恋の国

月這山中

 

 話によれば、かの地に友情はないという。




1.カメラマンとして潜入したY氏の手記より


 手を握っても薄ら笑いを浮かべていた。

 マニュアル通りに一つの食べ物を分け与えてみたが、感謝は受けても直ぐに疑念の視線を向けられた。

 彼女達の仕事の手伝いをしてみて、ようやく受け入れられた。

 だがこれは奴隷を大事にする為の気遣いだろう。まだ上下関係の付き合いだ。


 ある日、一人の女性に花を贈ってみた。

 すると瞬く間にその女性だけでなく全員の関心を引き、あれよあれよと言う間に盛り立てられて、婚約を結ばされた。

 日頃の感謝を伝えようとしただけなのだが、完璧に覚えたはずの現地語は通じなくなっていた。

 式の前夜祭に私はこの手記を書いている。始終監視され、この地を抜け出すことは叶わないだろう。


 彼女達は友情の存在を否定している。肯定している者もいるにはいるが、大抵は儚く失せ易いものと思っている。友情を信じていないので、理解出来ない。

 いや、理解はしているのだろう。それが友好の証として贈られた表現だと。

 だが、何があったのかは知らないが、彼女達は友情を排他してしまったのだ。何も生まない友情よりも、実用的な愛が欲しいのだ。


 私があらゆる手を尽くして表現した友情は、「それはもう飽きたよ」と付き返されていたのだろう。




2.教師として潜入したX氏の供述より


 手を握ると、とても良い笑顔で喜んでくれた。

 食事の時は私に一番良いものを食べさせてくれた。

 私の故郷の遊びを教えると、あっという間に流行した。

 順調に友好を結べていると思った。


 何人かに愛の告白を受けた。

 私は君たちの先生として、友人になりたいだけだと、その度に断った。

 彼らは肩を落とし、現地語で「まだ駄目だったか」と呟かれることもあった。

 告白は尽きることなく続き、同じ者が毎日のようにプロポーズの訪問をするようになった。

 私は対等な関係を維持するため、誰とも婚姻しないことを伝えた。


 その夜、全員が私の部屋の前に並んでいた。

 私は村の共有財産になる前に、その地から逃げ出した。


 彼等は友情を、性差の分け隔てなく結べるものだと認識していない。

 目的の一致であろうと、深い友情は彼等同士の間には生まれていたはずだった。

 彼等は友情を知ることができる。だが、異性間では性欲が勝ち、友情は起こりえないのだと、思い込んでいる。


 本当に悩ましく、心苦しい。この身から出産機能を捨てない限り、彼等との平等な関係は成し得ないのだろうか。





3.Z国との関係に関する外務大臣の談話より


 話によれば、かの地に友情はないのだと言われている。


 親子・兄弟・姉妹にあるストルゲーも、感情や時間を共有し生まれるフィーリアも、他者を求める感情は全てエロスに還元し、最高位の愛情表現は性行為なのだという。

 その目的は子孫の繁栄もあるが、恋愛感情か性的快楽を起こしてくれる一生のパートナーを得ることかも知れない。

 それさえあれば、人生を潤す隣人は幾人も必要ないのだろう。我々の意識とは大変にかけ離れている文化だ。


 本当に、そうなのだろうか。


 おおよそ五百年前より、我々は自らの肉体で子を産み育てることが叶わなくなった。生殖行動も、胎児を育てるための行動も負担が大きく、多くの者は出産を前に死に至っていた。

 人工授精により種の滅亡は回避されたが、人々の親子関係、とくに情愛が希薄になったと言われ始めた。反抗する子を殺し、新たな子を作りにくるという現象が問題になったことを歴史の授業で習った方も多いだろう。

 我々は家族間の関係を《友情》により保持するようになり、それを重要視する文明へと変化していった。


 かの地に友情はないのだと言われている。しかし、本当にそうなのだろうか。

 実際には、我々の間で呼ばれている《友情》というものも、解体してしまえば、同情心や、利害の一致から生まれた、大いなる誤解の上に成り立った感情ではないのか。


 性愛を原始的本能に突き動かされた邪悪な感情だと依然排他しようとする声もある。だが、それを言うなら、出産に伴う死の恐怖に怯える感情も同じ原始的本能ではないのか。

 我々は大いなる誤解によって行動し、大いなる誤解に、生かされているのではないのか。


 我々が遺伝子を繋いでいくためにも、彼らとの交流を諦めるわけにはいかない。

 種族として「恋」を失った我々が、存続するために。

 その度に個々が傷つこうとも。



  終

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