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 書類作成は全て相浦に任せた。

 非常用の外階段に出た。教えられた電話番号に掛けるとすぐに繋がった。

「捜査一課殺人犯捜査第四係の青柿です」

 思えば、父を直接に知る警察官と話すのは初めてだ。

「娘の上沢莉帆です。父がいつもお世話になっています」

「こちらこそ」

「それで、どういう状況なのでしょうか」

 少し間があってから、青柿は言った。

「登庁時刻の九時を過ぎても姿を見せず、電話も通じません。お母様にお願いして、ご自宅の方も確認してもらったんですが、やはり姿はありませんでした。今も連絡が取れないか試して頂いているところです」

 紛れもない失踪だ。

「父がご迷惑をおかけして、申し訳ありません」

 自分が何かしたわけではないが、謝らずにはいられなかった。

「いえいえ、とんでもない」

 青柿が慌てたように言う。

「松野さんから何か連絡があったりはしませんか?」

「いえ、特に」

「では松野さんが行きそうな場所に、どこか心当たりはありませんか?」

「あまり会っているわけではないので」

「そうですか」

 青柿は声を落とす。

「父は何かに巻き込まれたんでしょうか」

「そこはまだ、何とも」

「最近の父に、何か変わったところは?」

「松野さんはここ一週間、休みを取っていらして、今日が休み明け最初の登庁日でした」

「どうしてですか?」

 少しの間の後、

「少し体を休めたいと」

 どことなく歯切れが悪かった。

「本日中に連絡が取れなかった場合、お母さまに明日捜索願をご提出いただく予定です」

 青柿が話題を変える。

「それで今日これからなんですが、お母様に立ち会って頂いて、松野さんの部屋を検めさせて頂くつもりです」

 父の部屋。

「私も立ち会えますか?」

 思わず聞いた。

「ええ、それはもちろん、構いませんが」

「何時頃からですか?」

「梅ヶ丘駅で十八時頃に待ち合わせる予定です」

 まだ間に合う。

「分かりました。私も行きます」

「承知しました。それでは明日、よろしくお願いします。何かお気づきの点などあったらすぐにご連絡下さい」

 青柿との電話のあと、急いで母の掛けた。発信中で繋がらなかったが、すぐに折り返しがあった。

「もしもし、お母さん?」

「ごめん、電話取れなくって」

 声が疲れている。

「全然。今、お父さんに掛けてた?」

「うん」

「出た?」

「ダメ。さっきからずっとかけてるけど、電源が入ってないみたい」

 悪い知らせだ。位置情報を使うのも難しいかもしれない。

「うん、今、青柿さんと話したとこ。お父さんの部屋に行ったって?」

「今日が初めてなんて、笑えるでしょ」

 母の笑いには覇気がない。

「いなかったんでしょ?」

「いなかった」

「何か手掛かりになりそうなものはあった?」

「全然」

「これから青柿さんがお父さんの部屋行くんだよね?」

「うん」

「青柿さんと話してね、それ私も行こうかなって」

 またワンテンポの間があった。

「だって、仕事は?」

「今日はもう大丈夫」

 母は少し思案してから、

「私一人で何とかなるから、気を遣わなくてもいいのよ。しかもほら、莉帆が来たからってお父さんが見つかるわけじゃないんだから」

 私に迷惑がかかることを懸念するような口ぶりだった。

「私が行きたいだけだから大丈夫。明日土曜だし」

 諦めの息を母が吐いた。

「分かった。じゃあ、また後で」

「うん、じゃあ」

 それっきりで、電話は終わった。

 急いで自分のデスクに戻って鞄を手に取った。と、相浦が私のデスクに何かを投げて寄越した。

 塩レモンの飴玉だった。

 相浦のヒラヒラと揺れる右手は、礼には及ばないと告げていた。

 飴玉を口に放った。酸っぱさが下に沁みた。


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