無理心中の片割れ


「彼がいない」


 車両に入る前に、浮かぶ魂が言った。


「彼とは?」

「あたしの恋人、あの世で一緒になろうねって、言ったのに」


 車掌は困っている。


「はあ、私もそこまではわかりかねます」


 魂は乗車を拒否する。

 車掌は帽子の鍔を直した。


「探して」




 列車から歩いて川の中へ入った。

 空は白んできている。


「自殺はここで企図された」

「そう」


 列車と反対側、三キロメートル下った川べりには、ブルーシートが張り巡らされ、いくつかの警察車両が停まっている。


「たしかにここで離れた魂はあなたひとりのようだ」


 川面から顔を出して車掌は言う。


「探して」





 探し人の彼は病院にいた。

 サイドテーブルには見舞いの花が置かれている。

 車掌と魂は四階の窓から室内を見つめている。


「生きていたんですね」

「………」


 彼に寄り添うのは家族だろう。

 老いた母親の背中を、彼の弟が擦っている。


「許さない」

「なぜ?」

「あたしを悪者にして幸せになろうとしてる」

「考え過ぎでは?」

「一緒になろうねって言ったのに」


 魂は呟く。

 肉体から離れた魂が、心変わりをすることはほとんどない。それは大脳皮質での電気交換を失ったためなのか、あるいは残された人間に固定された記憶がそうさせるのか、車掌にはわかりかねる。


「早く死ねばいいのに」


 魂は呟く。

 車掌はその場から動かない魂を置いて、列車へと戻った。



  了

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