ギャル湯切り

ささみし

短編

 昼休みになった。

 私は弁当箱が入っているはずの巾着袋を開封して――驚愕した。

 

「なぜカップ焼きそばがこんなところに……?」


 その疑問の答えは、同封されていたメモ紙に書いてあった。

 

 『ごめ~ん、寝坊してお弁当つくれなかった 代わりにこれ食べてね!』


 そういえば弁当にしてはバカに軽すぎるし、からからと乾いた音がするなあと思っていた。

 ……いや、気づけよ私。

 だいたい、お湯がないと食べられないじゃないか……。

 と頭を抱えたところで、はっと気がついた。

 まさかと思い、水筒の蓋を開けてみる。やっぱり。お湯だ、これ。

 いや、でも、魔法瓶だからそんなに冷めてないかもだけど、何時間も置いたらぬるくなっているのでは?

 このお湯でカップ焼きそばは作れるんだろうか……。

 まあ試してみるしかないか。

 

 学校内でこんなことしていいのかという背徳感はあるけど、ほかに食べるものは持っていないし、金欠だから購買で買うのもできれば避けたい。

 いっそ空腹のまま過ごすほうがマシかもしれないけど、せっかくある食べ物を食べないのも無駄というものだろう。

 

 私はカップ焼きそばの蓋をぺりぺりと剥がし、水筒のお湯をそそいだ。

 教室がざわついている。

 

「お、おい、あいつ教室でペヤング作り始めたぞ……」

「マジかよ」

「ヤベー」


 誰だよ、高校の教室でカップ焼きそば作るやつ、って私しかいねーか。へへ……。

 

 やばい。急に恥ずかしくなってきた。汗がどっとわいて脇の下がじっとりと濡れた。

 友だちのいない陰キャがやっていいことじゃなかった。明日から教室ペヤングって言われていじめられる未来が見える。

 なんで私がこんな目にあわなきゃいけないんだ……。

 

 ――あ、3分経った。

 湯切りしなくちゃ。と思ってふと固まった。

 どこに捨てれば良いんだろう。

 まあ……トイレしかないか。

 

 私はお湯のなみなみと入った容器を持って教室を出た。

 周囲の目が針のむしろのように突き刺さる。

 

 廊下を歩いていると、ギャルのグループがトイレの前にたむろしているのを見つけてしまった。

 普段ならそれだけでトイレキャンセルして別の階に直行するところだけど、今日そんなことをしたら余計に目立つし麺ものびてしまう。

 私は意を決して前進した。

 ギャルの一人がこっちを見た。私のクラスでおそらく一番の発言力を持つであろうトップギャルの吉田さんだ。

 ひぃっ、近づいてくる!

 

「あれ? 川木ちゃんじゃん」

「あっ、はい」

「何持ってんの? えっ、ペヤング? なにそれうける~」

「あっ、はい……」


 あっはいBOTになりすましてスルーしようとしたけど、吉田さんはなぜかトイレの中までついてきた。

 

「あ、わかった、湯切りするんだ」

「あっ、はい」

「ねーねー、川木ちゃん、湯切りするときさ……こーやってギャルピで持ってやってみてー」


 吉田さんが両手前に出してピースサインをしてみせた。

 ギャルピ……ギャルピースの略だったっけ。

 吉田さんが見ている前でその申し出を断ることなどできるはずもなかった。


「え、えと……こう、ですか?」


 私は言われるままに両手を前に出してギャルピースのポーズで容器を持ち、手洗い場にペヤングの残り湯を流し始めた。

 吉田さんが爆笑した。

 

「あはは、ギャル湯切りだ。川木ちゃんかわいー! ね、撮っていいっしょ?」


 こっちが返事をする前にスマホで写真を撮り始めた。

 「もっと笑って」と言われたので笑顔を浮かべる。「ふ、ふへへ……」頬が引きつりそうだ。

 しかし、この湯切りポーズ、どのくらいお湯が出ているのか見づらいな……。

 と思って手を動かした瞬間、指にお湯がかかった。

 

「ぅあっちぃっ!?」


 びっくりして容器から右手が離れた。

 引っくり返りそうになったペヤングの容器を、横からのびてきた吉田さんの手が支えた。

 

「あぶないっ――ふう。焼きそばは無事だね。よかった~」

「あっ、ありがと……」

「いいっていいって。あたしもちょっとふざけすぎたしさ。あ、ってかこれさ、見て見て。ダブルギャル湯切り~」

 

 私の左手と吉田さんの右手が同じギャルピの形でペヤングの容器を持っている。

 鏡に写る二人のポーズが左右対称になっていて、まるでアイドルと一緒に記念撮影してるみたいだった。

 

「へ、へへ……いえーい」

「あははっ、川木ちゃんノリいいね!」


 たぱたぱとお湯が流れ落ちて、やがてお湯はなくなった。

 容器を受け取って、私は教室へもどろうと吉田さんに会釈をして別れを告げる。

 

「あ、あの、それじゃ……」


 吉田さん、思ってたより良い人だったな……。と思って教室へ戻って席に座り、ソースを混ぜる。

 ソースの香りが教室の中に拡がった。

 う……これはちょっと気まずい……。外に持っていって食べるべきだったかも、と後悔してももう遅い。

 教室にいるクラスメイトの視線を一身に受けながら私は焼きそばを一口頬張った。変な緊張感のせいで味がしない。

 

 と、いきなり前の席に吉田さんが座った。

 

「よ、吉田さん??」

「あたしも湯切り手伝ったんだから、一口くらい食べる権利あるっしょ?」

「え、ええ?」

「ね、一口ちょうだい」


 吉田さんが右手を前に出した。

 ギャルピ? いや、違う、あ、箸か。

 

「あ、いや、でも、これは」


 私が使った箸だから、これを吉田さんが使うということはつまり間接キスになってしまうわけで――

 

「くれないの? 川木ちゃんって結構けち?」

「いえ、そんな、ど、どうぞ」


 手渡した箸を使って吉田さんが焼きそばをたぐった。


「うん、おいしっ」


 吉田さんが私に笑顔を向けて箸を返した。

 じっと箸を見つめる。ただの割り箸がきらきらと光って見えた。

 吉田さんがふざけたように言った。

 

「あ、川木ちゃんと間接キスしちゃった」

「かみゅっ!?」

「あははっ、川木ちゃん慌てすぎ~」

 

 自分でも赤面しているのがわかるくらい、顔があつかった。

 くっ、からかわれた。これだから顔の良い女はずるい。

 ちょっとした表情がなんかえっちだし、妙にどきどきしてしまう。

 

「ねえ川木ちゃん、ライン交換しない?」

「え、い、いいですけど……」


 なんで急に?? と戸惑いながらも、私はこのクラスで初めて連絡先を交換したのだった。



*************



 あたしは川木さんに手を振って教室を出た。

 唇についたソースをぺろりとなめる。ファーストキスはソースの味……?

 いやいやこれはちがうし。ただの間接キスだし。ほんとのキスはまだだから――な、なんてね!?

 はー、顔があつい。

 いきなり話しかけて、川木さんに変だと思われなかったかな……。


 ぱたぱたと顔を仰ぎながら、なつきとまりかの二人のところに戻る。

 

「あ、みっちー戻ってきた」

「急にどうしたー? ん? なんかソースのいい匂いが」

「あの子でしょ、川木ちゃんって。みっちーの好きな――」

「わー! ちょっと、なつき! 声がでかいってば!」


 こんな廊下で、誰が聞いてるかもわかんないのに!

 ほんとに、なつきはデリカシーがなさすぎる。


 いつからか、二人には私の気持ちはすっかりばれてしまっていた。

 そんな話をした覚えはないのに。

 二人にしてみたら「見てればわかる」らしいんだけど……あたし、そんなにわかりやすい顔してるのかなあ?

 まさか川木さんにはばれてないよね??

 

「へ~、ライン交換してきたんだ。まどろっこしいなあ。さっさと告白しちゃえばいいのに」

「で、できるわけないでしょ! まずはお友達からはじめておしゃべりとかして仲良くなって、それから一緒にでかけたり――」

「はいはい。それで、さっきなにやってたの? ギャルなんとか~って言ってたのは聞こえたけど」

「あー、ギャル湯切り? ほら、これ。いまトレンドになってるやつでさ――」


 まさか川木さんがこんなタイミングでカップ焼きそばを持ってくるなんて思わなかったけど、きっとこれは運命だ。

 神様があたしの恋を応援してくれたに違いない。そう思いながら、あたしは二人にむけてギャル湯切りのポーズを見せたのだった。

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ギャル湯切り ささみし @sasamishi

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