第2話

 ブルーシートで切り取られた空間。けたたましく縄張りを主張するサイレンと赤い光。その甲斐も虚しく集まって来る野次馬達と食い止める規制テープ。


(まさかこんなことになるなんてな)


 これまで交番勤務を続けて来たがこんなことは初めてだ。俺達が暇を持て余す、いい街だと思ってたんだが……


 刃物による殺人事件。被害者はバラバラ状態。間違いなく明日の新聞の一面はこの事件だろう。


 現場はこの世とは思えない。俺には刺激が強すぎる。もう二度と境界を越えたくない。


 目の前では野次馬が蠢いている。前を取り合う穏やかな争い。そっちには臭いが伝わってないんだろうな。


 ブルーシートの壁を越える唯一の情報。鉄の匂いで鼻が曲がりそうだ。


 早く交代にならないか。そう思えば思うほど時間はゆっくり流れる。


「失礼。失礼しますよ。ちょっと失礼」


 そう言いながら長身の男が近づいて来る。野次馬の中から頭が飛び出している。


 黒色のジャケットにU字のシャツ。顔は特徴はない塩顔。Youtubeの怪しい宣伝で見たことがある気がする。


 刑事だろうか?時間もそこそこ経っているし妥当ちゃ妥当か。


「すみません。ここから先は入れません」


 一応マニュアル通りの対応をする。

 

「大丈夫ですよ、ジュンサさん。寒いでしょ?お菓子どうぞ」


 チョコ菓子ダークサンダーを握らされる。長身の男からではない。小柄な女からだった。


「こういったものは受け取れないんです」


 女に返そうとするがググッと押し返されてしまう。


 女は隣の男が背が高いせいかかなり小柄に見える。それにかなり若い。


 大学生…いや、下手したら高校生の可能性もある。最近の高校生は大人びてるからな。


「いやだから大丈……」


「おふざけもいい加減にしろよ」


 長身の男が後ろから覗きこむ形で割り込んできた。その手には警察手帳が握られている。


「こういった者でして」


 大きな手にちょこんと収まっている手帳に目を疑う。


「警視庁……」


 こういう時ってどうするべきなんだ?判断しかねる。そうだ。斉藤さんに指示を……


「だから言ったでしょ大丈夫だって。ねぇ、事件について教えてよ」


「……わかりました。ご案内します」


 無線に伸ばした手を引っ込めてブルーシートの方へ案内する。


「うわー」


 女は現場を見るなりあからさまに嫌そうな顔を浮かべた。それも無理はない。


 大きく広がった血の池に浸かるバラバラな肉片がそこら中に散らばっている。


 慣れとは恐ろしい物でもう何も感じない。どこか映画のワンシーンのような虚像感を感じる。


「凶器は折りたたみ式のナイフだったよな?」


 男の方は真剣な顔付きのまま現場を舐め回すように観察している。かなり現場慣れしていそうだ。さすが警視庁。


「はい」


 男は答えを聞くとスクッと立ち上がる。


「これはビンゴですかね?」


 女が少し離れたところから声をかける。


「十中八九そうだろ。とりあえず被害者の特定からだ」


「えっ…この状態から…」


「2人で事足りるだろ」


「それはかなり厳しいかと……」


 2人の会話につい割って入る。


「ご遺体が混ざってしまっているので鑑識が入らないと難しいと思います」


「混ざってる?」


「今回の被害者は2人ですから」


「怖いなぁ」


 女がそう言って驚いている間男は何やら考えているようだった。そしていきなり血の池の方へ向かった。


「すまない君も手伝ってくれ」


「はい!えっと…何をでしょうか?」


「2人とも頑張って〜」


 女はそう言うとブルーシートの世界から出て行った。

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三途の浮島 サクセン クヌギ @sakusen_kunugi

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