという、私の勝手な考えを押し付けていたんです。

 なので、今日のことに関しては、ごめんなさい」


 どうやら前橋は、俺が推理できなかったと落胆しているのを見て、励まそうと思ったらしい。

 そして、それと同時に自身の行いが間違いだったと謝罪したかったようだ。


「いや、別に前橋のせいじゃない。俺がたまたま推理できなかっただけだ。それに、前橋の言う通り、今日は1人で推理してたからな。だからその、前橋のせいでもないってことだ」


 俺の言葉を聞いて、前橋は頭を上げた。


「ありがとうございます。伊崎くんは、やっぱり優しいですね」

「……」


 これには毎回返答に困ってしまう。


 すると、川の方からヒュルルーーという甲高い音が聞こえてきた。

 音が鳴る方に目を向けると、夜空に大きな花火が咲いていた。


「おっ、始まったぞ」


 そう言って話題を変えることにした。隣りからはふふっと可笑しそうに笑う前橋の声が聞こえた。


「伊崎くん」


 しばらくしてから前橋が俺を呼んだ。俺は前橋の方を見ずに、花火を見て応えることにする。


「何?」

「伊崎くんは私が人気者でいるために、私を支えてくれました。伊崎くん、私の隣りにいてくれて、ありがとうございます」

「その……前橋も俺の隣りにいてくれてありがとな」


 目の前には赤色の大きな花火が咲いていた。


 俺が前橋に感謝を伝えた時、前橋がどんな表情をしていたかは分からない。でも少なくとも、俺の頬は赤く染まっていた。

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