第5話 幼児化レベル

 仕事をしながらレニアさんにいろいろなことを教えてもらっている。覚えることがたくさんあって、ここへ来る前に受けた研修だけでは覚えきれなかったことも教えてくれる。


「思ったよりも早くレベルが下がってるわ。これなら予定よりも早く退院できそうね」


 レベル。この乳児院に入院している魔法使いたちにはその症状や状態によってレベルが決められている。


 レベルの最低値は1、最高値は5。症状によってレベルが設定され、レベルによって対応がそれぞれ違う。


 レベル1は一番軽症の患者さんのことだ。幼児退行しているが簡単な意思疎通が可能で、自分で立って歩くことができる。ただ、歩けるといってもよちよち歩きだ。自分の足で歩き始めた1歳児くらいの状態だ。立って歩けるけれど赤ちゃん状態にはかわりない。


 そこからレベルが上がっていくとだんだんと症状が重くなっていく。カルラさんのような症状は大体レベル3だ。はいはいができて、会話はできないがこちらの言葉をある程度理解することができる。


 そして最大のレベル5。この状態になると、かなり危ないらしい。ボクもまだ見たことが無い。


 見たことが無いけれど、この乳児院にも一人だけレベル5の患者さんがいる。


「それでは、お元気で」

「ええ、また来ますね」


 今日もまた元気になった患者さんが退院していく。またね、と言ってだ。


「レニアさん」

「なにかしら?」

「あの人たち、恥ずかしくないんでしょうか……」


 すごく疑問だ。確かに魔法使いとして強くなるには仕方のないことなのかもしれないが、赤ちゃんみたいになることが恥ずかしくないのか、と思ってしまう。


 ボクだったら、恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい。誰にも見られたくないし、見られたら死にたくなるだろう。


「うーん、そういう人もいるけれど。まあ、慣れね」

「慣れ、ですか」

「そうよ。魔法使いが強くなるには避けられないことだからね」


 ……なんというか、すごい世界だ。魔法使いの世界は。


「私たちの世界では魔法使いが赤ちゃん返りするのは当たり前のことだから。恥ずかしがってもいられないし、そんなに恥ずかしくもないんじゃない? 私は魔法使いじゃないからよくわからないけれど」

「そう、なんですね」


 わからない世界だ。あんまり、わかりたくもない世界だ。


 昔は魔法使いになりたいとか、魔法にあこがれを持っていた時期もあるけれど……。


「魔法使いには、なりたくなぁ……」


 これが理想と現実というやつなのだろう。現実はボクが思っていたよりも厳しいし、大変だ。


 そもそもなろうと思ってもなれない、と思う。ボクは魔力を持っているけれど、ものすごく少ないみたいだから。


 それに男だし。男の魔法使いがいるのかボクにはわからないけれど、この乳児院にいる患者さんたちは全員女の人だ。


 そう、女の人なんだ。


「シロウ、おむつ換えてあげて」


 おむつ交換。ミルクを上げるのも一緒に遊ぶのも大変だけれど、特におむつ換えは本当に、勘弁してほしい。


「う、うう」

「ほら、よそ見してたらダメでしょ。ちゃんと見る」


 見る。見れるわけがないじゃないか。


 だって、こんなの、変態だよ。


「ちゃんとしなさい。ほら、早く換えてあげて」


 おむつを交換する。これが本物の赤ちゃんなら何も問題ないんだ。


 けど、相手は大人の女の人なんだ。しかも、体を清潔に保つため、あそこの毛が完全に無い。つるつるだ。おむつを交換すると言ことは、それを真っ直ぐ見なきゃならないということだ。


 しかも、拭かなきゃいけない。汚れているんだから、キレイにしなきゃいけない。


「う、うわぁ。さすが、軍人さん……」


 ベビー服のボタンを外すとおむつと引き締まったお腹が見える。ここにいる魔法使いは全員軍隊に所属していて、つまりは兵士なのだ。鍛えられていて当然なんだけど、鍛えられた女の人がおむつを履いている姿は、なんというか、気が狂いそうになる。


「ごめんなさい、ごめんなさい。うう、ううう」


 おむつを外して、汚れたおしりを拭いて。


 ……ああ、なんだろう。おしりを拭いていくたびに心がすり減る音が聞こえる。


 頭がおかしくなりそうだ。いっそ、おかしくなったほうが、楽かもしれない。


「レニアさん。こ、交換、終わりました」

「よし。じゃあ、次の患者さんお願いね」

「次……」


 なんで、こんなことになっちゃったんだろう。どうして、普通の生活ができないんだろう。


 ああ、神様。普通がいいです。助けてください。


 でも、まあ、以前の生活よりは、マシなのかもしれない。


「奴隷になって生活が良くなってるって、どういうことなんだろう……」


 仕事は本当に大変だ。力仕事だし、キレイな仕事でもない。


 けれどちゃんと三食しっかり食べられる。物置の隅で寒さにふるえて眠る必要もない。乳児院の建物の中は常に温度も湿度も快適で清潔だ。


 本当、奴隷になってからのほうがちゃんと生活できている。仕事は本当に本当に本当に大変だけれど。


「うーん、大丈夫かしら」

「どうかしたんですか、レニアさん」


 人の世話をするというのは大変な仕事だ。しかも相手はかなり特殊な状態の人たちだ。


「あのね、シロウ。実は、一緒にレベル5の患者さんの世話をするようにって命令されてるのよ」


 レベル5。重症幼児退行者。


 どうやら、もっと大変になりそうだ。


 はあ……。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シロウ君と療養所ばぶばぶ奮闘記 甘栗ののね @nononem

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ