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街に飛行機の気配はない。
空港の方へ向かう乗用車の流れに逆らうようにして、徹は幹線道路脇の歩道を歩いていた。夏の曇天特有の蒸し暑い空気。額に滲んだ汗をハンカチで拭う。
生まれてこの方日本を出たことがないが、海外旅行への憧れがないわけでもない。特に莉帆が産まれてからは、月並みだが、家族でハワイやグアムに行ってみたいと思ったものだ。
すれ違う車の中には、まさにこれから海外旅行という家族がごまんといるのだろう。幸福を運ぶ乗用車が置き去りにしていった排ガスの臭いが、徹の鼻孔をくすぐる。
自分はなぜ、こんなことをしているんだろう。
あの後、すぐに稔に電話を掛けた。引き受けられないとはっきり言った。
分かりましたと言いながら、稔は食い下がった。
「せめて、坂佐井さんと黒部さんの話だけでも聞いてくれませんか」
坂佐井は保護司、黒部は光彦の勤務先の社長だった。
「ほんとに無茶なお願いばかりで、非常識だとは分かっています。調べ直してくれなんてもう、そんな大それたことは言いません。ただ、お二人の話を聞いて下さるだけでいいんです」
それもできかねます。そう答えかけた時、
「光彦のこと、松野さん、どれだけご存知ですか」
どういうわけか、断りの語彙が頭から抜け落ちた瞬間だった。気付くと承諾をしてしまっていた。
馬鹿らしい。一体全体、何のために水脇に相談までしたのだ。
ひとしきり苛立ちを募らせた後、大きな息でそれを吐き出す。そうカリカリする必要もないか、と思った。これから少しの間、話を聞けばいいだけだ。
脇道にそれ、特徴のない路地を歩く。高い建物こそないものの道幅が狭く、複雑に交錯した電線が空を区切っているために開放感が乏しい。
黒部運送は思っていたよりも大きかった。
黄色の縦線によって引かれた枠の中に、トラックが五台ほど行儀よく止まっていた。横腹にはいずれも「KUROBEUNSO」という青字が刻まれている。小学校の体育館くらいの広さがあるので、もう十台くらいは容易に停められそうだ。右端に並ぶ自転車とバイクの列を目で追っていくと、その先に事務所と思しき二階建てのプレハブがあった。
少し探してみたがインターホンはない。仕方なく一階のドアを叩くと、待っていましたとばかりに扉が開き、よく日に焼けた中年の男が現れた。
「あんたが刑事さん?」
頷くと、その顔が人懐っこくほころぶ。
「社長の黒部です。どうぞ、入って入って」
意外なほどに清潔で整理整頓の行き届いた事務所だった。パソコンの備えられたデスクが四つ、部屋の中央に寄り集まっていて、一人が黙々とキーボードを叩いている。壁に設置されているホワイトボードにはドライバーのネームプレートが並び、その下に届先の住所や荷物の内容、到着/帰着予定時刻などが記されている。
「こっちこっち、もう坂佐井さんもいてはりますから」
事務所と一枚仕切りを隔てた奥の応接室に、初老の小柄な女性が腰かけていた。
坂佐井三枝だった。
*
「いや、稔さんに刑事さんのお知り合いがいるなんて知りませんでしたわ。警視庁捜査一課て、ほんまに実在するんですなぁ」
骨董を査定する鑑定人のように、黒部は名刺を様々な確度から観察している。紺色の制服の胸元には、黒部の髪色と同じ黄土色の刺繍で、やはり「KUROBEUNSO」とある。
「光彦くんの事件の時は、捜査には参加されてなかったんですか」
受け取った名刺を丁寧にしまった坂佐井が尋ねる。
「その時はまだ捜査一課ではなかったので」
話がややこしくなるので、自分が光彦を追跡した警官であることは隠しておく。
「稔さんや菊子さんのお話、光彦くんが冤罪ではないかという話については、どう考えておいでですか」
まさに、単刀直入だった。もう少し世間話でもして場を温めるつもりだったのだろう、黒部も戸惑い気味の視線を坂佐井に向けている。当の坂佐井は黒部を気にする様子もなく、徹だけを見つめている。
「冤罪の可能性は、限りなくゼロに近いと考えています」
少し迷ったが、本心を隠す必要はない。
「前歴、状況証拠、目撃証言。申し分ありません」
薄く口紅を引いた唇に刹那力がこもる。
「おっしゃる通りなのだろうと思います」
口元の緊張が弛緩するのを待って、坂佐井は言った。
「事実を見ていけば、光彦くんが再び罪を犯したということ否定することは、ほぼ不可能だと思います。むしろ冤罪の可能性があるだなんておっしゃられたらどうしようなんて考えておりました」
弱々しくも上品に坂佐井は笑う。
「それでも直感的に、ありえないと思ってしまうということも、また事実です」
坂佐井は溜息のように大きな息を吐いた。
「保護司をやって、もう二十五年以上になります。これまで、沢山の対象者を見てきました。そうすると、経験から分かるものなのです。この人は本当に更生しようとしている、この人はふりをしているだけ、そういったことが分かるようになる。刑事の勘と、よく言いますでしょう。それにあやかって言えば、保護司の勘とでも言いましょうか。手前味噌で恐縮ですが、この勘が外れるというのは、滅多にありません」
「その勘が、藤池光彦の時には外れたと?」
坂佐井は首を縦に振った。
「保護観察を無事に終えて、この子は大丈夫だと思ったのをよく覚えております。黒部社長からもよく働いてくれていると連絡を頂いておりましたし、付添人の笠川先生も、もう亡くなってしまわれましたが、彼の将来が楽しみだと、口癖のようにおっしゃっていました。本当に、万事順調で、何も心配しておりませんでした」
「みっちゃんはね、本当、良い奴だったんですわ」
黒部が割り込んでくる。
「うちで働いたのは結局四年弱ですけどね、目を見張るもんがありました。よく働くし、気も回るし、真面目だしね、それでもって、責任感が強い」
「責任感、ですか?」
思わず聞き返した。
「みっちゃんはね、まず仕事を休まんかった。これは大前提」
黒部は続ける。
「それから、どんな時も、ミスをすぐ俺に報告したこと。自分で何とかごまかそうって魂胆で、一人で抱え込むようなことはしなかった。これも当たり前のように思えるでしょうが、でもね、言うが易しってやつで、案外難しいもんでしょう? 自分の分をわきまえてたんですよ、みっちゃんは。まあそもそも真面目やから、そう大きなミスをするわけやないです。けどね、やっぱり手違いとか細かいミスは起きる。書類書き忘れたとか、連絡遅れたとか。そりゃ、人間やから当然でしょ? それをみっちゃんは、大したことやなくても、気付いたら自分から報告してくるわけですよ。あるいはこっちが先に気付いてそのことを言うと、言い訳したり逃げたりしないで、ちゃんと謝罪して対応する。前歴云々関係なくね、こういうこと、そう簡単にできることやないでしょう?」
黒ずんだ手を黒部は握りしめる。
「でも何よりね、覚悟決まってました。面接でうちに来た時から、こいつは大丈夫やろうって俺に思わせたんです。そう面接ん時は、まさに今、刑事さんが座ってるとこにみっちゃんは座ってて、俺もここに座ってね、そりゃ緊張してる風やったけど、背筋がこう、ピーンと伸びて、俺から目を逸らさないんですわ。ここで真面目に働きたい、やり直したいって、あんな目で言われたら、そりゃ信じないわけにはいかんでしょう。本気でしたよ、みっちゃんは」
黒部はもどかしそうに頭を掻く。
「だからね、みっちゃんが逃げてたんで大変な事故になったってテレビ見た時、うそこけと思いましたよ。今も信じられへん。逃げるなんて、らしくないんです。だから強盗も、やっぱりありえへんと思っちゃちまいます。しかもあんな、酷い暴力、みっちゃんがやったなんて、どうも今でもね、想像がつかんのです」
「なるほど」
合いの手を入れて黒部に一息つかせる間に、坂佐井に話を向ける。
「坂佐井さんが担当なさった、藤池光彦――光彦さんの前歴について、お伺いしたいのですが」
バッグから当時の捜査資料を取り出す。
「あの事故が起こる八年前の二〇〇二年。当時、十七歳だった光彦さんは、同じ非行グループに所属する二人の共犯者とともに三件の盗難事件を起こした。そうですね」
「ええ」
「光彦さんはガラスを破り、侵入経路を確保する役目だった。いずれの犯行も家人の不在時を狙ったものだった。一件目と二件目は家人の帰宅前に犯行が終了」
徹は捜査資料から目を上げて言った。
「だが、三件目は違った」
坂佐井の目が濁る。
「その家人の女性には、性的暴行が加えられた」
空気が澱む。
「正確には、直接暴行を働いたのは光彦さん以外の二人。光彦さんは女性の手足を押さえつけるなどして、抵抗を封じる役だったそうですね」
「――ええ」
「それでも坂佐井さんは、光彦さんの更生を確信した?」
「ええ」
「その根拠は?」
「根拠は、と言われると難しいですね」
坂佐井は苦笑した。
「最初に申し上げました通り、勘としか言いようがありません――お笑いになりますか」
「とんでもない。おっしゃったように、刑事の勘というのも実在しますから」
公平に言って、勘は馬鹿にできない。それが言葉にできない経験則だからだ。
「私の――私たちの見る限り、光彦くんは、自分の罪を恥じて、悔いていました。捜査を待たずに自首をしたことは、その表れだと思います」
三件目の犯行から一週間後。光彦は出頭した。その証言から共犯者も特定され、三人が属していた非行グループもなし崩し的に解散になった。
「初めての面談の時のことも、よく覚えています」
坂佐井は促されるまでもなく続けた。
「前のめりになって、私の目をこう、まっすぐに見て、先生、僕、二度とあんなことをしない、真人間になりたいですって言うんです。だからどうか、力を貸して下さいと。言葉に力がありました。口先からじゃ出ないような、お腹の底の方からぐわっと湧き上がってくるような、そう、覚悟のある声でした」
坂佐井のその声も、身体の奥深くから湧き上がってきていた。
「もちろん、それでも芝居ということもあります。身体が決意についていかないこともあります。光彦くんは、そうではなかった。その覚悟をきちんと行動に移すことができた。だから黒部さんも、私も、今になってもまだ、肩入れをしてしまうんです」
黒部が強く頷く。
「見せかけだったなら、私たちはとっくに見抜いています」
芯のぶれない視線だった。
「そもそもの話ですが、光彦さんはなぜ非行グループに所属したんでしょう」
「それは自分でも、よく分からなかったみたいです」
坂佐井は静かに答える。
「全部何となくだったと、私には言っていました。少年院から出てきた子はよくそう言います。自分の気持ちや葛藤をうまく言い表せないんです」
――大人になりかけみたいなのが、一番危ない。
「その代わり、光彦君はよく、こんなことを言っていました。自分がいた非行グループに申し訳がないと」
黒部は意外そうな造作を坂佐井に向けた。
「未成年飲酒、喫煙、不純異性交遊もあったそうですから、褒められた集団とは言えません。光彦くんもそれを分かった上で、それでも申し訳がないと言うんです。あそこにいた子たちは、色々な事情があってあの場所にいた。あの場所が居場所だった。そんな場所を壊す資格が自分にあったのか、あの場所にいた子たちは今どうしているのか、考えてしまうと」
繊細だと、徹は思った。
「保護観察中も、グループにいた子が光彦くんの前に姿を見せて、光彦くんを責め立てることが何回かありました。何かあったら困るから警察に相談しようと何度も説得したんですが、そんなことはできないの一点張りでした。出頭するまでに時間がかかったのもグループへの強い思い入れがあったからです。それでも光彦くんは自首をしました。それくらい、罪の意識が重かった」
「とりわけ、三件目について?」
坂佐井は頷いた。
「光彦くんはあまり、最後の事件について喋りませんでした。でも、ポロっと言葉をこぼすことも、ありました」
肩で息を吸い、音もなく吐いてから、坂佐井は言った。
「最中の、リズミカルな振動に、どういうわけか洗濯機を連想したと」
沈黙があった。キーボードの硬い音がパーテーションの向こうから聞こえてくる。
「坂佐井さんが最後に光彦くんに会ったのは、いつでしたか?」
徐に口を開くと、固まっていた空気がゆっくりと動き始める。
「二〇〇九年の十二月の、黒部運送の忘年会です。わざわざ社長が呼んで下さって。あの時は光彦くんは、弱いのに珍しくお酒を飲んでましたから、大したことは喋れませんでしたけど」
「みっちゃんは酒飲むと、いっつもああだった」
「ええ。それが、光彦くんに会った、最後でした」
光彦が一連の事件と事故を引き起こし命を落としたのは、それから僅か二カ月後だ。
「一番分からんのはね、どうしてまた強盗なんかしたんかってことですよ」
黒部が身を乗り出す。
「女遊びやとかギャンブルやとか、そういうのには全然興味がないんです。酒もそんなに飲むわけやない。まあタバコは好きやったですけど、いずれにしても、金に困ってたわけがないんですよ」
とすると、光彦にとっては盗み自体が目的だったということになるだろう。盗みがやりたくなったからやった――それが警察の結論だった。
「光彦くんに盗癖があったとも思えません。そんな気配を、少なくとも私は感じたことがありません」
先回りをするように坂佐井が言う。しかしこれも希望的観測に過ぎない。少年時代の三件の犯行の中で、光彦が盗みの味を覚えたとしても不思議はない。だとして、「また盗みをやってみたいんです」などと坂佐井に馬鹿正直に告げるはずもないだろう。社会復帰をしてから懸命に抑えつけていた邪な欲求の暴発――何らおかしなところはない。
「他にも、気になることはあるんです」
話半分に聞き始めているのが表情に現れていたのか、坂佐井は慌てた様子で付け足す。
「被害者の方に振るわれた暴力が、あまりにも激しすぎるように感じます。行動を封じるためだとしたら明らかに行き過ぎです。被害者に強い恨みがあるのならまだ分かります。でも、被害者の方と光彦くんの間に、接点はなかったはずです」
「というかそもそも、みっちゃんがあんな酷いことするなんて、考えられへんのですよ」
先刻も言っていたことを、黒部は念を押すように繰り返す。しかし印象論と言ってしまえばそれまでだった。少なくとも、徹の知るところの、拳を赤く腫らした光彦が激しい暴力が振るう様子を、徹は容易に想像することができた。
強盗にしては行き過ぎた暴力だというのも説得的ではなかった。確実に動きを封じるため、必要以上の暴行を働いたのかもしれない。単純にたかが外れていたのかもしれない。長いこと抑圧されてきた欲求のリミッターが外れて暴走するというのは、さほど珍しい現象ではない。
警察とて馬鹿ではない。坂佐井や黒部が考えるようなことは考えの内にある。
「黒部社長、事件の直前の光彦さんに、何か変わった様子はありませんでしたか」
この手の質問が来ることは、黒部も覚悟していたようだった。
「ないと言えば、噓になっちまいます」
視界の隅で坂佐井が俯く。
「事件の一カ月か、もうちょっと前からやったかはよう覚えてませんが、心ここにあらずって時がちょこちょこあったのは事実です。仕事以外の何かを考えてるって感じで、しかもその顔が、いわゆる、深刻な面持ちって言うんかな。そん時は遂に好きな女でも出来たかって思っとったんですけど、事件の後、あぁ、あれはもしかすると、これからやることを考えてたんかなあって考えたら、納得してしまったっていうか。いやもちろん、今でもみっちゃんがあんな酷いことをしでかしたなんて信じられへんとは思ってますよ。でも同時に、仮にみっちゃんが犯人やとしてもおかしくないかなあと思うこともあって、というか多分、本当のところはそうなんやろうとは、思ってます」
「私も、黒部さんと同じ気持ちです」
坂佐井が引き取るようにして言った。
「信じられないというのは本当です。でも事実を見ていけば、光彦くんがやったと信じるより、致し方がない」
語尾が震えた。坂佐井は顔を上げ、徹を見た。
「ご家族は、私たちよりももっとそうなんだろうと、思います」
微かに、胸が締め付けられるような感覚がした。
*
帰りがてら、光彦がかつて住んでいたアパートに寄ることにした。
空は相変わらずの曇天だった。徹の胸の内にも濃い靄がかかっていた。
黒部と坂佐井にとって、光彦は更生を果たした好青年だった。二人は光彦を深く信じていた。事件から十二年が経ち、証拠が揃っていてもなお、再犯なんてありえないと考えてしまうほどに。
出川の小難しい口癖の一つに、「人間は関係的存在だ」というものがある。家族の前、友人の前、恋人の前、同僚の前、隣人の前、憎む者の前で、人間は異なった顔を見せる。故に、ある人間を知りたいと考えるのなら、その人と関係を持つ様々な人間から話を聞かなければならない。そうして話を聞くうち、各証言者の持つ人物像のどこが一面的であり、どこが本質的なのかが明らかになっていく。
家族や友人の前では犯罪をはたらくなどありえないような好人物だったとしても、他の人間からは、むしろ罪を犯すのが当然の悪党と思われているのかもしれない。ありえないということはありえない――出川のもう一つの口癖だ。
藤池家が語る光彦と、坂佐井や黒部が見た光彦は、再び罪を犯すなどということはありえないという点で一致している。
光彦が犯人であるという確信は毛ほども揺るがない。
でも一体、光彦は誰との関係で、罪を犯してもおかしくない人間なのだろう。
*
多摩川の堤防から一本入った道に喜羽荘はあった。黄色いモルタルの壁にどことなく既視感があるのは、やはり家宅捜索の映像で見たことがあるからなのだろう。外に向かって張り出した二階の狭い通路が捜査員でごった返す様子が目に浮かぶ。
一〇一号室が大家の横須賀の部屋だった。チャイムを鳴らすと、やや腰が曲がった老人がチェーン越しに顔をのぞかせた。
「どちらさん?」
警察手帳を見せて用件を伝えると、怪訝な表情が神妙な面持ちに変わった。
「真面目でね、いい子だったよ」
藤池光彦はどんな人間だったかと尋ねると、横須賀はしゃがれた声で答えた。
「入居の時に、前科があるってことは知らされてたもんだから、身構えてたんだけどね。本当にケチのつけようもないくらいのいい子だったよ。人間ってのは、本当に生まれ変われるんだなぁって思うくらい、うん、いい子だった」
いい子、いい子と、横須賀は繰り返す。
「具体的にはどういうところが?」
「すごく腰が低い子でね。こんな自分を置いて頂いてありがとうございますって、こっちが嫌になるくらい聞かされたよ」
光彦の姿を探すように、横須賀は二階を仰ぎ見た。
「それでいつも、にこにこ挨拶するんだ、私がね、掃除してたりすると、手伝うことないかって、決まって聞いてくるのよ。私が粗大ゴミ出すときとかも、運ぶの手伝ってもらって、それで、お礼ってほどじゃないけどってお茶出して、こんな年寄りと喋ったって面白くもないだろうに、嫌な顔一つせずに、話に付き合ってくれてね。そうそう、たまに妹さんが泊まりに来ることもあってね、すごく、大事そうにしてたなぁ」
「事件の時は、大変だったでしょう」
「ほんとにね、まさかだったよ」
横須賀は顎をさすった。
「警察だカメラだ記者だってわんさか来て、寝れたもんじゃなかった」
部屋の奥から甲高い音と歓声が聞こえてきて、横須賀が一瞬、そちらの方を見た。甲子園を見ていたようだ。
邪魔をしては悪いと立ち去ろうとした。
「ああ、ちょっと」
横須賀が呼び止めた。
「藤池くんはさ、本当に、あんなことやったのかい?」
背中に冷たいものが走った。
「ええ。間違いありません」
しばらく、横須賀は何を言うでもなく、モゴモゴと口を動かした。現実を改めて反芻しようとするかのように。
「そうかい」
やがて横須賀はそう言った。音を立てて、扉が閉まった。
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