三途の浮島

サクセン クヌギ

第1話

 特に変わり映えのしない1日だ。


 春に向かう季節。空気はまだ冷たく吹き付けている。


 ぶらぶらと力なくリズムを刻む右手にはコーヒーのペットボトルを引っ掛け、左手はポケットの中で縮こまっている。


 右手から伝わる冷気はまだ縋り付いる冬を感じさせる。


 コーヒーを口元に運ぶ。


 冷たさとミルクと砂糖に包まれた苦味が口の中で転がって喉元を過ぎて消えていく。


 夕方。学校からの帰り道。時間がゆっくりと過ぎていく気がする。


 ペットボトルをリュックの脇ポケットに押し込む。代わりに取り出したのは英語の単語帳。


 登下校の間に単語を覚えることは学年が変わってから決めたルーティンだ。最初こそやる気が出なかったが、慣れて来つつある。


 ぺらっとページを捲る。


 面白いとも思わないがつまらないとは思わない。時間を有意義に使えている気がする。


 続いているのはそんな曖昧な理由からだった。

 

 しばらく歩いた。駅から結構離れたが人通りは減っていない。


 ドン


 後ろからぶつかられた。


 痛い


 ジリジリと焼けるような感覚が右の脇腹あたりにあった。


 生暖かい何かが溢れ出してくる。気味の悪い感覚が腰から足に向かってじわじわと広がっていく。


 寒気がする。手先が震える。


 ドンドンドン


 後ろから何回も殴られる。


 ドサッ


 単語帳は手から滑り落ちた。


 拾わなきゃ


 手を伸ばそうとするが踏ん張りが効かない。


 視界は大きく揺らいだ。視界では鮮やかな赤が強烈に自身の存在を主張している。


 重い頭を僅かに傾けて辺りを見渡す。


 俺を見て逃げる人、カメラを向ける人。大きく距離を置いて見ている。


「お前みたい…真面目…奴…嫌い…だよ!」


 何か後ろで騒いでいる気がするがどこか遠くに聞こえる。


 べちゃ


 手が赤く染まって鉄の匂いを感じる。


 そうか。俺………


 死ぬのか


 いつ死んでもいいように生活しろ。


 よく偉そうな奴らがそう言う。


 そんな言葉、馬鹿らしいと切り捨てていたが頭の片隅に残っていた。


 こんなはずじゃない。


 これまでの積み重ねはどうなる?


 将来の夢を叶えるための努力。受験に向けての勉強。将来への貯金。


 同時に少しホッとしている自分もいるのは何故だろう。


 目の前は少しずつ白みがかってきた。


 何度も何度も叩かれる衝撃と高揚した叫び声を遠くで感じている。

 

 生涯に一切の悔いがないとは思わない。ただ最後の執着もない。


 これが死なんだという漠然とした納得が心の中にあった。


 光が消えていく。


 すでに身体の感覚は残ってないし、音も少し前から聞こえなくなっている。


 そろそろ時間だ……


 

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