第6話:知りたい

青嵐にとって昼食は学内において唯一と言っていそとからいほどの癒しである。

教室棟と職員棟の間にある中庭には屋根のついたテラスがある。

雨の中わざわざ外に来る人は青嵐以外にいない、つまり屋根付きテラスは青嵐の独り占めだ。

外から丸見えではあるものの、それは秘密基地と言っても差し支えないだろう。

屋根に雨がぽつぽつと当たる音が耳に心地よい、教室内の雑音混じりの雨音とは違う純粋な雨音が青嵐は大好きだった。

たった1人、世界に取り残されたような感覚だった。

持参した弁当箱の蓋を開けてすっからかんになった胃袋に昼飯を放り込もうとする。

「それ自分で作ったの?」

「一人暮らしだしな、俺以外に作る人はいねえよ」

返事をしてから青嵐は違和感に気づいた、誰もいないはずのテラスに自分以外の声が、声がした方へ振り向いた。

声の主はニコニコしている椿だった。

「なんでここにいるんだ霞草」

「へーセイランクンハワタシガイヤナンダー」

「なんでカタコトなんだよ、別に嫌とは言ってないだろ」

椿は広いテラスの中からわざわざ青嵐と数センチしか隙間のない隣に座った。

隣に座ることを躊躇わない辺り、椿は本当に青嵐のことをなんとも思っていないのだろう。

それを横目に青嵐は弁当箱から焼売を1つ口に運ぼうとする。

その時に真横から無言の視線を感じた。

「そんなに見られると食いづらいだろ」

「減るわけじゃないし、いいでしょ?」

そうではあるのだが、椿の眼差しは美味しそうだな食べてみたいな、と明らかに青嵐に訴えていた。

そんな目で見られては、美味しいものも美味しくなくなってしまう。

「食うか?」

「いいの!?」

ずっとして欲しかった提案に椿は遠慮なく食いついた。

椿は自身の弁当箱から箸を取り出して、差し出された青嵐の昼ご飯から野菜炒めを一口分貰った。

口に運び味わうように咀嚼すると、幸せそうな唸り声を上げた。

「う〜ん!美味しい!」

「そりゃよかった」

誰しもが自分の作った料理を美味しいと評価されたら嬉しいものだ、青嵐だって例外ではなく、満更でもない表情をする。

「これどうやって作ったの?私も作ってみたいんだけど」

「感覚、としか言えないな」

弁当箱に詰まっている料理はどれも青嵐が感覚的に母親の教えに基いて作ったであろうものだ、詳しいレシピは何も覚えていない。

「魔女のみぞ知る、ってとこだな」

「じゃあ魔女のレシピじゃん、毒とか入ってないよね?」

「母さんは多分そんなことする人じゃないな」

「ふーん、そうなんだ」

「なんでお前が満足そうなんだよ」

何故か満更でもない顔をする椿を見て青嵐は笑った、それに釣られて椿も笑う。

1人の時はひんやりとした空気だったテラス、今日も変わることがなかったはずなのに、人が1人増えるだけでここまで温かくなるものだろうか。

お返しと言わんばかりに椿も自身の弁当から唐揚げをひとつ箸で掴み、青嵐の口元に差し出した。

その意図を青嵐は掴めなかった。

「はい、これ上げる」

「ああ、ありがとな」

青嵐は弁当箱の空いたところに唐揚げを置かせようとする。

それに気づいた椿は少し不機嫌そうな顔をした。

「このまま食べればいいじゃん」

「いやそれだと…」

「いいから!」

間接キスになるぞ、と言い切る前に椿は遮った。

ニコニコの笑顔で青嵐が食べるのを今か今かと待つ綺麗な笑顔を見る限り、椿は別に気にしていないのだろう。

意を決して青嵐は差し出される唐揚げに齧り付いた、出来る限り箸に口がつかないようにしたものの、どうしても多少はついてしまう。

青嵐は少しだけ顔が熱い気がした。

「美味しい?」

「美味しい」

冷めても衣がサクッと、肉汁がジュワッと溢れて来て、絶品だった。

唐揚げを味わっていると、それを見た椿がニッといたずらな笑顔を浮かべた。

「そういえば、間接キスしちゃったね」

「!!ゴホッ!」

吹き出しそうになったのを我慢したが、青嵐はむせてしまった。

慌てて水を喉に流し込んで、それを見て声を上げて笑っている椿はなんとも愉快そうだった。

「霞草お前!何すんだ!」

「別に〜?私は事実を言っただけですけど?」

飄々とした態度をとる椿に、言ってるが本当なばかりに反論のしようがない青嵐。

「青嵐ってば、もしかして意識しちゃった?」

頬杖をついてニヤリと女子高生らしい幼さの残るほんの少しだけ妖艶な微笑みをして強者の余裕を見せる椿。

しかし青嵐も負けっぱなしではいられなかった。

「そういう霞草こそ、顔が赤くなってるぞ」

実際に椿の頬はほんのりと赤くなってはいるものの、人に指摘されるほど赤くはなっていない、青嵐なりの反撃だ。

「うそ!?ほんとに!?」

ちょっとだけ鎌を掛けたつもりだったが、椿は頬に両手を当てる、綺麗な手を当てられた頬はみるみるうちに真っ赤になっていった。

青嵐にとってその様子が可笑しく、笑うのを我慢しきれなかった。

「あははは!本当に赤くなるやつがいるかよ!」

「なっ!?嘘ついたの!?」

この嘘つき!と軽めに罵るが顔は余計に赤くなっていく。

「ははは!悪かった悪かった!」

「絶対悪いって思ってないじゃん!」

図星である。

ひとしきり笑い続けていれば、それに釣られて椿も笑い始める。

滴る雨音にも負けないほど大きな笑い声をあげた。

今まで白黒だった世界に彩りを添えたように、静かだった時間が椿によって賑やかになった。

「あー、こんな笑ったのはいつぶりかな」

「そんなに笑ってないの?なら青嵐の今までってつまらなくない?」

「ああ、もしかするとつまらないかもな」

青嵐が覚えている限り、こうして誰かと笑い合ったことはない、経験がないものだからこの日常がつまらないという感覚はなかった。

いつも1人で雨音だけを聞いて食事をしていた彼にとってこの瞬間は楽しく新鮮な、それでいて何処か懐かしくも感じた。

きっと母親と同じような経験をしたのだろう、青嵐はわずかに残る記憶の中で笑う母親の面影を、目の前の女子高生に重ねた。

「なあ、霞草は俺がなんて呼ばれてるか知ってるか?」

青嵐は切り出した、目の前の彼女が自分のことを知った上で何故ここまで接するのか、何故自分と笑い合えるのかが知りたくて。

そしてなにより、何故こんなにも楽しいのか、それが知りたかったから。



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後書き

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