本編

「宿の主人の言う通りに、父さんは遠くでお前の事を見守っているからな……頑張るんだぞ。」


父さんの励ます声は震えていた。泣きそになったけど、ぐっとこらえて宿を出る。(古い引き戸をガラガラと開ける音)


月明かりの照らす夜。普段は賑やかな虫や蛙の声が、今はシーンと静まり返っている。人が誰もいない道に、一歩足を踏み出した。

静かな一本道に、今は自分の足音しか聞こえない。(ジャリ、ジャリという片足ずつ地面にしっかりと着く足音)

片足立ちのまま宿を振り返ると、先程まで付いていた玄関の灯りが消えていた。父さんは本当にいるんだろうか。戻りたくなったけど、グッと堪えて前に進む。(足音)


少し歩いて、福神橋に差し掛かった頃。川の水が流れる音が聞こえてきて、ホッとした時だ。

後ろから足音が聞こえてきた。(コツン、コツンという靴音)……父さんじゃない!


「白鷺は彼方へ飛んで行け、やや子は一緒に飛んで行こ、お歌の方へおいでやおいで、一緒に歌お、おいでやおいで」


歌が後ろから聞こえてくる。優しい女の子の声にゾワゾワと背筋に鳥肌が立ってきて、思わず叫びそうになった。


「…………っ!」


父さんが見守ってくれているんだ。だから、大丈夫。足を動かすんだ。(ジャリ、ジャリという片足ずつ地面にしっかりと着く足音)


「やや子はどこかな、おいでやお………」(コツン、コツンという靴音と共に歌声が少しずつ離れていく)


何かは橋の所で探しているようで、こちらには着いてきていないようだ。見つからないように、一歩ずつ。両足を着かないように慎重に歩みを進める。


ふと、妙に通りが暗いと電灯を見れば、通りの全ての灯りが消えていた。昼間は賑やかだった通りは、人が消えたみたいに静まり返っている。

もしかしたら、みんな連れ去られてしまったのだろうか。自分も連れ去られてしまうんじゃないか。


嫌な事ばかりが頭を過ぎる。しんとした場所に自分だけの足音が響いた(ジャリ、ジャリという片足ずつ地面にしっかりと着く足音)


月明かりがぼんやりとしか照らしていない道は、先があまりみえず。地面を歩いているのに、違う世界に足を踏み込んだようだ。

踏み締めた自分の足音だけが、現実を感じさせてくれる。(ジャリ、ジャリという片足ずつ地面にしっかりと着く足音)


何歩歩いただろう。白鷺の足湯に通じる階段まで辿り着いた頃、自分の額にじっとりと汗が滲んでいた。思ったより疲れているが、あと少し。この階段を登れば着く。目的地が見えて安堵しつつ、階段に足をかけようとした時だ。


「白鷺は彼方へ飛んで行け、やや子は一緒に飛んで行こ、お歌の方へおいでやおいで、一緒に歌お、おいでやおいで」


いつの間にか、何かが側に来ていた。あと少しなのに。あと少しだから、お願いだから来ないで欲しい。


一歩ずつ、一歩ずつ。階段を慎重に登っていくが、何かは確実に近づいてきている。


「一緒に歌お、おいでやおいで」


真後ろで歌う声に、疲れとは違う意味で足が震えた。振り返ったらいけないような気がして、必死に一歩階段を登る(ハアハアという、恐怖に震える息遣い)


「……そこにいるのかなぁ?」


目の前に真っ赤な腕が伸びてきた。もう耐えられない!階段を一気に駆け上がる。


「…………っ!?」


グイッと何かに強く腕を捕まれた。思わず振り向くと


「ごぎぎぎぎ」


奇妙な音と共に大きく開かれた口が目の前にあった。赤い牙が沢山並んだ赤い大きな口。もう駄目だ。

足湯は目の前なのに。父さん、ごめん。諦めかけたその時。足湯に映る月が、揺らいだ。(リーンという鈴の音)


なぜだかわからないけれど、自然と縋っていた。縋ることが、正解だと思った。


「白鷺様!お導きください!」


途端に水面から光が迸った。何かの叫び声と共に、掴まれていた手が緩む。今だ!足湯まで駆け寄ると、水面の月明かりの中から一羽の白鷺が飛び出してきて僕をすり抜けて飛んでいく。(白鷺のギャーギャーという鳴き声)


白鷺の鳴き声に、何かの叫び声。眩しい光。グルグルと頭の中が回るような感覚に、立っていられなくなる。

一瞬にも、長きにも思える時間がたったあと、それは止んだ。


うるさいほどの虫の音と、足湯の流れるサラサラという音。なんてこと無い風景が、そこには広がっていた。


脱力して、座り込む。足湯に映った月は、ただ静かにこちらを見ていた。

助かったみたいだ。ほっと一息ついた瞬間。急に後ろから両肩を強く捕まれた(叫び声)


「もう、大丈夫だ………よく、頑張ったな。偉かったぞ。」


そこには、目に涙を浮かべた父さんがいた。これは、現実なんだろうか。


顔色が悪いからと促され、二人で並んで足湯に浸かっている。柔らかなお湯の温かさに、自分が真夏なのに芯まで冷え切っているのを理解した。肩に置かれた父さんの手の温もりと共に、心に優しく染み渡る。ああ、生きているんだ(お湯がサラサラ流れる音)


空を見上げると、山がうっすら明るくなってきていた。日の光が差し昇る光景に、先程の白鷺を思い浮かべる。助けてくれたんだ。


体が温まった頃。足湯から出て、お父さんと手を繋いで宿に向かう。お父さんは安堵したような、どこか険しい様子だ。

宿に戻ると、宿の主人が玄関で待っていた。その表情もお父さんと同じで。不安になる。


「本当に、よう戻られました。」


何度も頷きながら、主人は確認するかのように全身を見てきた。そして、柔らかな表情で父さんに


「この子は、もう狙われませんよ。大丈夫です。」


その言葉に、父さんは良かった良かったと笑顔になり涙を流した。

主人は少し待つよう言うと、奥から一枚の絵を持ってきた。そこには、黄色いワンピースを着て小麦色の麦わら帽子を被った、優しい笑顔の女の子が描かれていた。あの子だ。


「妹です。この子は連れ去られてしまいまして。私にはどうする事も出来なく………アナタが助かって、本当に良かったです。」


悲しそうに笑いながら、絵を撫でる主人。何も言えないでいると、話を切り替えるように朝食の用意をしますと食事処に案内された。 

食欲は無かったけど、どうぞと出された朝食はどれも暖かくて美味しそうで。温泉卵を手に取り食べてみると、お腹の中から満たされる美味しさで。気が付いたら夢中で全部食べていた。


「また、どうぞお越し下さいませ。」


帰り支度を整えて、父さんと来た時と同じように帰る時。主人から深くお辞儀をされた。こちらもお辞儀をして、短いような長かった出来事はやっと終わった。

帰りのバスに乗り、青々とした山の風景を眺めていると、父の手が頭を撫でてくる。

窓に映る顔は、優しくて。一緒に映る自分を見つめながら考える。


また、誰か狙われるんじゃないだろうか。あの子はお兄さんを待っているのだろうか。


いや、もう考えるのはよそう。考えても解決はしないのだから。生き延びた。それだけで良い。


『一緒に、遊ぼ』


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「SARF×カクヨム 短編こわ~い話コンテスト(朗読型)」白鷺様と赤い女の子。 シーラ @theira

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