第4話 地球人
1999年。地球に異世界からの侵略者が現れた。その侵略者たちはあっという間に地球を支配し、ボク達人間は異世界人の奴隷になってしまった。
「ふむ。なかなか順調のようだな」
リーネさん。統合軍と呼ばれる軍隊の偉い人だ。そして、この乳児院にボクを連れて来た人でもある。
そういえば、ちゃんと顔を見たのは初めてかもしれない。なんだかわけもわからずここに連れてこられて、頭が混乱していたし怖くてまともに見たことがない。
「やはり私の目に狂いはなかった。これで魔導士たちの要望にも応えられたというわけだ」
「要望、ですか?」
レニアさんが言うにはリーネさんは軍隊でも相当偉い人で、そんな人が乳児院に直接顔を出すなんて言うのは珍しいらしい。というか、この乳児院はリーネさんの直属で、管理責任者もリーネさんだという話だ。
つまりリーネさんは乳児院の院長。ボクの上司というわけ。
それにしては、若いような気がする。普通、軍隊の偉い人って、もっと年を取った人のイメージがあるけれど、リーネさんは年齢はわからないけれど、肌にシワ一つないし、白髪もない。
長くて綺麗な炎みたいな赤い髪。それと同じ赤い目。とても眼光が鋭くて、けれど少し垂れ目でもある。肌は日に焼けているみたいな色で、背が高くてスタイルが良くて、勲章がたくさんついた軍服がすごくよく似合っている。
パッと見ると美人なお姉さんだけれど、近くにいると軍の偉い人といのがよくわかる。着ている服が軍服というだけじゃなくて、雰囲気と言うか、威圧感と言うか、威厳と言うか、見た目からは想像もできない迫力がある。
そんなリーネさんに呼び出されてボクとレニアさんは話を聞いている。最初は説教されるのかと思ったけれど、どうもそうじゃないみたいだ。
「この乳児院は軍にとって重要な施設の一つだ。魔導士と言う貴重な人材を癒し育てるためにな」
魔法使い。軍隊に所属している魔法使いを魔導士と言う。この乳児院は正式には『統合陸軍魔導士療養院』だ。まあ、ほとんどこの名前では呼ばれていないみたいで、職員の人たちも乳児院と呼んでいる。
乳児院は魔法を使いすぎて精神が幼児退行した魔導士たちの治療を目的としている。で、ボクはここでレニアさんたち治療師の助手として働いている。
「魔導士たちの力、魔力を高めるには彼女らを限界まで追い込むしか方法はない。そして限界まで追い込まれ幼児退行した魔導士たちが心安らかにその身も心も癒すためにこの場所は存在している。そんな安心できる場所を提供するのが私やお前たちの仕事だ」
なんかすごい真面目な話をしている。しているのに、なんでリーネさんはずっとにやにやしているんだろう。
「しかし、お前はかわいいな」
「か、かわいい?」
「ああ、魔導士たちの求めていた存在そのものだ」
乳児院では定期的にアンケートを行っているらしい。疲れ切った魔導士たちにより良い環境を提供するためにだ。
「年齢、性別、容姿。どれをとっても完璧だ。完璧な、少年、だな」
……ほめられてるんだけど。なんか素直に喜べない。
「それに様々な技術も身に着けている。料理、掃除、洗濯。他人の世話もしなれている。まあ、いろいろと辛い思いをしていたようだがな」
……なんで、知ってるんだろう。ボクの、以前の生活を。
「記憶を見させてもらった。お前が危険人物でないかを確認するためだ」
「あの、そもそもなんで、ボクなんですか?」
記憶をのぞく。たぶん魔法だろう。
でも、それでもなんでボクなんだろう。確かに家事全般は出来るし、人の世話も慣れているといえば慣れている。だけどボクより見た目がいい人間なんていくらでもいるはずだし。
「魔力だ。我々が求める容姿や年齢の少年はお前以外にもいたが、検査した結果魔力を持っている人間はお前だけだった」
「検査、ですか?」
「覚えているだろう。あれだよ」
ああ、あれか。あのときか。
地球が異世界の軍勢に全面降伏した後、ボクや他の人たちは集団で謎の機械に通された。ベルトコンベアみたいなものに乗せられて謎の光を浴びせられた。他にも謎の薬が入ったプールに入れられたりもしたっけ。
あれが検査だった、ということだろう。
「地球の人間は魔力を持っている者がほとんどいなかった。その中からお前は選ばれたんだ。誇れ」
選ばれし者。と言うとなんだかすごい人みたいだけれど、現実はそんなもんじゃない。
「誇るがいいさ。他の地球人は悲惨だからな」
なんで笑ってるんだろう、リーネさんは。
「聞きたいか?」
「いえ、あんまり」
「そうか。なら説明しよう」
人の話を聞かないなら、最初から聞かないでほしい。
「我々が占領した世界に生息している知的生命体を選別にかける。そこで高い知能を持つ研究者や学者、特殊な技能を持つ技術者などを選り分ける。彼らの持つ知識や技術をこちら取り込むためだ」
地球の科学技術を、ということだろう。でも、そんなの必要なんだろうか。明らかにリーネさんたちの世界のほうが技術力が上のような気がする。
「そして、それ以外は労働施設に送られる。そこで食料や魔導機械の部品などを製造し、立派な労働力として死ぬまで搾取される」
搾取。搾取って言ったよ、この人。普通もうちょっと別の言い方をすると思うんだけど、軍人さんってことなのかな。
いや、軍人とか関係なさそうだ。リーネさんは、たぶん、こういう人なんだろう。
「ああ、勘違いしないでくれよ。我々もそこまでひどくはない。たとえ奴隷であっても功績をつめば市民権を与えられる。稀だがな」
「市民権?」
「奴隷から解放されるということさ」
「解放……」
解放、か。奴隷と言う身分から自由になれる、ということだろう。
「お前もしっかり働けば自由になれるかもしれんぞ」
……本当かな。なんとなく、信じられない。
それに、自由になってもボクには行くあてがない。居場所が、どこにもない。
「信じられん、と顔に出ているな」
「え、あ、その」
「隠す必要はない。信じる信じないは自由だ。だが、これだけは覚えておけ」
リーネさんが真面目な顔になった。真面目な顔は、少し怖い。
「選ばれたからには勤めを果たせ。処分されてくなければな」
しょ、ぶん。処分、てことは……。
「話は以上だ。仕事に戻れ」
これで話は終わり、か。仕事に戻らないと。
仕事。うーん、仕事か。
あんまり、戻りたくないなぁ……。
「ああ、そうだ。忘れていた。お前にこれをやろう」
これ。これは……。
「レニアさんたちが使ってる、ガラス板?」
「メモリアパッドと言う。使い方はレニアに教えてもらえ」
「あ、ありがとうございます」
異世界の道具。どう見ても透明なガラスの板にしか見えないけれど、便利な道具だ。
やっぱり、技術が進んでる。ボクたちの世界より確実に。
「うーん、でも。進んでるんだけどなぁ……」
本当に、なんでだろう。
「うーあ」
「ぎゃああああああ!」
「ほらほら、泣かない泣かない。痛かったねぇ」
技術は確実にボクたちの世界よりも上だと思うのに、もっと他に方法は無いんだろうか。人が世話をするんじゃなくて、こう、それっぽい機械とかロボットとかでどうにか……。
「さ、シロウ。お仕事お仕事」
「はい……」
仕事、かあ……。
「つらい……」
本当に、つらい……。
がんばっていけるのかなぁ、ボク……。
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