8
8
「困るんですよね、アポもなく来られちゃ。こっちも忙しいんで」
高地登志勝は落ち着きなく知恵の輪をいじっていた。
「すみません。お忙しい中、ありがとうございます」
「いや、別にいいんですけどね」
高地は灰色のジャケットに赤のネクタイという出で立ちだった。頭は卵型で、顔面はテカテカと光っている。
「でも俺、もう悪いことしてませんよ? ちゃんと反省して、更生しましたし」
出所から約十年。財閥の関連企業の一つ、ハイランドマリンフーズの専務というポストを高地はあてがわれていた。
「もちろん、存じ上げてます」
急に飽きが来たのか、高地は知恵の輪を机の上に放った。
「じゃあ、何の用?」
高飛車な態度には早くも苛立ちが見え隠れしている。
「藤池光彦を覚えておいでですか?」
名前に反応してか、高地の耳たぶがピクリと動いた。
「え、あいつのこと調べてるの?」
「ええ」
「なんで? だってもう死んでんでしょ?」
「少し事情がありまして」
「ふーん」
高地は鼻で言った。
「高地さんから見てどんな人でした? 藤池光彦は」
「どんな人って言われてもねぇ」
高地は引出しから別の知恵の輪を取り出す。
「そんな簡単には言えんでしょ」
「では初対面の時のことを覚えておいでですか? 確か園木さんが連れてきたはずです」
「園木ねえ、懐かしいなあ」
金属がねじれあう耳障りな音は一向に止まない。
「噂で聞いたんすけどね、あいつ娑婆に出てきた後、薬で死んだらしいっすよ。やっぱ馬鹿ですよ、あいつ。俺はね、シャブだけはやらないって決めてんです。頭がはっきりしてなきゃ何事も楽しめませんから」
人の死を、高地は簡単に笑う。
徹はしばらく黙ることにした。無言で見つめられるというのは存外気に障るものだ。十数秒もすると、果たして高地は舌打ちをし、徹の方を見た。
「何すか」
「光彦さんの話をお聞きできますか?」
高地は大袈裟に溜息をつく。
「はいはい。分かりましたよ」
「ご協力感謝します」
貧乏ゆすりが始まった。
「ではもう一度。初対面の時のことを覚えていらっしゃいますか?」
「なよなよしてて、俺の嫌いなタイプだった」
高地は答えた。
「なよなよ、というのは?」
「自分の意志がないってこと。園木に誘われて、断れずに来たっての丸分かりだった」
「しかし、光彦さんはあなたのグループに居つくようになりますよね」
「結局ね。うち何でもあったから気にいったんでしょ。俺は居つかれて嫌だったけど」
「それは、なぜ?」
「面白くなかったから」
目線を上げずに高地は答えた。
「ノリも悪いし、いっつも隅っこの方で漫画読んでばっか。まあ、あの集団の中じゃ珍しいタイプだったからさ、面白がって色んなやつがちょっかいかけてたけど、俺には何がいいのかさっぱり分からなかった」
「光彦さんがあなたのグループに入り浸るようになったのはなぜだと思いますか?」
「さあ。やんちゃしたかったんじゃないですか? 酒とか煙草とかよくやってたし」
光彦は一生涯、ヘビースモーカーだった。
「あなたは光彦さんを好ましく思っていなかったんですよね」
「まーね」
「その光彦さん盗みに誘ったのは、なぜです?」
高地は徐に手を止めると、左手で知恵の輪を持ちあげた。
「あいつ、知恵の輪うまいのよ」
高地は言った。
「手先が器用なわけ。だから、窓破るの上手いだろうなーって。あとはあいつ流されやすいから、どうせ断んないだろって思った」
実際、光彦は計画に参加した。
「実際、窓破りは上手かったすか?」
「そりゃあね」
立ち上がった高地はコーヒーメーカーの前に向かった。
「ネットでやり方見せてぶっつけ本番だったけど、それでもまあまあだった。後の二回はすっげー早いし、全然音もしないし」
素直な感嘆の響きがあった。
「楽しそうでしたか?」
高地はコーヒーメーカーにカセットを装着しながら、
「まあそりゃ、あんだけ上手けりゃね」
コーヒーの抽出が始まり、岩盤を削るような音が耳をつんざく。
「三件目の犯行についてお聞きしたいんですが」
終わるなり、徹は言った。
「光彦さん、現場ではどういう様子でした?」
高地の額の血管が小さく脈打つ。
「自分が出来ねえからって、裏切りやがって、あいつ」
問いへの答えにはなっていなかった。声に怒気が溢れていた。
「あいつがいなきゃ、そもそも事件にすらなってねえんだよ」
高地はコーヒーを啜った。
「現にあの女、被害届出してなかったろ」
いわゆる暗数だ。性暴力を受けた被害者の中には、警察に届け出ない者も多い。捜査を受けたくない、被害を受けたという事実を知られたくない、加害者からの報復が怖い――その理由は様々だ。
「咄嗟の機転にしちゃ悪くないでしょ?」
高地は同意を求める。
「あいつさえいなきゃ、一石二鳥だったんだよ」
あまりに醜悪な言い分だった。文字通り吐き気がした。
「最後にお聞きします」
これ以上、高地と同じ空間にいたくなかった。
「光彦さんが強盗事件を起こしたというニュースを見て、どう感じました?」
「スカッとしたね」
高地はニヤついていた。
「裏切者にはピッタリの最期だって思った」
聞くに堪えなかった。形ばかりの礼をして、この場を後にしようとした。
「ちょっと待ってよ、刑事さん」
だが高地は、ただで帰してはくれなかった。
「刑事さんさ、これ、ちゃんとした捜査じゃないよね?」
徹は固まった。
「世話になったことあるから知ってんだよね。本当ならさ、二人一組で動くんでしょ?」
徹が睨むと、高地は目を糸のようにして笑った。
「あれ、図星? やっぱり。今さらあいつの話なんて、おかしいと思ったもん」
それから囁くような声で、
「今日のこと警察のお偉いさんに告げ口したら、面倒なことになるんじゃない?」
「したければ、勝手にすればいい」
徹がそう言うと、高地は歪んだ笑いを口元に浮かべた。
「気が向いたら、しといてあげるよ、刑事さん」
態度、内容、声色。何もかもが不快だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます