第5話

海岸に着いた時人の多さに驚いた。想像以上に多い人に困惑したが口角は上がっていた。

 いつもより熱い太陽に人混みも相まってとても暑く感じる。いつもは聞こえる波の音も今日は聞こえない。

 呆然と眺めていると凪が声をかけてきた。 

 「大智君おはよう。昨日は良く眠れた?」

凪は白のワンピースに麦わら帽子を被っており海に似合う格好だった。 

 「緊張して寝れなかったよ。そういう凪は寝れたか?」

 「私も緊張して寝たのは1時過ぎだったよ。」

 「なんだそれ。」笑いながら答え。集合場所に向かう。

 「今日、凄い人だね。こんなに来るとは思わなかったよ。」

 「俺もこんなに人が多いのは久しぶりに見たよ。」

 「今日大丈夫なのかよ。開会の言葉をみんなの前で言うんだろ?」

 「まぁ、不安の方が大きいけど何とかなるでしょ。」若干不安そうな顔をしていたが最後には笑っていた。

 「大丈夫だよ。凪なら。」

 「ありがとう。」

 道中で連絡をとり、優と合流し3人で集合場所に向かった。

 集合場所の簡易テントの中には会長や司会の人が居た。ジメジメした空気の中差し出されたお茶を飲み干した。

 「いやぁーホントに暑いですね。でもお祭り日和ですが。」会長がうちわを仰ぎながら言った。

 「そうですね。海のお陰で少しはマシですが暑い事には変わりありませんね。」凪が苦笑いしながら答えた。 

 「みなさん。熱中症だけには気を付けてくださいね。」

 「「「はーい。」」」

 「さてと。凪君。開会の言葉の方は大丈夫ですか。」

 「はい。問題ありません。

 「まぁ、恒例行事だからあまり緊張しなくても良いですよ。」

 「そうですか。ありがとうございます。」

 「凪、開会の言葉は何を言うんだ。」優は貰ったお茶を額に当てて聞いた。

 「それは本番のお楽しみでしょ。」凪は上目で笑いながら答えた。

 「なんだよー。ケチくせぇなぁー。」優も暑さには勝てないのか気だるい感じでそう言った。

 「まぁ、凪もそう言っている訳だし諦めて外に行こうぜ。」開会式まで後10分程だった。

 「そうだな。その前にあれやっとくか。」優は自分の腕を前に出した。

 微笑しながら手を前にだす。凪も「またやるのー」と言いつつも嬉しそうに前に出した。

 「じゃあ、いくか。」優の一声で一気に緊張が走る。

 「ボランティアは辛い事やしんどい事がたくさんあった。正直辞めたいと思った。大智もそう思っただろ。」 

 「あぁ、でも充実感はあった。今ここで立っている事を誇りに思うよ。」

 「そうだよな。凪、人が多いうえに知らない人が多いこの状況でお前は大丈夫か。」

 「当たり前よ。完璧に開会の言葉を言ってくるわ。」

 「そうか。ならいくぞ凪!」

 「「「おおおおぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉ!」」」

 蒸し暑いテントの中三人の叫び声。外の人は他に夢中の為見向きもしなかった。

俺たちの意識は今一つになった。


俺と優は花火を揚げる準備を手伝うためステージから少し離れた所にいた。

「河原町祭りにお越しの皆様、本日は足を運んで頂き大変感謝致します。」

会長の一言と共に開会式が始まった。モニター越しに見る会長は堂々としており、『慣れているんだなあ』と感じた。

人々は「何か始まった。」と軽い感じでステージに集まった。離れた場所からでも賑わっているのが分かる。優は「ゾンビ映画みたいだな。」と言っていた。

「凪も画面端だが映っているぞ。」と優が呑気に言った。

モニターを確認する。真ん中に会長が映り左には司会者、右端に凪が映っていた。

画面端に映る凪に不安感を抱いた。凪の顔は緊張や集中しているのでは無く、不安や恐怖を抱えており、まるで必死に何かから目を逸らしている様だった。

「なぁ優、凪少しおかしくないか。」

「さぁ、緊張しているんだろ。何たってこの人だかりだからな。」

「いや違う。緊張とかではない、もっと何かを思い詰めた顔していないか。」

「では続きまして番館高校2年生汐留 凪さんの開会の言葉です。」司会の人は流暢に喋る。台本に書かれているのであろう高校の説明とボランティア活動を始めた経緯などを簡単に説明していた。

「俺にはいつもの凪にしか見えない。大丈夫だ。あいつはいつでもやる奴だ。」

 「そうだよな。あいつはどんな時でもやる奴だもんな。」優に言ったというよりかは、自分にそう言い聞かせた。

俺が行っても何も変わらない。

 「それでは汐留 凪さん。開会の言葉をお願い致します。」司会者は凪にマイクを渡した。

 凪は一瞬遅れマイクを受け取った。口元まで運ぶ手は微かに震えている様に見えた。

 「み。みなさん本日は。集まりいただき。あ、ありがとうございます。」

 ぎこちない挨拶。下に視線が向いている。凪はモニター越しでも分かる程顔が真っ赤だった。

 「えーと今日は。みなさまに。」

 その時「キーン」という甲高い音が響いた。凪は驚きマイクを顔から離しマイクのスイッチを切った。

 凪は再びマイクのスイッチを入れた。それと同時に甲高い音は鳴り続けた。

 マイクの機械エラーだと瞬時に理解した。

 司会の人が裏からマイクを取るように指示を出していた。俺は一安心して凪の方を確認した。

 凪の顔は怯えており、「絶望」そのものを食らった様だった。

 その瞬間俺の体は動いていた。前しか見られないくらい全力で走り出した。

 自分が何をしているのか、何をしたいのかも分からない。でも体が勝手に動いた。全ての力を使い走っている。いつもより一段と濃い霧が立つ頭の中では滝の如く考えが浮かんでいた。「俺は何をしているんだ」「どうすれば良いんだ。」「なんて声を掛けたら良いんだ。」そんな考えが頭の中で暴れる。

 後ろで優の「待ってくれ大智。」と声が聞こえた。我に返り後ろを振り向く。

 「はぁはぁ。時間が。はぁ。無いから。はぁ。一言だけ。言わせてくれ。」優は荒い息を抑え、膝に手をつきながら言う。

 「何も考えるな!お前が言いたいことを言え!」

 その言葉によって頭の中で立ち込めた深く濃い霧が晴れた。

 「了解した相棒!」

 凪を見る。替えのマイクを貰い再び口に近づける。まるで嫌いな食べ物を食べる子供みたいだ。

 走りながら。一つの事を思い浮かべた。今まで考えない様に逃げ続け、自分の中で勝手に答えを出し、それに正解と決めつけた問題を再び引きずり出した。

 「どんな奴でも怖い事はある。」

 優は話すのが好きだから話すとき何も怖がってない。頑翔はサッカーが好きだから走り込みも苦じゃ無い。凪は凄いやつだから何でもできる。

 違うんだ。全員何かしら怖い事や嫌な事はある。それに向き合っているから強くて凄い人になる。みんな、怖がりで弱い人なんだ。


 ステージの最後尾に着いた。謝りながら人混みをかき分ける。ステージ上で凪は「すみません。えーと」ともう一度挨拶をしようしている。

 最前列に出た時凪の顔を見た。凪は下を向いていて焦点が定まってない。いつもの覇気はすっかり無くなっていた。

 前列に着き大きく息を吸う。何を言うか決まってない。この後どうなるのかも知らない。

 「凪!!」

精一杯声を出した。凪に届いてほしくて。

 一瞬周りがシーンとなった。周りの人は驚きこちらを見ているのが痛いほど分かる。

 凪と目が合う。凪は口を少し開け、驚いた顔をしていた。『当たり前か』と思うと同時に『少し声を落としても良い』と瞬時に判断した。

 余計な事は何も考えず、凪から目を逸らさず口を開けた。

 「お前なら大丈夫だ。頑張れ!」腕を凪に向け親指だけを上げた。

全速力で走り、力を使い果たしたつもりだったがまだ全身に力が入る。

 周りの人が「何があったの」や「急にどうした」と言っているのが分かる。

 凪は口角を上げ微笑んだ。マイクを口に近づける。

凪に自信のオーラが纏っている様に見えた。

 「あっ、あっ、あっ。うん。OKマイクが完全に戻ったね。」そう言うと凪は上を向き会場を見渡した。

 「みなさんお待たせ致しました。本日、河原町祭りの開会の言葉を担当させて頂く汐止  凪です!」

 凪の表情に恐怖は消えていた。会場を巻き込んだ凪の声はとても頼もしかった。

 徐々に自分の鼓動を感じるようになり口の中で血の味を感じた。よろよろと列から外れ後ろの方に向かう。歩きながら感覚が戻るのが分かる。足は震え、腕に力は入らない。凪より赤いであろう顔を隠しながら集団の最後尾まで着いた。

 凪は楽しそうに話している。声には芯がありよく聞こえる。姿は見えないがとびきり笑っているだろう。

 最後列には優がいた。腕を組み歯をむき出しで笑いながら「かっこよかったぜ、大智」と言った。

 優は手をパーにしてこちらに向けてきた。

 二人とも全力で腕を振りかぶり「パンっ」と気持ちが良い音が鳴った。

 ジーンとする腕を気にしながら「今日の大声選手権は俺の勝ちだな。」と返した。

 

 祭りは大成功だった。SNSで拡散され、コメント欄では「ここどこでやっているの?行ってみたい」や「こんな祭りやっていたの。行きたかった。」など様々な反響があった。テレビでも取り上げられ「祭りを復興させた高校生」として注目された。祭り後の撤収作業では常に胴上げ状態で大変だった。

 祭りから3日が経ち全てが完全に終わった。清々しい気持ちが半分虚しい気持ちもあった。

 すっかり習慣となった早起きのせいでアラームが鳴るより早く起きてしまった。目覚まし時計のスイッチを切り、体を起こす。身支度を済ませ外に出た。

 行く宛も無いまま自転車に跨った。吸い込まれるように海岸に向けて漕ぎ出していた。 

 一面に広がる海を一望した。何度見ても綺麗と感じさせる海は深いなと思った。

 防波堤沿いに一人の女性が座っていた。後ろ姿だけで誰か分かる。凪だ。

 「よう。凪もここに吸い込まれたのか?」

 「あら、大智君。」凪は少し驚いていた。

 「その表現があっているかもね。吸い込まれたわ。」笑いながら答えた。

 「ボランティア活動大変だったな。」

 「でも楽しかったでしょ。」

 「そうだな。」

 凪の方を見て「凪、ありがとう。」と伝えた。

 凪は困惑しつつ「いきなりどうしたの?」と聞いてきた。

 「凪のお陰でキツかったが楽しかったよ。それを言葉にしとこうと思って。」言いたいことはもっとあったがこれでいい気がした。

 「なんだ。いきなりだからびっくりした。」と凪は上目遣いで笑った。

 「凪はこれからどうするんだ?」

 「そうだね。まずは勉強かな。」凪は足をパタパタと動かし「最近忙しくて出来てなかったし」と付け加えた。

 「大智君は何かする事決まった?」

 「そうだな。やりたい事は一杯できたが。」

 空を見上げた。雲は無く快晴だった。

 少し考えた。

 あの時から俺は変われたのだろうか。その答えは分からない。不安や課題は沢山ある。

 でも、もう俺なら大丈夫だ。

 「まずは学生生活を全力で楽しもうかな。」


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藍春 あま @baraten

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