1年後に死ぬ
すみはし
1年後に死ぬ
占い師の人に「未来がわかるんですか?」と聞いたことがある。
「聞かれれば視るよ、普段から色々視えてると面倒だから私と相手のチャネルを合わせないといけないようにしてるけどね」
筮竹を整えながら老婆は面倒臭そうに言った。
「私の1年後の未来ってどうなってるんですか?」
「ろくな未来じゃなくても文句は言わないどくれよ」
老婆は目を閉じて祈るようにして数秒ののち、重たげに口を開いた。
「来年の今日はもう真っ暗だ、死んでるよ」
信じられなかったが、老婆の奥暗い目を見て嘘ではないのだろうなと感じていた。
聞かなければよかった、と思ったが来年までに死ぬのなら私は何をやり残したことがあろう、と考えて生きるようになった。
大学で一人暮らしするためのバイト代は全部おろしてきた。私の思える限りの贅沢をした。
校則で禁止されている化粧、染髪、スカート丈をとりあえず破った。
無駄にJILLSTUARTなんかの化粧品をフルセット揃えて可愛いパケを眺めたり、ブリーチして推しの髪色のピンクに染めた。
大人しいカーストにいたはずの私がカースト最上位のギャルに声をかけて化粧を教えてもらった。
「あんた案外パーツ配置いいね、化粧映えするよ」と言われて少し嬉しかった。
ダイエットは頑張っていたけどやめた。好きなものを好きなだけ食べるようになった。ダイエットで小さくなった胃はあんまり戻らなかった。
彼氏もできた。振られてもいいやとダメ元で告白したらOKをもらえてしまった。
でも残り少ない日々を考えて毎日LINEのやり取りをずっとしたい、電話したい、デートしたいと言いすぎたせいで別れることになった。
私だって別にそこまで連絡頻度は求めないけど、憧れの彼氏と少しでも多くの時間を過ごしたかったんだ。
勉強もやめた。受験生だったけど、受験する頃には死んでるだと思うと勉強する気にはなれなかった。
そうやって過ごした少し無謀な毎日を経て、占い師の言った“来年の今日”が来た。
病気になることも、突然体調が悪くなることもなく、自殺する気も起こらず、自分からは死ななさそうだ。
じゃあ残りは事故か天災か、何もないはずの平日だけど、親に涙声で学校は休むといい、今までのお礼を伝えた。
遊びに行く気にもならなくて、怖くて引きこもって、ただ無事に一日が終わらないかと震えながら、気分を紛らわすために加入したサブスクでインド映画を爆音で流していた。笑える映画が何故か泣けた。
が、一向に死ぬ気配がないまま日付が変わるまであと数十分というところまで来てしまった。ここまで来ると死へのカウントダウンがはじまる。
ありとあらゆる人に感謝を込めだし、今まで起こした悪事に許しを乞い、今までした善行がここでミラクルを起こさないかと考え続けた。
そうやって刻々とすぎる時間の中、Spotifyからは「明日があるさ」がなぜか流れて酷く腹立たしくなったのでスマホの電源を切ってぶん投げた。
カチカチと時計の音が響いている。あと何分、何秒…プラス何秒…プラス何分…疲れが溜まって眠くなってきて、日付が変わっても私は何故か死ななかった。
日付がズレたのかと思い、次の日も布団の中で震えながら一日をすごした。
家族はつい数日前まで馬鹿みたいに遊ひままわっていた娘が途端部屋に篭もりきりになったのだ。それはそう心配だろう。
こんな中でもお腹が空くのかと小さく音を立てた腹に腹を立てながら少しだけなにか食べようとリビングへと向かった。
私を見掛けると母親は飛びつくように近付いてきて、私を抱きしめた。
「どうしたの、体調が悪いの? どこか痛いの? 病院には行く? それとも何か嫌なことでもあった?」
矢継ぎ早に問うてくる母親を目の前に、涙が出てきて母親をますます困らせてしまった。
ごめんねもうすぐ死ぬの、とはもちろん言えず、お腹がすいたことを伝え、自分の分も作っておいてくれていた昨日の晩御飯を少しだけ食べた。
その最中母親と父親が会話しているのが聞こえてきた。
「あそこの駅の近くでやってた占い師さん、昨日亡くなったらしいわよ」
私は残りの晩御飯を取りだしガツガツと食べ、おかわりをした。
残った預金通帳と成績表を見て、乾いた笑いが出た。
1年後に死ぬ すみはし @sumikko0020
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