第8話:憤り
「それで、母さんを探すにしろどうやって探すんだ?」
「うーん…探偵を雇うとか?」
一頻りに笑い合った後、2人は母親を探す具体的な手段を話し合っていた。
「前に一度やったことがある」
「どうだった?」
「金は受け取れないって言われたな」
期待の眼差しは何処へやら、椿は濁された結果をすぐに察した。
結果が振るわないのも仕方ない、何せ青嵐が魔女である母親について知っていることはたった2つだけ、見た目と苗字だけだ。
向こう側が透けて見えそうなほど純白な長髪に、妖しげに輝く真紅の瞳、海外にルーツがあるのは一目瞭然の容姿に、青嵐に与えてくれた“五月雨”の苗字を使用していたこと、その2つの情報だけでは流石の探偵もお手上げだった。
「ああでも、1つだけ情報があったな」
「それは?」
「母さんが偽名を使っていた事だ、そんな目立つ見た目で“五月雨”だなんて、見つからないはずがないだろう?」
“五月雨”なんて苗字はそうそう聞くことはない、それに白髪赤目の日本人離れした外見なんて探したらすぐに見つかるだろう。
しかし見つからない事こそが、母親が偽名で五月雨を名乗っていた動かぬ証拠である事だと青嵐は推測した。
「ねえ、それってさ」
「どうした?」
「余計に情報減ってない?寧ろ探すの難しくなってない?」
「気づいたか」
気づかない方が幸せだったことに椿は気づいてしまった。
苗字すらも分からない以上人探しなんて余計に難しくなってしまう、振り出しどころか一回休みだ。
どうしたものだろうか、2人であれでもないこれでもないと模索を続けた、近所の人に聞き込みをするのはどうかとか、椿から提案は出たものの、全て青嵐が試したことのあるものだった。
もっと考え続けていたい、しかし時間は有限であり、時の流れは無情だった。
チャイムの音が無慈悲に鳴り響き嫌でも思考を止めさせてくる。
「もうこんな時間!?そろそろ戻らないと!」
慌てて弁当箱を片付ける椿を見て、青嵐は落ち着いて片付けた。
「ねえ青嵐、続きどうするの?」
椿の問いかけに青嵐は考え込んだ。
授業後に教室で話し合ってもいいのだが、それだといつ外野、特に財前の邪魔が入ってくるか分かったものじゃない。
第三者の横槍が入らず、時間を気にせずに居られる場所を頭の中にある地図から探す。
数秒探して該当の場所を一箇所だけ見つけた。
「霞草、よかったらうちに来ないか?一人暮らしだから邪魔もないし」
「はあ!?青嵐の家!?」
「ああ違う、やましい考えはこれっぽっちもない」
椿の頬がみるみるうちに赤く染まっていくのを見て青嵐は慌てて誤解を解こうとした。
少なくとも今の自分に母と過ごしたはずの家にそのような目的で女性を招く度胸はない、と青嵐は思っている。
「じゃあなんでわざわざ……」
「うちには母さんが住んでいた痕跡があるはずだ、暮らしてる俺じゃ気付けない何かに霞草が気づくかも知れないと思ったんだ」
必死に女を説得するその姿はさながら浮気の弁解をする旦那のようだった。
「もう、そんなに慌てなくてもいいのに」
その様子を見て椿は終始楽しそうだった。
「別にいいよ、青嵐の家で」
「すまないな、授業後に校門で集合でどうだ?」
「了解!また後で!」
霞草は風のように走り去っていった。
彼女の手のひらの上で転がされて悔しいはずなのに、青嵐は悪くない気分だった。
「はあ…」
青嵐は今日久しぶりに冷たい目で呆れてため息を吐き出した。
原因は火を見るより明らかだ、金を寄越せと強請られている、無論相手は財前だ。
胸ぐらをガッと掴んで椿の可憐な笑みとは違う悪魔のような君の悪い笑みで脅迫してくる。
「邪教徒さんよぉ、どうせ持ってんだろ?」
「何を?」
「金に決まってんだろ、金だよ金」
廊下にはそれなりの人が通っているものの、青嵐を見るなり目を逸らして逃げ出すように走っていく。
「生憎今は小銭しか持ってないんだ」
嘘である。
実際には10,000円札が一枚だけ青嵐が今この瞬間も大切に抱える鞄の中に入っているが、それは枯渇してきた食料品や日用品をまとめ買いするのに必要不可欠なものだ、普段は面倒臭いで済ませるが今日だけは済ませられなかった。
「小銭しか持ってねえ貧乏人がこの学校に来れるわけねえだろ」
「少し浪費しすぎてな、今日下ろすつもりだ」
勿論そんな予定などない、この後すぐに椿と合流して許可が下りたら帰り道のスーパーに寄るつもりであって、銀行に寄っている暇などこれっぽっちもない。
財前は悪い目付きで青嵐の無気力な目を見る、青嵐は目で必死に今は手持ちがありませんと伝えた。
「嘘だな」
伝わらなかった、青嵐は再びため息をついた。
既に授業が終わってから10分以上は経過している、椿はもう校門にいてもおかしくない。
青嵐は何としてもこの厄介事を乗り越えなければならなかった。
「何抵抗してんだ邪教徒、いつも通りさっさと出せ」
「俺はないと言っているんだが」
「嘘つくんじゃねえ、よっ!」
バチンなんて軽々しいものではない、もっと生々しく痛々しい音が教室に響いて、青嵐は床に座り込んだ。
頬が焼けるように痛い、財前は手をグーにして振り抜いている、青嵐は思いっきり殴られたのだ。
少しだけフラフラしながら青嵐は飛んでいきそうになった鞄を持ち直した。
「何すんだ財前」
「嘘吐きには罰を与えねえとなぁ!」
財前が殴ったのを皮切りに、クラスの腕自慢達が手首や肩をポキポキ鳴らしながら歩いてくる。
青嵐は逃げようとしなかった、というより逃げたところで無駄だと考えた。
青嵐の身体能力は平均的だ、運動神経抜群のやつらを相手に逃げ切れるはずがない。
もし青嵐が殴り返したところで誰も彼を咎めないだろう、しかし彼は抵抗することすら放棄した。
「………ああ、そうか、俺は暴力を知らないのか」
青嵐は母親が自身に“暴力”を教えてくれなかったことを察した、もし教えてくれていたのなら体が感覚的に動くはずだからだ。
人を傷つける術を息子に教えないだなんて、やっぱり自分の母親は悪人なんかではないじゃないか、そう思考を巡らせた。
「なにニヤついてやがる、イカれてんのか?」
気づかぬうちに笑ってしまっていたらしい、こんな状況で笑うだなんて、自分は少しだけだが狂っているかもしれない、青嵐は己への認識を改めた。
再び重い拳が振り下ろされようとする。
青嵐は目を瞑って痛みに備えようとした。
だが覚悟していた激痛はいつまで待っても来ることはなかった。
「何してるの?」
廊下から財前達の暴力を咎める声が響いたからだ。
恐る恐る瞼を持ち上げるとそこにいたのは間違えるはずもない、校門で待っているはずの椿だった。
彼女はズカズカと他クラスの青嵐の教室に入ってきた。
「ああ?何だてめえ」
「私、暴力振るう人と喋る口ないから」
財前の威嚇をきっぱりと切り捨てて青嵐の元へと歩み寄る、外野は驚きと混乱で動けずにいる。
見たこともないような冷酷な眼差しが恐ろしくも、青嵐にとっては何処か頼もしさを感じた。
「ほら、行こう?」
「悪いな」
差し伸べられた手を頼りに立ち上がり、そのまま教室の外へと引っ張られていく。
「おいこいつ女作ってるぞ!」
「どうせイカれた女だ!」
「こいつも邪教徒じゃねえのか?」
「じゃあイカれた女じゃねえか!」
ぴくりと、空気が一瞬震えた。
“イカれた女”その単語を耳にして青嵐はぴたりと立ち止まった。
どれだけ酷くえげつない仕打ちを受けても1ミリたりとも動くことのなかった青嵐は初めて目の前の悪童達に対して憤りを覚えた。
立ち止まったことに驚く椿を横目に、青嵐は覚えている限り初めて呆れではなく怒りをぶつけるべく財前の方へ振り向いた。
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後書き
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