疲れたアイドル


「うち、死んだの?」


 女は言った。二つ結びの跡が残った黒の長髪で、長袖の端から白い傷跡が見えている。女は名前を忘れていたが、『ぽぽみ』と呼ばれていたことは覚えていた。


「そう思いますか」


 男は言った。黒の詰襟に身を通しコートの下に錆びた軍刀と弾のない銃を隠している。男は名前を忘れていたが、『ヤマグチ』と自ら名乗っていた。


「昨日眠剤1瓶食ったもん。馬鹿みたいに砂糖入れた紅茶で流し込んだ」


 女は両手を頭の上で組んで伸びをした。


「なんかスッキリした。人間キライだったし」

「なぜ?」

「そりゃキライになるって。毎日キモイおっさんと寝てたら」


 言ってから気付き、両手を振る。長年染みついたあざとい動作。


「ああ、あなたは違うから。なんか人間っぽくないし」

「そうですか」


 男の無機質な視線が窓の外を照らした。


「クソみたいな歌詞一生懸命覚えて、オタクのべたべたな手ぇ握って、狭いハコで世間なめてるステップ踏んで、その間ふわふわ綿菓子のことしか考えないようにしてた」


 女の病んだ視線は窓の外を射抜いた。


「クソな人生だったな」

「お疲れの様子ですね」

「疲れもするよ」

「そろそろ終点です」


 ドアが開く。

 黒い闇の中に駅のホームが浮かぶ。その向こう、一点、光が当たっている。


「それでも、スポットライトの下なんですね」

「だってこれしかないし」


 女は電車を降りた。


  了

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