第3話 初めての退院者

 カルラ二等陸曹が退院する。予定よりも一日早くだ。


「思ったよりも回復が早くてよかったわ」

「はい、そうですね……」


 今日は退院の日だ。退院は午後で、午前中には医師と担当治療師の最終チェックが入る。ボクもそこに立ち会わせてもらったんだけど……。


「五割増し、ですか。これは、興味深いですね」


 この乳児院にはお医者さんが何人かいるが、まだ全員と顔を合わせたことが無い。


 もちろんお医者さんも女の人だ。本当に、ここには男がボクしかいない。


「予定よりも早い回復に予想以上の魔力量の増加」

「で、問題ないのか?」

「はい。問題はありませんが、退院後何かあればすぐに連絡を」


 診察室にはカルラさんの担当医のゼイレンさんとレニアさんとボクがいる。


 カルラさん。やっぱりキレイな人だ。凛々しくて、美人で、いかにも軍人さんと言う感じのかっこいい人だ。


 ……かっこいい人、だよ。うん。そうなんだ。


 あれはただ、ちょっと病気だったというか。


「それではカルラ二等陸曹。退院は予定通り午後となりますので」


 ボクがお手伝いした、最初の患者さん。レニアさんのお手伝いをしただけだけれど、なんだか少し、嬉しい。


 嬉しいような気もするけれど、なんでだろう。


 カルラさんがずっとボクを見てる。


 なんだろう。何か気に障ることでもしたのかな。ずっと無言でこっちを見てる。


 ……怖い。


「診察は終わりだな。準備があるので失礼する」


 とりあえず、診察は終わった。特に何か言われたわけではないし、何もないといいんだけど――。


 なんて考えてるうちに、午後だ。


「お気をつけてお帰りください」

「き、気を付けて」

「……」


 見てる。やっぱり見てる。


 でも、もう終わりだ。退院する患者さんを見送って、これで仕事は終了。


「……地球人、だな」


 は、話しかけられた。どど、どうしよう。


「は、はい。そうです、けど」

「私を、どう思う?」


 どう、って。すごくかっこよくて、キレイで、凛々しくて。軍服に着替えると、威厳と言うか風格と言うか、見とれてしまうというか。


「……私は、お前の同胞を殺した」

「……え?」


 ……ああ、そうか。この人、地球侵攻に参加したんだ。


「憎いか?」

「……どう、なんでしょうね」


 憎い。本当に、どうなんだろう。なんというか、実感がわかない。


 確かに、怖かった。空を飛ぶ謎の兵器や、ドラゴンみたいな怪物も見た。同級生が目の前で殺されたり、おじさんたちと離れ離れになったり、大変だった。


 でも、なんでだろう。なんで、ボクは。


「よく、わからないんです。でも、たぶん、憎んではいません」

「……そうか」


 ひとりぼっちになってしまった。ううん、ずっとひとりぼっちだった。


 友達はいなかったし、おじさんやおばさんもボクを家族として見ていなかったと思うし、お父さんやお母さんは、もうとっくにこの世にいない。


 人がたくさん死んで、ボクは奴隷になった。それなのに、なんでだろう。怒りも憎しみも、悲しみも寂しさも、あまり感じていない。


 それよりも。


「あ、あの」

「なんだ?」

「元気になって、よかったです」


 カルラさんが自分の足で立ってる。さっきは自分で食事もしていた。もうきっと、ハイハイでボクの後ろをついてきたり、ミルクを飲ませてあげなくてもいい。


 治ったんだ。本当に、よかった。


「……おかしな奴だ」


 ……笑った。カルラさんが。


「世話になったな」

「はい。えっと、お元気で」


 こうして、ボクの最初の患者さんが退院していった。


「また、よろしく頼む」

「はい! ……はい?」


 また?


「え、えっと……」


 これで終わりじゃないの?


「レニアさん。また、って」

「たぶん半年後くらいじゃないかしら」


 半年後? え? 異世界の魔法使いってそんなに赤ちゃんになるの? それが普通?


「それにしてもカルラさんが笑ったの初めて見たわ。シロウ、気に入られたみたいでよかったわね」

「は、ははは……」


 気に入られたって。


 それって、いいことなのかなあ……。

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