第32話 まとの蛍

「ええ、蛍が。それで思い出しましたが、先程の‘尚泣け’とおっしゃるなら、私は世の無体と無明を云うよりは、自らのそれを泣きたい気がします。私にはまだ何も見えない、私の目をふさいで、すべてを邪魔しているものの正体が。歌にすれば、‘思はめやまとの蛍の光なきしみのすみかとなさんものとは’とでもなりましょうか、ほほほ。いまだすべてが暗うございます…」。

確かにそうだ。世が人がというよりは自分の無明こそが自分を更生させず、闇に引き止めているのかも知れない。一葉に負けぬいまのこの不遇を「どうしようか」ではなく、ひたすら自分は「どうあるべきか」を探り、そして「大事なものは何であったか」を求め続けることが肝要なのだろう。しかし云うは易しである。今晩これからも、また私のこれからの人生も、それぞれ闇はなお深くなるのだろう。一葉同様光はまだいっかな見えない…。

いつの日か彼女とまたこうして人生や文学を語り合えるだろうか。時空の隙間に入る直前一葉が私の肩に頭をあずけてくれた。恋しい。いとおしい。この人こそが。まさに一葉恋慕である。その一葉がいま、消えた…。


―小説返歌―

世が人がとありかかりとひたみちに云ふが空しさ己心の魔ななり


花と咲きお蝶呼びたし我妹子をうもれ木ままでは果さざるらん

                ―byわが師匠、樋口一葉(とわたしの合作?)

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一葉恋慕・大森編 多谷昇太 @miyabotaru77

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