透徹の筆

赤スグリ

 あの日、見慣れた山々を己の瞳に焼き付けたことを思い出す。

 あの美しい雪山を、夜桜を、ヤツデの葉を、萩の花を、姿を、香りを、己のうちに記憶した。

 澄み切った氷のように冷たい春先の川に足をつけることも、ふと見える空の高さに凧を飛ばすことも、もう二度とすることはない。

 私はこの美しい故郷を出るのだ。

 静かに身体を侵食するこの寂しさの冷たさに背を向け、私はここをでるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

透徹の筆 赤スグリ @glasperle

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ