第7話:魔女探し

青嵐のその問いかけに椿は答えることができなかった。

「よくは分からないけど…」

椿は戸惑っている、言ってしまっていいのか悪いのか、その言葉で青嵐が傷つかないか心配している。

「気遣わなくていいぞ、気にしてないからな」

「わかった………邪教徒って呼ばれてるのは知ってた」

「正確に言えば、“記憶喪失の”邪教徒だな」

青嵐は椿も知っているものだと思っていたが、よくは知っておらず、意外で少し驚いた。

「もしかして朝から“多分”ってよく使ってるのも…」

「ああ、俺に母さんと、魔女と暮らした頃の記憶がないからだ」

「そう………」

椿は何と言えばいいのか分からずに沈黙してしまった、いきなり重い話をしたのだ、引かれてしまっても仕方ないだろうと青嵐は覚悟していた。

何分ぐらいだろうか、暫く続いた沈黙を椿が破った。

「…ねえ」

「なんだ?」

「青嵐はさ、昔のこと思い出したいって思う?」

「そうだな、思い出せるなら思い出したいな」

母親と、魔女と暮らした日々のことを忘れてしまった青嵐は今や知らぬ過去に振り回されて何が楽しいのか、何がつまらないのかを分からずに生きている。

過去を知れば人生がより豊かになる予感がする。

だがそれ以上に魔女のことを思い出したい理由が彼にはあった。

「なあ霞草」

「なに?」

「魔女はなんで雨を降らせたか知ってるか?」

「えっと、人を困らせるためにじゃないの?」

椿はおとぎ話に出てくる通りの理由を答えた。

「違う」

「じゃあ、なんでなの?」

「俺も分からない」

「いや分からないんかい!」

椿は青嵐がふざけていると感じた、だが彼の曇り一つない瞳を見て、その考えが間違いだとすぐに悟った。

「でも一つだけ言えることがある、俺の母さんはそんな理由で雨を降らせる人じゃない」

「なんで、そう思うの?」

それを聞いて椿は神妙な顔立ちでその心を問うた、生唾を飲み彼の答えを長く感じる数秒の間待ち侘びる。

「もし母さんがそんな人なら、俺はお前を助けていないと思う」

椿はハッとした、そして思い出した、青嵐が自分のピンチを助けた時に何と言ったかを。

母さんなら俺にきっとそう教える、彼はそう言った。

それは青嵐の感覚に刻み込まれ、今も彼を無意識に動かせる覚えのない教え、それを教える魔女本人が悪人ならば彼は人を助けるようなことをするだろうか、いやきっとしないだろう。

今現在、椿が青嵐と共に誰もいない雨のテラスで昼ご飯を食べている事こそが、彼の育ての親である魔女が悪人ではないと証明する何よりの証拠だった。

「そうだね、確かに魔女が悪人なら私は青嵐と知り合うこともなかったね」

「だからこそ俺はどうしても信じられないんだ、母さんが悪意で雨を降らせただなんて」

「確かに不自然だね」

「多分だけど、俺は母さんに理由を聞いたはずなんだ」

何となく、その理由を聞いたことがあると、青嵐は直感でそう感じていた。

理論的な事も言えない、何か証拠があるわけでもない、だがその直感は青嵐の中で確信に近いものになっていた。

「それを確かめたいってのもあるし、もうひとつ知りたいことがあるな」

「それは?」

「なんで俺の前から姿を消したのか」

青嵐にとっての永遠の謎である、母親が自分の下から離れた理由。

自身にある2番目に古い記憶は病院のベッドで目覚めて、涙を流す母親が何処か遠くへと行ってしまう記憶、もし青嵐が原因なら泣く理由がわからない、魔女の涙が謎を深めていた。

「それを知って、どうするの?」

「別に母さんを問い詰めようとしてる訳ではないんだけどな、ただ理由を知りたいんだ、ただそれだけ」

魔女の涙の理由を、ただ自分を拾い育ててくれた母親が何を考えていたのかを知りたいだけ、それ以上でもそれ以下でもない。

「それは是が非でも思い出したいね」

椿は悲しげな顔で苦笑いをした。

「あと、記憶があったとしてもなかったとしても、母さんの迷惑にならないならもう一度会いたい」

母親の迷惑にならないという大前提を置いた上で、青嵐は最後の望みを語った。

「会って何するの?」

「そりゃあ、抱きしめるに決まってるだろ」

自身が思い出すことのできない母親の温もりを、優しさを直接感じたい、それこそが青嵐の胸に空いた穴を埋める唯一の方法だと彼は考えていた。

だが今の青嵐に母親と再会する術はない、出来たのならもうとっくに再開している。

再び長い沈黙が訪れた、先程よりも長く、何か大切なことを考えるような静寂が場を支配する。

その静寂を切り裂いたのは、またしても椿だった。

「ならさ………行こうよ、魔女を探しに」

「は?」

突拍子もない提案に青嵐は当然困惑した。

どれだけの時間がかかるかすら分からない魔女の捜索に自ら名乗りをあげたのだ。

「お前自分が何言ってるかわかってるのか?」

「もちろん、青嵐のお母さんを探そうって言ってるよ」

「それが何を意味するか分かってるのかって聞いてんだ」

「私も虐められるって言いたいの?」

青嵐が必死に濁して言わないようにした“いじめ”という単語を椿ははっきりと言った。

青嵐は恐れている、もし小さく美しい手を取ってしまったらその手の持ち主は自分のように虐められてしまうのではないかと。

「虐めてくる人はその程度の縁だったって事でしょ?そんなのどうでもいいよ」

しかし目の前の少女は青嵐が心配するほど弱くはなく、むしろ強かった。

「なら何で」

「だって私は青嵐に助けてもらったもん、なら私も青嵐を助けないと」

そんな優しい言葉を青嵐は知らなかった。

優しさを他者に見せればそれを仇で返されてきた青嵐はそんな事をする人がいるとは知らなかった。

「それに青嵐、探すあてとかあるの?」

「…ないな」

青嵐だって母親を探そうとしたことが何度かある、しかしどうやって探すかすら分からずに終わってきた。

だがどうだろう、金持ちの子ばかりが集まるこの学校で協力者を得たのなら、捜索にかける手間も金も比べ物にならないだろう。

青嵐からすれば願ってもない申し出だった。

「いいのか?無駄になるかも知れないぞ」

人に迷惑をかけたくないと思うのは普通だ、一部を除いて当たり前だろう。

「綺麗事になっちゃうけどさ、無駄なことなんてないよきっと」

椿の言葉には確かな重みが不思議とあった、まるで何十年も生きてきた大人の説教のような重みが。

「それに、青嵐のお母さんなら多分こう教えるよ、“女の子の好意を無碍にするな”って」

青嵐は開いた口が塞がらなかった、記憶の中で自分に手を差し伸べる母親の影が椿にぴたりと重なり、微かな既視感すら感じたからだ。

ふっと、口を緩ませた。

「そうだな、母さんなら多分そう言うだろうな」

「なら決まりだね!」

「ああ、俺と魔女を探してくれ、霞草」

青嵐は椿の手を取ることにした。

ほっそりとした白い手に確かな温かさと強かさがあるのを感じた。

「私はもっとときめくことを言って欲しかったんだけどな〜?」

「女の子を口説けだなんて教えられてないからな、多分」

「覚えてなくてもそれは絶対でいいでしょ」

「俺の母さんは一応魔女だからな、人を唆すように教えられたかもしれないな」

「何それ!さっきと矛盾してるじゃん!」

支離滅裂なことを言っているのは理解していた。

手を握り合ったまま、雨音がかき消されるぐらいの声量で、2人は笑った。

友人と過ごすのは、話すのがこれほどまでに楽しいものなのだと青嵐は知らなかった。

心にぽっかりと空いた空虚な穴が、ほんの少しだけだが小さくなった気がした。

手を離しても、温かさは変わることがなかった。


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後書き

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